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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第四章 古都テンペタ・フロップス編

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52、星降る夜の断罪




「な、なんだと!?」


 わたしの指摘に、男爵が慌てて機械を振り返る。

 もちろん、煙など出ていない。ハッタリだ。

 けれど、その一瞬の隙があれば十分だった。


 わたしは優雅な足取りで、しかし猛烈な速さでステージへと歩み寄る。


 警備の兵士が槍を交差させて立ちふさがる。


「お下がりください、お嬢様!」


「あら、どいてくださらない? わたくし、機械には詳しいんですのよ」


 わたしはニッコリと笑い、扇子で兵士の手首をトン、と叩いた。

 軽く叩いたように見せて、実際には神経のツボを正確に突いている。

 兵士の手から力が抜け、槍がガシャンと床に落ちる。


「あ、あら? 手が滑ったのかしら?」


 わたしは驚いたふりをして、そのまま兵士の横をすり抜ける。


 もう一人の兵士が掴みかかろうとするが、背後からすばるが「おっと、失礼」と言いながら足を引っ掛けた。


 地味な転倒。しかし、その拍子に兵士の兜が目深にずり落ち、視界を塞ぐ。


「前が見えん!」


 ドタバタしている間に、わたしはステージに上がっていた。


 男爵の目の前だ。


「貴様……何のつもりだ!」


 男爵が顔を歪める。


「何のつもりも何も、心配して差し上げているのですわ。その機械、魔力回路がショート寸前ですもの」


 わたしは兵器の配線部分を指差した。


 デタラメではない。タカシくんの日記にあった知識と、統の解析結果を元にしている。


「ここのバイパスが適当すぎますわ。これでは『賢者の魔石』の高出力に耐えきれず、接続した瞬間に暴発しますわよ?」


「な、何を……素人が!」


 男爵は否定しようとするが、その額には脂汗が滲んでいる。彼自身、この兵器が未完成であることを知っているのだ。


「ええい、黙れ! 起動させればわかることだ!」


 男爵は逆上し、「賢者の魔石」を掴んでスロットに叩き込もうとした。


 まずい。


 理屈が通じない相手には、実力行使しかない。

 わたしが動き出そうとしたその時、会場の床が大きく揺れた。


 地震? いや、違う。

 地下からだ。


 ステージの後方、床板の一部が激しく吹き飛んだ。


 舞い上がる木片と埃。

 その中から、小さな影が飛び出してきた。


「うちらをナメんなやぁぁぁ!!」


 カコちゃんだ。

 煤だらけの顔で、手にはスパナを握りしめている。

 その後ろから、職人たちや子供たちが、工具や石塊を武器に雪崩れ込んでくる。


「な、なんだ貴様らは!?」


 男爵が腰を抜かす。


 会場はパニックに包まれた。ドレスアップした貴族たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。


「地下のネズミどもが……! 衛兵! やれ! 全員殺してしまえ!」


 男爵の命令で、会場の警備兵たちが抜剣する。

 子供たちに刃が向けられる。


「させない!」


 わたしはドレスの裾を破り捨て、走り出した。

 もう猫を被っている場合じゃない。

 一人の兵士の剣を、素手で受け止める――寸前で、手首を掴んでねじり上げる。

 ボキリ、という音と共に兵士が悲鳴を上げる。


「あら、ごめんあそばせ。わたくし、護身術も嗜んでおりますの」


 統も動いていた。

 彼は魔法を使わなかった。

 ただ、混乱する人ごみの中を縫うように走り、兵士たちの膝裏を蹴り、ベルトを掴んで投げ飛ばし、的確に無力化していく。


 まるで舞踏会のダンスのように、最小限の動きで敵を沈めていく。


「くそっ、どいつもこいつも!」


 追い詰められた男爵は、狂ったように叫んだ。

 彼は震える手で魔石を兵器に押し込んだ。


「死ね! 全員吹き飛べぇぇぇ!」


 ガキンッ!

 石がセットされる。

 兵器が唸りを上げた。

 不快な低周波音が響き、レンズが赤く発光する。

 パイプから蒸気が噴き出し、空間が歪むほどの魔力が溢れ出す。


 まずい! 暴走だ!


