46、勇者タカシの遺言
「着いた頃だな」
統が、握りしめていた「念話石」に意識を集中させる。
わたしも慌ててその横に耳を寄せた。
見た目はただの石ころだが、今はそれがわたしたちとカコちゃんを繋ぐ唯一の回線だ。
石からは、ザザッというノイズと共に、布擦れの音や、足音が聞こえてくる。
音声は意外なほどクリアだ。統の魔法技術、やっぱり侮りがたし。
『……すんません。戻ってきました……』
カコちゃんの声だ。
震えている。演技なのか、本心なのか。たぶん、両方だろう。
男の怒鳴り声が響いた。
『何しに戻ってきやがった! この泥棒猫が!』
バシッ、という乾いた音。
叩かれた音だ。
わたしは反射的に動き出そうとしたが、統が腕を掴んで止めた。
「待て。想定内だ」
「でも!」
「今行けば、全てが無駄になる。彼女の覚悟を無にする気か」
統の言葉は正論だ。正論すぎて、殴りたくなる。
わたしは唇を噛み締めて、石に耳を傾けた。
『ごめんなさい、ごめんなさい……! 怖かったんや……』
カコちゃんの泣き声。
その裏で、男たちの会話が聞こえる。
『おい、ブツはどうした? あの箱だ』
『……川に、捨てた』
『なんだと!?』
空気が凍る気配が、石越しに伝わってくる。
『捨てたやと? あれがどれだけの値打ちもんか、わかってんのか!』
『知らん……あんなん持ってたら、また怖い人に追われると思て……』
うまい。
子供らしい短絡的な思考と、恐怖によるパニック。それらを言い訳にすることで、リアリティを持たせている。
『クソッ! 男爵になんて説明すりゃいいんだ……!』
男の焦った声。
やはり、あのゲーム機は単なる玩具以上の意味を持っていたらしい。
『殺すか? こいつ』
別の男の、低い声。
心臓が跳ねる。
『待て。殺すのはいつでもできる。それに、ブツがないなら、代わりが必要だ』
『代わり?』
『男爵が言ってたろ。あの箱は「鍵」だと。鍵がないなら、扉をこじ開ける「力」がいる。こいつには魔力がある。使い潰せば、あるいは……』
不穏な単語が並ぶ。
鍵。力。使い潰す。
ろくなことじゃない。
『連れて行け。地下へ』
『へい』
足音が遠ざかっていく。
地下。
そこが、今回の目的地だ。
「……地下か」
統が石を握りしめたまま呟いた。
「やはり、施設があるようだな」
「消えた職人たちも、そこに?」
「可能性は高い。そして、あの口ぶりからすると、子供たちもただ働かされているだけではなさそうだ」
魔力を搾り取る。
そんなおぞましい想像が頭をよぎる。
わたしは空を見上げた。
二つの太陽が、今日も無責任に明るく輝いている。
世界はこんなにも綺麗なのに、人間はどうしてこうも薄汚いことができるんだろう。
「……とりあえず、第一段階は成功ね」
わたしは無理やり自分を納得させるように言った。
カコちゃんは中に入り込んだ。
あとは、彼女からの連絡を待って、動くだけだ。
「宿に戻るぞ」
統が踵を返す。
「え、ここで待機じゃないの?」
「ここで突っ立っていても怪しまれるだけだ。それに、やるべきことがある」
「やるべきこと?」
「あのゲーム機の解析だ」
そうだった。
あの「タカシ」の遺産。
男爵たちが血眼になって探している「鍵」。
それが何なのかを突き止めないことには、事態の全容は見えてこない。
わたしたちは来た道を戻り始めた。
行きよりも、足取りは重い。
背中に、カコちゃんの気配を感じながら。
宿に戻ると、わたしはすぐにサコッシュからゲーム機を取り出した。
ひび割れた画面。手垢にまみれたプラスチックの筐体。
どこにでもある、ただの古い携帯ゲーム機だ。
これが「鍵」?
世界を揺るがすような秘密が、こんなおもちゃの中に?
