43、飛び込んできた厄介ごと
【2026/5月改訂】
女の子が走っていった方から、怒鳴り声と一緒に男が三人、どたどた追ってきた。
見るからに柄が悪い。
いかにもそのへんで揉め事ばっかり起こしてそうな顔だ。
しかも、こっちなんて見えてないみたいにまっすぐ突っ込んでくる。
「どけ! 轢き殺すぞ!」
先頭の男が叫んだ。
いや、なんでわたしがどかなきゃいけないの。
わたしは反射的に身構えた。
男は減速もしないまま、そのままわたしにぶつかってきた。
鈍い音がした。
「ぐべっ!?」
吹っ飛んだのは、わたしじゃなくて男の方だった。
こっちは一歩も動いてない。
ただ立ってただけだ。
吸血鬼ボディ、思ってた以上に頑丈らしい。
男は地面を転がって、鼻を押さえながら叫んだ。
「いってぇ……! なにしやがる!」
「それはこっちの台詞でしょ」
思わず冷たくなる。
「人に突っ込んできたの、そっちなんだけど」
追いついた残りの二人も、足を止めてこっちを睨んだ。
「なんだこのアマ」
「兄貴になにしてんだ!」
ああ、もう。
街に入って早々これか。
横を見ると、統は空でも見てるみたいな顔をしていた。
はいはい。つまり、おねーちゃんがやれってことね。
地面に転がってた男が、鼻血をにじませながら立ち上がる。
自分からぶつかってきておいて、すっかり被害者面だ。
「テメェ……ただで済むと思うなよ!」
懐からナイフが出てきた。
周りの空気が一気に変わる。
通りにいた人たちは、見なかったことにするみたいに足早に離れていった。
残りの二人も、棍棒みたいなものを抜く。
三人。
こっちは二人。
いや、統を数に入れると計算がおかしくなるから、今は考えないでおく。
わたしはひとつ息を吐いた。
「ねえ。あの子追ってたんじゃないの? こんなとこで止まってていいわけ?」
「うるせぇ! あの泥棒猫は後だ! まずはテメェからだ!」
優先順位どうなってるんだろう、この人たち。
男がナイフを構えて突っ込んでくる。
遅い。
体がそう判断した。
半歩ずれる。
すれ違いざまに手首を掴んで、そのまま軽く捻る。
「ぎゃっ!」
ナイフが落ちた。
そのまま腕を背中に回して、地面に押さえつける。
技というより、ほぼ力まかせだ。
「いたたたたっ! 折れる! 折れるって!」
「動かないで。こっち、加減まだ怪しいから」
耳元でそう言うと、男はぴたりと止まった。
残りの二人も、さっきまでの勢いがだいぶ消えていた。
「な、なんだこいつ……」
「化け物かよ……」
失礼な。
半分合ってるのが腹立つけど。
そのとき、統が口を開いた。
「なあ」
低い声だった。
静かなのに、ぞっとするくらい冷たい。
「騒ぎが大きくなると面倒だ。衛兵が来る前に消えろ」
二人の顔色が変わる。
わたしじゃなくて、統を見た瞬間に。
ああ、わかったんだなと思った。
こっちの方がやばい、って。
「お、覚えてろよ!」
「行くぞ!」
わたしが手を離すと、三人は転がるように逃げていった。
捨て台詞までお約束だ。
「……はあ」
服についた埃を払う。
静かそうな街だなと思った直後にこれ。
テンペタ、わりと油断ならない。
「行くぞ」
統は何事もなかったみたいに歩き出した。
「ちょっと待って。あの子、どうなったかな」
「知らん。逃げ切っただろう」
「冷たいなあ。困ってるかもしれないじゃん」
「関わるな。面倒ごとの種だ」
それは、そうだと思う。
わたしたちは目立たない方がいい。
余計な揉め事には近づかない方がいい。
正論だ。
でも、あの顔が気になった。
切羽詰まってて、ただ逃げてるだけじゃない顔だった。
「……ちょっとだけ、様子見てくる」
わたしが言うと、統は深いため息をついた。
「お前の『ちょっとだけ』が、まともに済んだ試しはない」
「ひどいな。でも気になるものは気になる」
わたしはそのまま、女の子が走っていった方へ足を向けた。
路地に入ると、さっきまでの大通りとは空気が全然違った。
薄暗い。
湿ってる。
石壁の近さのせいか、においまでこもってる。
ごみと、濡れた石と、生活の残りみたいなにおい。
道は細くて、くねくねしてて、表の碁盤目の街とは別の場所みたいだった。
わたしは足を止めて、息をひそめる。
“深い心臓”が、かすかな気配を拾っていた。
いた。
突き当たり。
木箱とごみ袋の陰に、小さく丸まってる影がある。
さっきの女の子だった。
「ねえ」
声をかけると、びくっと肩が跳ねた。
弾かれたみたいに顔を上げる。
目が鋭い。
警戒心むき出しだ。ほんと、野良猫みたいだった。
「……誰やの。あいつらの仲間?」
「違うよ。あいつらはもう追い払った」
女の子の目が、わたしを見て、次に後ろの統を見る。
それからまた、わたしに戻る。
すぐには信じない。
その感じが、逆にちょっと安心だった。
「ほんま?」
「ほんと。もう来ない」
少し間があって、やっと肩の力が抜けた。
「あー……死ぬかと思た……。おおきに」
へなっとその場に座り込む。
「どういたしまして」
わたしも少しかがんで、目線を近づけた。
「で、何したの?」
直球で聞く。
「泥棒猫って、ずいぶん景気よく呼ばれてたけど」
女の子はぴたりと黙った。
目が泳ぐ。
それから、片手で服の裾のあたりをぎゅっと押さえた。
あ、そこに何かあるな、と思った。




