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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第四章 古都テンペタ・フロップス編

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48、大根役者と女優




 吸血鬼の身体能力なら一瞬で間合いを詰められるが、そこをぐっと堪えて「人間離れしすぎない速さ」で走る。


 それでも、男たちにとっては十分な脅威だったようだ。

 右側の男の背後に回り込み、彼の手首を掴む。

 そのままへし折りたい衝動を抑え、関節技の要領でねじり上げた。


「がっ!?」


 男が悲鳴を上げる。

 よし、力加減は成功だ。骨は折れてない。外れただけだ。

 そのまま足を払い、受け身が取れない角度で転がす。


 もう一人の男が、懐から短剣を抜いて襲いかかってくる。

 わたしの動体視力からすれば、止まっているように見えるほどの遅さだ。


 避けるのは簡単だが、避けすぎると不自然だ。

 わたしは「ギリギリでかわした」ふりをして半身になり、すれ違いざまに男の脇腹へ肘を入れた。

 内臓を破裂させないように、衝撃を表面で散らす。

 男は空気を吐き出し、膝から崩れ落ちた。


 心の中で冷や汗をかく。

 全力で戦うより、力をセーブして戦う方が数倍疲れる。これは繊細な作業だ。豆腐を崩さずに箸で掴むようなもどかしさがある。


 一方、すばるの方はどうだ。


 あちらは魔法を使えば一発だが、炎や雷を出せば大騒ぎになる。

 統は、チナちゃんを担いで走ろうとする男の前に、子供らしく無防備に飛び出した。


「待ってー! その子を返してー!」


 棒読みだ。

 大根役者も裸足で逃げ出すほどの棒読みだが、男たちの注意を引くには十分だった。

 男が鬱陶しそうに統を蹴散らそうとした、その瞬間。


 統がわざとらしく転んだ。

 その拍子に、男の足首に手が触れる。

 ただそれだけに見えた。

 しかし、男の体勢が不自然に崩れた。

 まるで、足元の重力だけが急に数倍になったかのように、男は地面に吸い込まれるように倒れ込んだのだ。

 重力魔法か、あるいは筋肉への電気信号を操作したのか。


 地味だが、えげつない。

 チナちゃんが男の肩から放り出される。

 統は転がった勢いのまま、滑り込むように彼女を受け止めた。


「危ない!」


 叫びながら、しっかりと抱きとめる。

 端から見れば、勇敢な少年が偶然と勇気で少女を助けたようにしか見えないだろう。


 策士め。


「スバルちゃん……!」


 チナちゃんが涙目でしがみつく。

 騒ぎを聞きつけた衛兵たちの笛の音が、遠くから聞こえてくる。


 わたしは倒れている男たちのポケットを素早く探り、手配書のような紙切れを抜き取った。

 そこには、子供の特徴と、「魔力反応」の強さが記されていた。

 チナちゃんの名前はない。

 代わりに、「推定魔力レベル・中」という記述がある。


「……無差別なんだ」


 わたしは吐き捨てるように言った。

 こいつらは、チナちゃん個人を狙ったわけじゃない。

 魔力のある子供なら、誰でもよかったのだ。

 白昼堂々とこんな真似をするほど、奴らは追い詰められている。

 裏を返せば、それだけ危険な状態だということだ。


「最低だね」


 胸の奥の「深い心臓」が、怒りで熱くなる。


 衛兵が到着する前に、わたしたちはその場を離れた。

 事情聴取なんて受けていたら、こちらの素性がバレてしまうかもしれない。


 統が崩れ落ちていたブンザさんに手を貸し、わたしがチナちゃんの手を引く。


 路地裏に入り、人目を避けるようにして、ブンザさんの定宿である「白の風車亭」へと戻った。

 部屋に入り、ブンザさんが落ち着きを取り戻すのを待って、わたしたちは事の次第を話した。


 カコちゃんのこと。