「ねえ、統。これ、本当にそんなすごいものなの?」
わたしはゲーム機を裏返したり、振ってみたりした。カラカラと乾いた音がするだけだ。
「物自体に力はない」
統は言った。
「だが、情報端末としての価値はあるかもしれん」
「情報? セーブデータのこと?」
『タカシ』 LV.45。
あのデータの中に、何かが隠されているということか。
「起動してみろ」
統に促されて、わたしはスイッチを入れた。
ピロリン、という電子音。
メーカーのロゴが表示され、タイトル画面へ。
ここまでは普通だ。
「つづきから」を選ぶ。
フィールド画面が表示される。
ドット絵の勇者が、草原の真ん中に立っている。
パーティメンバーは戦士、僧侶、魔法使い。王道中の王道だ。
「普通に遊べるね」
わたしは十字キーを操作してみた。
勇者が歩く。メニュー画面を開く。道具を見る。
「やくそう」「どくけしそう」「キメラのつばさ」。
懐かしいアイテム名が並んでいる。
「……何も変なところはないけど?」
「魔力を流してみろ」
統が言った。
「は?」
「電源を入れる瞬間に、微弱な魔力を流し込むんだ。この世界に来た電子機器は、魔力干渉を受けることで誤作動を起こすことがある。だが、それを逆手に取って、魔力を認証キーとして使う改造が施されている場合がある」
「……あんた、本当に何者?」
そんな知識、どこで仕入れてくるんだ。
異世界転移者マニアか。
わたしは半信半疑で、一旦電源を切った。
そして、指先に意識を集中させる。
魔力の扱いには、まだ慣れていない。
でも、あの「深い心臓」が動く感覚をイメージすれば、なんとなく熱のようなものが指先に集まってくるのがわかる。
「いくよ……」
スイッチを入れると同時に、指先から魔力を流し込む。
バチッ、と静電気のような音がした。
画面が乱れる。
ノイズが走り、砂嵐が表示される。
「あ、壊した!?」
わたしが叫ぶと、統は「黙って見ろ」と制した。
砂嵐が晴れると、そこには見慣れない画面が表示されていた。
ゲーム画面ではない。
黒い背景に、白い文字だけの、シンプルなテキスト画面だ。
『READ ME.TXT』
ファイル名だ。
パソコンのテキストファイルみたいだ。
「……これ、日記?」
わたしはAボタンを押して、テキストを開いた。
>20XX年 〇月×日
>異世界に来て三日目。
>言葉が通じない。腹が減った。
>俺はここで死ぬのか?
タカシの日記だ。
西脇さんのスマホに残っていた記録と同じような、絶望と混乱に満ちた書き出し。
わたしはページを送る。
>言葉がわかるようになった。魔法みたいな力のおかげか?
>街の人に助けられた。親切な職人のおじさんだ。
>俺の持ってた懐中電灯に興味津々だった
>魔道具工房で働くことになった。
>こちらの世界の魔法技術と、向こうの世界の科学知識。
>合わせれば、すごいものが作れるかもしれない。
文章のトーンが、少しずつ明るくなっていく。
希望を見つけ、自分の居場所を見つけた少年の記録。
>リヴィエール侯爵に認められた。
>俺の研究を支援してくれるらしい。
>元の世界に帰るための装置。
>理論上はいけるはずだ。
帰還装置。
その言葉に、わたしは息を呑んだ。
タカシは、帰る方法を見つけていたのか?