 このままでは、本当に会場ごと吹き飛ぶ。


「統!」


「任せろ!」


 統が指を鳴らす。


 会場の壁の一部、時計塔に面した窓ガラスが、衝撃波で粉々に砕け散った。

 夜風が吹き込み、その向こうに、街のシンボルである時計塔がそびえ立っているのが見える。


 わたしはサコッシュからゲーム機を取り出した。

 画面には、あの日記の最後のパスワード入力画面。


 男爵の兵器が臨界点に達しようとしている。

 あふれ出した魔力が、赤い雷となってバチバチと跳ね回る。


 これを止めるには、もっと大きな「器」が必要だ。

 暴走するエネルギーを飲み込み、安全な形に変換して放出するシステム。

 それが、タカシくんの遺産だ。


 わたしは叫んだ。


「アバカム!!」


 Aボタンを叩き込む。

 その瞬間。

 時計塔の頂上が、カッと白く輝いた。


 大気を吸い込むような音がしたかと思うと、男爵の兵器から溢れ出していた赤い魔力の奔流が、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、時計塔へと向かって流れ始めたのだ。


「な、なんだ!? 魔力が……吸い取られる!?」


 男爵が悲鳴を上げる。


 兵器の光が急速に弱まっていく。

 エネルギーを奪われた機械は、ただの鉄屑に戻りつつあった。


 そして。

 吸い上げられた膨大な魔力は、時計塔の先端にある「投影機」へと集束し――


 一気に夜空に向けて、解き放たれた。


 破壊の光ではない。

 それは、無数の光の粒子となって、夜空いっぱいに広がった。


 赤、青、緑、金。

 宝石箱をひっくり返したような輝きが、ドーム状に広がり、星空を描き出す。


「……きれい」


 誰かが呟いた。

 逃げ惑っていた人々も、暴れていた兵士たちも、全員が動きを止めて空を見上げた。

 光は星座を描き、そして大輪の花となって咲き誇る。


 花火だ。

 音のない、光だけの花火。

 殺伐とした戦場を、一瞬にして祭りの夜へと変える魔法。


 タカシくんが帰りたかった空。

 彼が見たかった景色。

 それが今、この異世界の空に再現されている。



「バカな……私の最強の兵器が……ただの、花火だと……?」


 男爵が呆然と呟く。


 彼の手元にあるガラクタ兵器は、プスンと情けない音を立てて完全に沈黙した。魔石は砕け散り、ただの砂になっていた。


「違うよ」


 わたしは静かに言った。


「これは、兵器なんかじゃない。ただの、思い出だ」


 帰りたかった少年が、帰れない絶望の中で作り上げた、せめてもの慰め。

 誰かを傷つけるためじゃなく、誰かを笑顔にするための光。


 タカシくん。

 君の「最高傑作」は、ちゃんと届いてるよ。


「う、うわぁぁぁぁ!」


 男爵が、壊れた機械にしがみついて泣き叫ぶ。


「私の……私の覇権が! 最強の力がぁ!」


 滑稽だった。

 哀れで、救いようがない。



 その時、入り口から整然とした足音が響いてきた。

 鎧の音。

 衛兵隊だ。


 でも、男爵の私兵じゃない。もっと格式の高い、正規軍の装備。

 その先頭に立つ初老の男が、厳かに告げた。


「そこまでだ、ロンリコ男爵」


 リヴィエール侯爵。

 この街の領主。


 え、なんで?

 わたしは目を丸くした。

 ボスキャラ登場? このタイミングで? しかも、軍を率いて?


 まるで、最初からこうなることを知っていたかのような登場だ。


「侯爵閣下! こ、これは違うのです! テロリストが! 暴徒が!」


 男爵が必死に言い訳をしようとするが、侯爵は冷ややかな目で見下ろした。


「言い訳は無用だ。地下工場の惨状は、すでに報告を受けている。子供たちを誘拐し、違法な魔道具を作らせていた罪、万死に値する」


 侯爵の後ろから、ダカタさんが姿を現した。

 彼が地下工場の制圧と、証拠の保全を行っていたのだ。


「連れて行け」


 侯爵の命令で、衛兵たちが男爵を取り押さえる。

 バウンス商会の会長も、逃げようとしたところをベルロウさんに捕まっていた。


 わたしは統を見た。

 彼は驚く様子もなく、眼鏡を拭きながら涼しい顔をしている。


「……統、あんた、何か知ってる?」


 統は眼鏡をかけ直し、少しだけ口角を上げた。


「さあな。運が良かっただけだろう」


 嘘つけ。

 その顔は、全部計画通りだと言っている顔だ。


 終わった。

 すべてが、終わった。

 カコちゃんが駆け寄ってくる。

 煤だらけの顔で、くしゃくしゃに泣きながら。


「やったな……うちら、勝ったんやな……!」


「うん。勝ったよ。カコちゃんのおかげだ」


 わたしは彼女を抱きしめた。

 小さな体。

 でも、誰よりも大きな勇気を持った体。


 空を見上げると、まだ花火が上がっていた。

 タカシくんの魔法は、まだ終わらない。

 この夜が明けるまで、ずっと輝き続けるだろう。



 こうして、古都テンペタ・フロップスの長い夜は、美しい光に包まれて幕を閉じた。



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