52、星降る夜の断罪
「な、なんだと!?」
わたしの指摘に、男爵が慌てて機械を振り返る。
もちろん、煙など出ていない。ハッタリだ。
けれど、その一瞬の隙があれば十分だった。
わたしは優雅な足取りで、しかし猛烈な速さでステージへと歩み寄る。
警備の兵士が槍を交差させて立ちふさがる。
「お下がりください、お嬢様!」
「あら、どいてくださらない? わたくし、機械には詳しいんですのよ」
わたしはニッコリと笑い、扇子で兵士の手首をトン、と叩いた。
軽く叩いたように見せて、実際には神経のツボを正確に突いている。
兵士の手から力が抜け、槍がガシャンと床に落ちる。
「あ、あら? 手が滑ったのかしら?」
わたしは驚いたふりをして、そのまま兵士の横をすり抜ける。
もう一人の兵士が掴みかかろうとするが、背後から統が「おっと、失礼」と言いながら足を引っ掛けた。
地味な転倒。しかし、その拍子に兵士の兜が目深にずり落ち、視界を塞ぐ。
「前が見えん!」
ドタバタしている間に、わたしはステージに上がっていた。
男爵の目の前だ。
「貴様……何のつもりだ!」
男爵が顔を歪める。
「何のつもりも何も、心配して差し上げているのですわ。その機械、魔力回路がショート寸前ですもの」
わたしは兵器の配線部分を指差した。
デタラメではない。タカシくんの日記にあった知識と、統の解析結果を元にしている。
「ここのバイパスが適当すぎますわ。これでは『賢者の魔石』の高出力に耐えきれず、接続した瞬間に暴発しますわよ?」
「な、何を……素人が!」
男爵は否定しようとするが、その額には脂汗が滲んでいる。彼自身、この兵器が未完成であることを知っているのだ。
「ええい、黙れ! 起動させればわかることだ!」
男爵は逆上し、「賢者の魔石」を掴んでスロットに叩き込もうとした。
まずい。
理屈が通じない相手には、実力行使しかない。
わたしが動き出そうとしたその時、会場の床が大きく揺れた。
地震? いや、違う。
地下からだ。
ステージの後方、床板の一部が激しく吹き飛んだ。
舞い上がる木片と埃。
その中から、小さな影が飛び出してきた。
「うちらをナメんなやぁぁぁ!!」
カコちゃんだ。
煤だらけの顔で、手にはスパナを握りしめている。
その後ろから、職人たちや子供たちが、工具や石塊を武器に雪崩れ込んでくる。
「な、なんだ貴様らは!?」
男爵が腰を抜かす。
会場はパニックに包まれた。ドレスアップした貴族たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
「地下のネズミどもが……! 衛兵! やれ! 全員殺してしまえ!」
男爵の命令で、会場の警備兵たちが抜剣する。
子供たちに刃が向けられる。
「させない!」
わたしはドレスの裾を破り捨て、走り出した。
もう猫を被っている場合じゃない。
一人の兵士の剣を、素手で受け止める――寸前で、手首を掴んでねじり上げる。
ボキリ、という音と共に兵士が悲鳴を上げる。
「あら、ごめんあそばせ。わたくし、護身術も嗜んでおりますの」
統も動いていた。
彼は魔法を使わなかった。
ただ、混乱する人ごみの中を縫うように走り、兵士たちの膝裏を蹴り、ベルトを掴んで投げ飛ばし、的確に無力化していく。
まるで舞踏会のダンスのように、最小限の動きで敵を沈めていく。
「くそっ、どいつもこいつも!」
追い詰められた男爵は、狂ったように叫んだ。
彼は震える手で魔石を兵器に押し込んだ。
「死ね! 全員吹き飛べぇぇぇ!」
ガキンッ!
石がセットされる。
兵器が唸りを上げた。
不快な低周波音が響き、レンズが赤く発光する。
パイプから蒸気が噴き出し、空間が歪むほどの魔力が溢れ出す。
まずい! 暴走だ!
