49、ニセ令嬢と時計塔の鍵
「服が人を作る」という言葉があるけれど、あれは半分正解で半分間違いだ。
正確には、「服が人に『猫を被らせる』」だと思う。
鏡の中に映っているのは、自分でも二度見するほどの美少女だった。
……いや、自分で言うのもなんだけど、素材は悪くないと思っていた。思っていたけれど、ここまで化けるとは。子役時代、宣材写真を撮るたびに「君、黙ってれば可愛いのにね」と言われたカメラマンの言葉を思い出す。
深紅のドレス。
光沢のあるシルクの生地が、身体のラインに沿って流れるように落ちている。
首元は大胆に開いているけれど、安っぽいやらしさはない。精緻なレースと、散りばめられた宝石が、品格を底上げしているからだ。
統の「四次元ポケット」から出てきたこのドレス、一体どこの王族の持ち物だったんだろう。タグがついていないから洗濯方法がわからないのが難点だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
髪はアップにして、真珠の髪飾りをあしらった。
メイクは、ブンザさんが手配してくれたプロの人がやってくれた。「異国の神秘」をテーマにしたとかで、目尻に紅を差した切れ長メイクだ。
黙っていれば、どこかの国の姫君に見えなくもない。
黙っていれば、でも……。
「……背中が寒い」
わたしはボソリと呟いた。
露出度が高いわけではないが、普段着慣れないドレスの開放感に、背中がスースーするのだ。ジャージの安心感が恋しい。
「我慢しろ。それが『高貴な者の嗜み』というやつだ」
背後から、呆れたような声が飛んできた。
振り返ると、そこには燕尾服を着た小さな従者が立っていた。
統だ。
黒の燕尾服に、蝶ネクタイ。髪をピシッと撫で付け、銀縁の伊達メガネまでかけている。
見た目は完全に「真実はいつもひとつ!」な小学生だが、その立ち居振る舞いは、英国王室に仕える老練な執事そのものだ。
「似合ってるじゃん、セバスチャン」
わたしがからかうと、統は眼鏡の位置を直しながら澄ました顔で言った。
「その名はよせ。ありきたりすぎる」
「じゃあ、ヒデじい?」
「統でいい。ただし、設定上は『古くから家に仕える忠実な従者』だ。言葉遣いには気をつけろよ、お嬢様」
「わかってるわよ。……オホホホ」
わざとらしく高笑いしてみせる。
我ながら、板についてきた気がする。役作りは完璧だ。あとは本番で噛まないことを祈るのみ。
今日は、オークションの前日だ。
いよいよ、敵の本丸に乗り込む時が近づいている。
その前に、わたしたちにはやっておかなきゃいけないミッションがあった。
時計塔だ。
タカシくんが残した「最高傑作」を回収しに行く。
オークション当日では時間がなさすぎるし、警備も厳重になるだろう。動くなら、今夜しかない。
窓の外は、すでに夜の帳が下りている。
わたしたちは宿を抜け出し、闇に紛れて時計塔を目指した。
ドレス姿で夜の街を徘徊するのは目立つかと思ったが、統が認識阻害の魔法をかけてくれたおかげで、誰にも気づかれることなく進むことができた。
足元はヒールだが、吸血鬼ボディのおかげで足音ひとつ立てずに歩ける。便利だ。
時計塔は、街の中央広場に面して建っている。
石造りの巨大な塔。
高さは五十メートル以上あるだろうか。
頂上にある大時計は、魔法の光で白く輝き、正確な時を刻んでいる。
テンペタ・フロップスのシンボルであり、かつての帝国時代の遺産。
入り口には鍵がかかっていたが、統にとっては鍵などないも同然だ。
例の板状の魔道具を差し込むと、カチャリと軽い音がして扉が開いた。
中は、埃っぽい匂いがした。
螺旋階段が、闇の中へと伸びている。
わたしたちは足音を忍ばせて、階段を登り始めた。
タカシの日記には「時計塔の地下」とあった。
でも、一階に地下への入り口らしきものは見当たらなかった。
となると、隠し扉か、あるいは特定の操作が必要な仕掛けがあるはずだ。
「統、わかる?」
わたしが小声で聞くと、統は壁に手を当てて目を閉じた。
魔力の流れを探っているのだろう。
「……上だ」
「上? 地下って書いてあったよ」
「構造的に、魔力のパスが上に向かって流れている。おそらく、制御室か何かが上層にあって、そこから地下へのロックを解除する仕組みだ」
なるほど。
一筋縄ではいかないわけだ。さすがは技術者タカシ。
わたしたちは螺旋階段を登り続けた。
長い。
目が回る。
ドレスの裾を踏みそうになりながら、ひたすら登る。
生身の人間だったら途中でへばっていただろうが、今のわたしは疲労を知らない。ただ、ヒールで階段を登るという苦行に対する精神的なストレスだけが溜まっていく。
最上階。
そこは、巨大な歯車が噛み合う機械室だった。
大時計の裏側だ。
カチ、コチ、カチ、コチ。
巨大な振り子が左右に揺れ、時を刻む重厚な音が響いている。
部屋の中央に、場違いなものが置かれていた。
金属製の、四角い台座。
その表面には、見慣れた配列のボタンが並んでいる。
「……キーボード?」
パソコンのキーボードだ。
しかも、ひらがなも刻印されている、日本語配列のやつ。
これもタカシが持ち込んだものか、あるいは彼が作ったのか。
台座の横には、液晶画面のようなプレートが埋め込まれている。
そこには、点滅するカーソルと、一文が表示されていた。
『PASSWORD:』
来た。
ここだ。
わたしはサコッシュからゲーム機を取り出した。
日記の最後のページ。
『パスワードは、俺たちの世界の、あの有名な呪文だ』
わたしはキーボードの前に立った。
指先が震える。
間違えたらどうなる?