しかし、ページが進むにつれて、また雲行きが怪しくなってくる。
>男爵という男が来た。
>俺の研究を兵器に転用したいらしい。
>断った。あんなものを戦争に使わせるわけにはいかない。
>尾行されている気がする。
>工房の仲間が一人、消えた。
>嫌な予感がする。
>設計図を隠した。
>奴らは俺を捕まえて、無理やり吐かせるつもりだ。
>逃げないと。
そして、最後の日記。
>このゲーム機を見つけた人へ。
>もしあんたが、俺と同じ日本から来た人なら、頼みがある。
>俺の作った「最高傑作」を、正しいことに使ってほしい。
>あるいは、二度と使えないように壊してほしい。
>隠し場所は、時計塔の地下。
>パスワードは、俺たちの世界の、あの有名な呪文だ。
そこで、文章は途切れていた。
わたしは顔を上げ、統を見た。
「……これ、遺書だよね」
統は静かに頷いた。
「おそらく、彼は逃げ切れなかったのだろう」
タカシ。
会ったこともない少年。
でも、このテキストを通して、彼の苦悩と、希望と、絶望が痛いほど伝わってくる。
「時計塔の地下……」
わたしは窓の外を見た。
街の中心にそびえ立つ、巨大な時計塔。
テンペタ・フロップスのシンボル。
あそこに、タカシの「最高傑作」が眠っている。
そして、男爵たちが求めているのは、それなのだ。
「行くぞ」
統が言った。
「時計塔? それとも地下工場?」
「両方だと言いたいところだが、手は足りん。まずは情報の整理だ」
統はゲーム機の画面を指差した。
「パスワード。『有名な呪文』とはなんだ?」
「え?」
わたしは画面を見つめた。
有名な呪文。
日本人の、しかもゲーム好きなら誰でも知っている呪文。
復活の呪文?
いや、長すぎる。
もっとシンプルで、象徴的なもの。
「……あ」
思い当たった。
タカシ。
ゲームボーイ。
RPG。
そして、世界を救う勇者の物語。
「わかった気がする」
わたしは言った。
「でも、これだけじゃ足りない。タカシくんが何を作ったのか、それがどういう仕組みなのか。現物を見ないとわからない」
「そうだな。だが、場所は割れた」
時計塔の地下。
そこに潜れば、タカシの遺産がある。
それを手に入れれば、男爵たちの野望をくじく切り札になるかもしれない。
その時、わたしの胸ポケットに入れていた石が、微かに震えた。
念話石だ。
わたしは慌てて石を取り出し、耳に当てた。
『……聞こえてる? お姉ちゃん……』
カコちゃんの声だ。
小さい。囁くような声。
「聞こえるよ! カコちゃん、無事?」
思わず叫んじゃったけど、こっちの声は届かない。
『えーっと……今は、牢屋みたいなとこに入れられてる。周りには、他のおっちゃんらもおるわ』
職人たちだ。
やはり、生きていた。
『ここ、すごいわ……。見たことない機械がいっぱいあって、みんな働かされてる。子供らも……魔力吸い取られて、フラフラや……』
怒りで、血が沸騰しそうになる。
地下工場。
ブラックなんて言葉じゃ生温い、地獄だ。
『男爵が来たで。……なんか、焦ってるみたいや』
男爵。
ロンリコ・ブランコ。
諸悪の根源。
『「オークションまで時間がない」て言うてる。「偽物でもいいから数えろ」て……』
偽物。
オークションに出品するのは、贋作か。
タカシの技術を再現できず、見せかけだけのガラクタを作っているということか。
『あ、誰か来た……切るで……』
通信が途切れた。
わたしは石を握りしめ、統に向き直った。
「状況は把握した」
わたしは努めて冷静に言った。
「敵は焦ってる。タカシくんの遺産が手に入らず、オークションの目玉がないからだ。だから、偽物で誤魔化そうとしてる」
「そして、そのために職人と子供たちを酷使しているわけか」
統の目に、冷たい光が宿る。
「決まりだな」
「うん」
わたしは頷いた。
「オークションは来月だと言っていたが、この様子だと前倒しになるかもしれん」
「だね。のんびり待ってたら、みんな殺されちゃう」
わたしはゲーム機をサコッシュにしまった。
「作戦を立てよう。最高のショータイムを演出するために」
わたしの唇が、自然と吊り上がる。
これは復讐じゃない。
断罪だ。
そして、救済だ。
タカシくん。君のゲームは、まだ終わってないよ。
わたしが、最高のエンディングを見せてあげる。
窓の外で、風が強く吹いた。
嵐の予感がする。
でも、今のわたしには、それが追い風のように感じられた。




