53、クリア後の世界
お祭りのあとというのは、いつだって独特の寂しさと、それを上書きするような安堵感が漂っているものだ。
古都テンペタ・フロップスを揺るがした一大騒動から数日が過ぎた。
街の空気は、以前よりも明らかに軽くなっていた。
ロンリコ男爵とその一味、バウンス商会の幹部、そしてセシール修道院の院長と関与したシスターたち。彼らは全員、その日のうちに拘束され、地下牢へと直行した。
バウンス商会は取り潰しとなり、その資産は被害者への賠償に充てられることになった。
悪党たちが退場し、街は正常な呼吸を取り戻しつつある。
わたしと統は、ブンザさんが手配してくれた新しい宿に移っていた。「白の風車亭」は良い宿だったけれど、あれやこれやで目立ちすぎてしまったからだ。
新しい宿は、街外れにある静かな場所だった。
「……平和だねぇ」
わたしは窓枠に肘をついて、ぼんやりと外を眺めた。
「平和ボケするにはまだ早いぞ」
部屋の隅で、統が荷物を整理しながら言った。
「ねえ、統。一つ聞いていい?」
「なんだ」
「あの夜。侯爵様が来たの、タイミング良すぎなかった?」
わたしはずっと気になっていたことを口にした。
まるで、あそこで騒ぎが起きることを見越して待機していたかのような手際だった。ブンザさんのコネで招待状を手に入れたとはいえ、軍隊を動かすほどの影響力はないはずだ。
統の手が止まる。
彼はゆっくりと振り返り、少し悪戯っぽい顔をした。
「……実はな。オークションの前夜、侯爵の屋敷に行ってきた」
「は?」
「寝室に忍び込み、少し話をしてきたのだ。『この街の澱を祓うために来た。明日の夜、オークション会場にて審判を下す。心あるならば、兵を率いて待機せよ』とな」
わたしは口をあんぐりと開けた。
「それって……」
「まあ、この世界の『真祖』……に近い存在の気配を、少しばかり解放してな。いわゆる『神託』のようなものだと思わせた」
「……あんた、詐欺師の才能あるよ」
わたしは呆れ果てた。
侯爵は、突然現れた「神の使い(自称)」の言葉を信じ、軍を動かしたというわけか。
統の、あの人を食ったような態度は、七千年の経験から来るものなのだろう。権力者を動かすツボを心得すぎている。
「結果オーライだ。最小限の被害で済んだ」
「まあ、そうだけどさ……目立ちすぎたらダメじゃなかったっけ?」
わたしはため息をついた。嫌だよ、突然統だけどこかに飛ばされちゃったら。
この弟(仮)の手のひらの上で踊らされていたような気がして、少しだけ癪だ。でも、そのおかげでカコちゃんたちが助かったのだから、文句は言えない。
「さて、出発の準備はできたか?」
「うん。いつでもいけるよ」
わたしたちは宿を出て、カコちゃんたちがいる元倉庫へと向かった。
そこでは、救出された子供たちと職人たちが、新しい生活を始めていた。
「お、来たな! 救世主様たちのお成りだぞ!」
誰かが声を上げると、みんなが笑顔で迎えてくれた。
カコちゃんが駆け寄ってくる。
「お姉ちゃん!」
彼女は、この施設で年下の子供たちの面倒を見ることに決めたらしい。
「うちはここで、あの子らの姉ちゃんになるわ」と笑った彼女の顔は、以前の野良猫のような険しさは消え、年相応の少女の愛らしさに満ちていた。
「わたし達、明日この街を出るよ」
わたしが告げると、カコちゃんは一瞬だけ寂しそうな顔をしたけれど、すぐに力強く頷いた。
「そっか。……寂しなるなぁ」
「一緒に来る?」
冗談めかして聞いてみたが、彼女は首を横に振った。
「ううん。うちはここに残る。あの子らには、まだうちが必要やし……それに、うちもここが好きやねん」