自爆装置が作動したりしないよね?
「大丈夫だ。やってみろ」
統が後ろで頷く。
根拠のない自信だが、今はそれにすがるしかない。
有名な呪文。
RPG。
ゲームボーイ。
復活の呪文。
違う。
もっと、シンプルで、誰もが知っている言葉。
タカシくんが、この世界で願っていたこと。
扉を開けること。
閉ざされた状況を打破すること。
わたしは、キーボードを叩いた。
A・B・A・K・A・M
アバカム。
鍵を開ける呪文。
どんな扉も開く、魔法の言葉。
エンターキーを押す。
カチッ。
一瞬の静寂。
そして――低い地響きと共に、床の一部がスライドした。
隠し階段が現れる。
下へと続く、暗い穴。
「正解だったみたいね」
わたしはほっと息を吐いた。
タカシくん、あんたのセンス、嫌いじゃないよ。
隠し階段を下りると、そこは小さな部屋だった。
部屋というより、カプセルのような空間。
その中央に、布を被せられた「何か」が鎮座していた。
わたしは布をめくった。
現れたのは――
巨大な筒状の機械。
大砲のようにも見えるし、望遠鏡のようにも見える。
複雑な魔導回路と、真空管のようなガラス管が組み合わされた、スチームパンクとファンタジーが融合したようなデザイン。
「これが……兵器?」
わたしは拍子抜けした。
もっと禍々しいものを想像していたのだが、目の前の機械は、どこか愛嬌すら感じさせるフォルムをしている。
破壊の道具というよりは、科学博物館に展示されている実験装置みたいだ。
「解析する」
統が機械に手を触れる。
魔力を通して、内部構造を探る。
数秒後、統が目を開けた。
その表情は、いつになく柔らかかった。
「……なるほど。そういうことか」
「なに? わかったの?」
「ああ。これは兵器ではない」
統は断言した。
「これは……投影機だ」
「投影機?」
「光を空に映し出す装置。プラネタリウムのようなものだな」
わたしは機械を見上げた。
プラネタリウム。
星空を作る機械。
タカシくんは、帰りたかったんだ。
日本の空に。
見慣れた星座の下に。
でも、帰れないとわかって、せめてこの世界に、あの懐かしい空を再現しようとした。
切ない。
でも、優しい。
男爵たちは、これを兵器だと勘違いして奪おうとしたのか。
なんて滑稽で、なんて愚かなんだろう。
「どうする? これを持っていく?」
わたしが聞くと、統は首を横に振った。
「いや、大きすぎて目立つ。それに、ここにあることには意味があるようだ」
統は機械の台座を指差した。
そこには、外部接続端子のような穴が開いている。
「この塔全体が、増幅器になっている。この場所で起動しなければ、本来の性能は発揮できない」
「じゃあ、ここに置いておくの?」
「ああ。だが、起動の準備だけはしておく。オークションのクライマックスで、こいつを派手にぶっ放してやるために」
統がニヤリと笑った。
悪戯っ子の顔だ。
「いいね。最高の演出になりそう」
わたしも笑った。
偽物の兵器を出品して悦に入る男爵たちに、本物の「最高傑作」を見せつけてやる。
それが破壊の光ではなく、ただの綺麗な星空だったとしたら。
彼らはどんな顔をするだろう。
想像するだけで、ワクワクしてくる。
わたしたちは準備を整え、時計塔を後にした。
外に出ると、夜風が心地よかった。
明日は決戦だ。
ニセ令嬢と小さな執事の、最初で最後の大舞台。
わたしは夜空を見上げた。
二つの月が輝いている。
明日の夜、この空に、別の星が輝くことになる。
タカシくんが見たかった星空。
それを、この街の人たちにも見せてあげよう。
そして、その光の下で、全ての闇を暴いてやる。
サコッシュの中のゲーム機が、心なしか温かい気がした。
胸の奥で、「深い心臓」が力強く鳴る。
さあ、ショータイムの始まりだ。