このままでは、本当に会場ごと吹き飛ぶ。
「統!」
「任せろ!」
統が指を鳴らす。
会場の壁の一部、時計塔に面した窓ガラスが、衝撃波で粉々に砕け散った。
夜風が吹き込み、その向こうに、街のシンボルである時計塔がそびえ立っているのが見える。
わたしはサコッシュからゲーム機を取り出した。
画面には、あの日記の最後のパスワード入力画面。
男爵の兵器が臨界点に達しようとしている。
あふれ出した魔力が、赤い雷となってバチバチと跳ね回る。
これを止めるには、もっと大きな「器」が必要だ。
暴走するエネルギーを飲み込み、安全な形に変換して放出するシステム。
それが、タカシくんの遺産だ。
わたしは叫んだ。
「アバカム!!」
Aボタンを叩き込む。
その瞬間。
時計塔の頂上が、カッと白く輝いた。
大気を吸い込むような音がしたかと思うと、男爵の兵器から溢れ出していた赤い魔力の奔流が、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、時計塔へと向かって流れ始めたのだ。
「な、なんだ!? 魔力が……吸い取られる!?」
男爵が悲鳴を上げる。
兵器の光が急速に弱まっていく。
エネルギーを奪われた機械は、ただの鉄屑に戻りつつあった。
そして。
吸い上げられた膨大な魔力は、時計塔の先端にある「投影機」へと集束し――
一気に夜空に向けて、解き放たれた。
破壊の光ではない。
それは、無数の光の粒子となって、夜空いっぱいに広がった。
赤、青、緑、金。
宝石箱をひっくり返したような輝きが、ドーム状に広がり、星空を描き出す。
「……きれい」
誰かが呟いた。
逃げ惑っていた人々も、暴れていた兵士たちも、全員が動きを止めて空を見上げた。
光は星座を描き、そして大輪の花となって咲き誇る。
花火だ。
音のない、光だけの花火。
殺伐とした戦場を、一瞬にして祭りの夜へと変える魔法。
タカシくんが帰りたかった空。
彼が見たかった景色。
それが今、この異世界の空に再現されている。
「バカな……私の最強の兵器が……ただの、花火だと……?」
男爵が呆然と呟く。
彼の手元にあるガラクタ兵器は、プスンと情けない音を立てて完全に沈黙した。魔石は砕け散り、ただの砂になっていた。
「違うよ」
わたしは静かに言った。
「これは、兵器なんかじゃない。ただの、思い出だ」
帰りたかった少年が、帰れない絶望の中で作り上げた、せめてもの慰め。
誰かを傷つけるためじゃなく、誰かを笑顔にするための光。
タカシくん。
君の「最高傑作」は、ちゃんと届いてるよ。
「う、うわぁぁぁぁ!」
男爵が、壊れた機械にしがみついて泣き叫ぶ。
「私の……私の覇権が! 最強の力がぁ!」
滑稽だった。
哀れで、救いようがない。
その時、入り口から整然とした足音が響いてきた。
鎧の音。
衛兵隊だ。
でも、男爵の私兵じゃない。もっと格式の高い、正規軍の装備。
その先頭に立つ初老の男が、厳かに告げた。
「そこまでだ、ロンリコ男爵」
リヴィエール侯爵。
この街の領主。
え、なんで?
わたしは目を丸くした。
ボスキャラ登場? このタイミングで? しかも、軍を率いて?
まるで、最初からこうなることを知っていたかのような登場だ。
「侯爵閣下! こ、これは違うのです! テロリストが! 暴徒が!」
男爵が必死に言い訳をしようとするが、侯爵は冷ややかな目で見下ろした。
「言い訳は無用だ。地下工場の惨状は、すでに報告を受けている。子供たちを誘拐し、違法な魔道具を作らせていた罪、万死に値する」
侯爵の後ろから、ダカタさんが姿を現した。
彼が地下工場の制圧と、証拠の保全を行っていたのだ。
「連れて行け」
侯爵の命令で、衛兵たちが男爵を取り押さえる。
バウンス商会の会長も、逃げようとしたところをベルロウさんに捕まっていた。
わたしは統を見た。
彼は驚く様子もなく、眼鏡を拭きながら涼しい顔をしている。
「……統、あんた、何か知ってる?」
統は眼鏡をかけ直し、少しだけ口角を上げた。
「さあな。運が良かっただけだろう」
嘘つけ。
その顔は、全部計画通りだと言っている顔だ。
終わった。
すべてが、終わった。
カコちゃんが駆け寄ってくる。
煤だらけの顔で、くしゃくしゃに泣きながら。
「やったな……うちら、勝ったんやな……!」
「うん。勝ったよ。カコちゃんのおかげだ」
わたしは彼女を抱きしめた。
小さな体。
でも、誰よりも大きな勇気を持った体。
空を見上げると、まだ花火が上がっていた。
タカシくんの魔法は、まだ終わらない。
この夜が明けるまで、ずっと輝き続けるだろう。
こうして、古都テンペタ・フロップスの長い夜は、美しい光に包まれて幕を閉じた。




