表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第五章 城塞都市ダイスロープ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/69

56、世界を追放される基準




 古都テンペタ・フロップスから、次の目的地ダイスロープへ続く街道は、あくびが出るほど平和だった。


 道は驚くほど丁寧に舗装されていて、馬車の車輪が石畳を噛む音も滑らかだ。日本の地方自治体が予算消化のために掘り返しては埋める道路工事よりも、よほど計画的で誠実な仕事ぶりが足裏から伝わってくる。


 空は青く、雲は白く、街道沿いの木々は風に揺れ、時折すれ違う旅人たちは皆、穏やかな顔で挨拶を交わしていく。

 平和だ。あまりにも平和すぎて、逆に不安になってくるレベルである。


 わたしは、隣を歩く小さな少年――中身は人類史より長い時間を生きている吸血鬼――を見下ろして、深いため息をついた。


 堤門統つつみかど・すばる

 十歳前後の可憐な少年の皮を被ったこの怪物は、相変わらず無表情のまま、機械仕掛けの人形みたいに一定のリズムで歩いている。


「ねえ、統」


「なんだ」


「わたしたち、あんなに派手に暴れちゃったけど、本当に大丈夫なの?」


 わたしが口にしたのは、テンペタ・フロップスを発ってから、もう十回は繰り返している懸念だった。


 時計塔から謎のビーム(実際は綺麗な光)を放ち、貴族の屋敷を半壊させ、地下組織を壊滅させた。普通なら指名手配書のトップを飾ってもおかしくない大立ち回りだ。それなのに、こうしてのんきに街道を歩いていていいものだろうか。


「問題ない」


 統は、今日の天気の話でもするかのように答えた。


「侯爵には『正体不明の超越者』として認識されている。下手に捜索して藪蛇をつつくより、恩人として崇めておく方が得策だと判断したのだろう。政治家というのはそういう生き物だ」


「それはそうかもしれないけどさ……」


 わたしは納得がいかない様子で唇を尖らせた。


 わたしの心配は、人間社会の法的な追及だけじゃない。もっと根本的な、世界のことわりに対する恐れだ。


「この世界にも『管理者』みたいなのがいるんでしょ? あんたが前の世界から飛ばされたみたいに、あまり目立つと、またどっかへ強制送還されちゃうんじゃないの?」


 統がこの世界に来た理由。それは、前の世界で「目立ちすぎた」からだという。

 世界には自浄作用のようなものがあり、異物である彼が歴史に深く干渉しすぎると、強制的に排除されるシステムが働いているらしい。


 もし、統がいきなり消えたらどうなるか。

 わたしは、言葉の通じない(今は通じるが)、常識の通用しない異世界に、たった一人で放り出されることになる。それは、二度の死を経験したわたしにとっても、避けたいバッドエンドの一つだ。


「急に消えたりしないでよ。わたし、あんたの財布代わりなんだから」


「逆だ。お前が私の財布に依存しているのだ」


 統は淡々と訂正し、少しだけ空を見上げた。


「あれくらいなら問題ない。歴史の分岐点を大きく曲げるような真似をしなければ、世界も許容範囲内として見逃してくれる。積み重なるとまずいがな」


「歴史に残るような世界的な事態って、どのレベルよ」


 わたしは食い下がった。


 基準が曖昧すぎる。「目立つ」の定義が、一般人の感覚と七千歳児の感覚とでは、天と地ほどの開きがあるに違いないのだ。


「じゃあさ、参考に聞かせてよ。統がこっちに飛ばされる原因になった『やらかし』って、具体的に何したの?」


 統は歩みを止めず、少し考える素振りを見せた。記憶の図書館から、該当するファイルを検索しているような間があった。


「何が直接の原因かは断定できんが……そこまで目立つようなことではなかったはずだ。心当たりがあるとすれば、あれとあれかな」


「あれとあれ?」


「ある国が『流行り病の元』を大量に培養して、瓶に詰めてばら撒こうとしていたことがあってな」


 さらりと言う。


 流行り病の元。瓶詰め。ばら撒く。

 わたしの脳内で、バイオハザードな単語が警報を鳴らす。あれだ。間違いなく。


「……で、どうしたの」


「施設ごと凍らせて、大気圏外へ放り投げた」


「規模!」


 わたしは思わずツッコミを入れた。

 施設ごと。宇宙へ。ポイ捨て。

 不法投棄にも程がある。環境問題団体が卒倒しそうな解決策だ。


「あとは……そうだな。ある大国同士が喧嘩をして、『大陸を消せるくらい大きな花火』を撃ち合おうとした時か」


「花火って……それ……」


「起爆装置の中身を、全部こっそり砂に変えておいた。スイッチを押しても砂時計が落ちるだけだ。風流だろう?」


「……うん。統くん」


 わたしは乾いた笑みを浮かべた。


「それ、『目立つ』の基準が宇宙規模なのよ。歴史に残るとかいうレベルじゃなくて、神話の領域なのよ」


 生物兵器プラントの宇宙投棄に、核兵器の無力化。

 そりゃ世界も「こいつ邪魔だな」と判断して追い出すわけだ。むしろ、よく今まで放置されていたものだと感心する。


 それに比べれば、地方都市の悪徳代官を一人失脚させた程度など、確かに誤差の範囲なのかもしれない。蟻の行列に水をかけた程度のいたずらだ。


「安心しろ。今回はそこまでの力は使っていない。せいぜい、子供の喧嘩に大人が少し手を貸した程度だ」


「子供の喧嘩で街の機能が麻痺したら世話ないけどね」


 わたしは肩をすくめた。


 とりあえず、明日いきなり統が消滅する心配はなさそうだ。彼の言う「大丈夫」が、一般人の感覚とはズレていることを差し引いても、今のところ世界は静かだ。


 二人は再び黙々と歩き始めた。

 街道の左手には、ゆったりとした大河が流れている。

 リバー・サイド・ラインとでも名付けたくなるような、風光明媚な景色だ。川面を、数艘の小舟が滑るように下っていくのが見える。


「船、乗ればよかったかな」


 わたしは川を見つめながら呟いた。


 テンペタからダイスロープまでは、歩いて十二時間くらいだって。健脚な今の二人なら苦もない距離だが、船なら六時間で着くという。しかも、冒険者は護衛を兼ねるという名目で、運賃が無料になるらしい。


 タダより安いものはない。貧乏性(実際は大金持ちだが)のわたしとしては、魅力的な選択肢だった。


「船は逃げ場がない」


 統が即座に否定した。


「水上での戦闘は足場が限られるし、何より同乗者との距離が近すぎる。無用なトラブルを招くだけだ」


「コミュ障かよ」


「リスク管理だ」


 確かに、狭い船内で酔っ払いに絡まれたり、船頭が実は元海賊でしたなんて展開になったりしたら面倒だ。陸路なら、嫌な奴がいたら走って逃げればいい。


 統の判断は常に合理的だけど、可愛げがない。




 二つの太陽が中天に差し掛かる頃、前方に街影が見えてきた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
7000年も生きてやってることが人助けなの優しい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