彼女の居場所は、ここにある。
「これ、餞別」
わたしはサコッシュから、小さな包みを取り出した。
中身は、アリアさんからもらった髪留めと、統が作った護身用の魔道具だ。
「ありがとう。……一生、大事にする」
カコちゃんは包みを大事そうに抱きしめた。
ブンザさんとチナちゃんにも別れを告げた。
ブンザさんは、職人たちの復帰支援と、商会の立て直しでしばらくこの街に残るそうだ。
「お姉さん、スバルちゃん。また会えますよね?」
チナちゃんが潤んだ瞳で見上げてくる。
「もちろん。世界は意外と狭いからね」
わたしは彼女の頭を撫でた。統も、今度は素直に手を振っていた。
倉庫を出ると、日はすでに傾き始めていた。
「さて、最後にもう一箇所、寄りたいところがあるんだけど」
街の中央広場。
時計塔。
あの夜、奇跡の光を放った塔は、今は静かに時を刻んでいる。
入り口の封印は、統が再び施したから、もう誰も入れない。
タカシくんの遺産は、再び長い眠りについたのだ。
わたしはサコッシュから、ゲーム機を取り出す。
電源を入れると、そこにはあのテキスト画面ではなく、一枚のドット絵が表示されていた。
笑顔の少年と、その周りを囲む仲間たち。
そして、画面の中央に大きく書かれた文字。
『THANK YOU』
それは、タカシくんが最後に残したプログラムなのか、それとも魔法的な何かが起こした奇跡なのか。
どちらでもいい。ただ、気持ちが伝わったことだけは確かだ。
「クリアしたよ、タカシくん」
わたしは画面に向かって呟いた。
「君の作った機械は、最高だった。みんな喜んでたよ」
「行くぞ」
統が促す。
「うん」
わたしはゲーム機の電源を切り、サコッシュにしまった。
これは、わたしが持っていく。
彼の冒険の証として。そして、同じ世界から来た先輩としての、よすがとして。
わたしたちは広場を背にして歩き出した。
目指すは西門。
次の街へ続く街道だ。
「次はどこへ行くの?」
「西へ向かう。港町があるらしい」
「海かぁ! いいね、海鮮丼食べたい!」
「酢飯があるかどうかは知らんがな」
古都テンペタ・フロップス。
短い滞在だったけれど、濃密な時間だった。
悪党を倒し、子供たちを救い、花火を打ち上げた。
うん、なかなかの充実っぷりだ。
門をくぐり、街道に出る。
振り返ると、時計塔のシルエットが夕闇に沈んでいくところだった。
さよなら、タカシくん。
さよなら、カコちゃん、チナちゃん。
みんな、元気でね。
わたしは前を向いた。
道は続いている。
果てしなく、どこまでも。
胸の奥で、「深い心臓」がトクンと鳴った。
それは、不安の鼓動じゃない。
期待と、そして生きている喜びの音だ。
「ねえ、統」
「なんだ」
「わたし、この世界に来て、よかったかも」
統は歩きながら、チラリとこちらを見た。
「……死んだくせに、現金なやつだ」
「死んで生まれ変わったからこそ、わかることもあるのよ」
わたしは胸を張った。
「さあ、行こう! 次のステージが待ってる!」
わたしは駆け出した。
風を切って、大地を蹴って。
隣には、最強で生意気な保護者。
ポケットには、無限の物資と、少しの勇気。
わたしの異世界リプレイは、まだ始まったばかりだ。
次はどんな物語が待っているのか。
どんな出会いがあるのか。
わからないけど、きっと退屈はしないはずだ。
だって、わたしは――
五色七色。
転生回数二桁の、ベテラン魂を持つ女子高生(吸血鬼)なのだから!
夕陽に向かって走るわたしたちの影が、長く、長く伸びていった。
その先にある未来へ向かって。