 消えた職人たちのこと。

 そして、男爵とバウンス商会が企んでいること。


 話を聞き終えたブンザさんの顔からは、商人の柔和な笑みが完全に消えていた。

 代わりにそこに在ったのは、娘を危険に晒された父親の、静かだが激しい怒りだった。


「……なるほど。そういうことでしたか」


 ブンザさんは、組んだ両手に力を込める。

 指の関節が白くなっている。


「許せませんな。商売の道にも、人の道にも外れている」


 彼は顔を上げ、わたしたちを見た。


「お二人が、そのオークションに潜入しようとしていることはわかりました。しかし、招待状はどうするおつもりで?」


「奪うか、偽造するかですね」


 わたしがあっさりと言うと、ブンザさんは苦笑した。


「荒っぽい。ですが、今回は私が手を貸しましょう」


「え?」


「私とて、一介の商人ですが、顔は利きます。特にこのテンペタでは、古くからの取引先も多い。正規のルートで、招待状を手配できますよ」


 マジか。

 持つべきものは、コネのある商人だ。


「ただし、身分を偽装する必要があります。素性の知れない子供が二人で乗り込んでも、怪しまれるだけですからね」


 ブンザさんは、値踏みするようにわたしと統を見た。


「スバル様は、従者としてなら潜り込めるでしょう。問題は、ドレミ様です」


「わたし?」


「ええ。招待客として堂々と正面から入るには、それなりの『格』が必要です。どこかの貴族の令嬢か、富豪の娘になりすましていただく必要があります」


 令嬢。

 富豪の娘。

 今のわたしに一番似合わない肩書きだ。

 ジャージと制服が正装のわたしに、そんな演技ができるだろうか。


 わたしの不安を察したのか、統が横から口を挟んだ。


「大丈夫。衣装ならある。中身は……まあ、黙っていればそれなりに見える」


「一言多いよ!」


 わたしは統の脛を軽く蹴った。

 でも、内心では少しだけ自信があった。


「平気だよ。こう見えても、わたし、演技には自信があるんだ」


 ブンザさんとチナちゃんが、きょとんとした顔をする。


「任せて。棒読みの誰かさんと違ってね」


 そう。

 わたしは五色七色ごしきどれみ

 芸名、五邑令美いつむられみ。本名の方が芸名――女芸人――っぽいって言われる子役あがりの女子高生。


 町娘Aから悪役令嬢まで、ありとあらゆる「人生」を演じてきた女だ。


「今回の役どころは『東方の島国から来た大富豪の娘』……悪くない配役ね」


 わたしはニヤリと笑った。


「では、決まりですな」


 ブンザさんが力強く頷いた。


「私が保証人となって、招待状を用意します。設定は……そうですね、多少の言葉遣いの違和感も、異国の文化として誤魔化せるような、ミステリアスな令嬢でいきましょう」


「わかりました。任せてください」


 わたしは腹を括った。

 こうなったら、やってやる。

 ニセ令嬢と、その従者。

 このふざけた配役で、悪徳貴族のパーティーをぶち壊してやるのだ。


 チナちゃんが、心配そうにわたしの袖を引いた。


「お姉ちゃん、大丈夫? 危なくない?」


「平気だよ。今回の舞台は特別だ。観客は悪党ばかり。気兼ねなく暴れられるってもんよ」


 わたしはウィンクしてみせた。

 チナちゃんが、少しだけ笑ってくれた。


 作戦は決まった。

 決行は、オークション当日。

 それまでに、準備しなきゃいけないことは山ほどある。


 ドレスの着付け、立ち居振る舞いの確認、そして何より、あの「タカシの遺産」の回収だ。


 わたしは窓の外を見上げた。

 街の中心にそびえる時計塔が、夕陽を浴びて赤く染まっている。

 あそこに、タカシくんが残した「答え」がある。


 嵐の前の静けさ。

 でも、わたしの胸の奥の「深い心臓」は、すでに戦いのリズムを刻み始めていた。




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