43、飛び込んできた厄介ごと
女の子が走ってきた方向から、怒号と共に三人の男が追いかけてきた。
柄の悪い、いかにも「チンピラです」という風貌の男たちだ。
彼らは女の子を追うことに夢中で、進路上にいるわたしたちのことなど、眼中にないようだった。
「どけ! 轢き殺すぞ!」
先頭を走る男が、邪魔だとばかりにわたしに向かって突っ込んでくる。
避けるか?
普通の人間なら避けられる距離じゃないが、わたしたちなら余裕だ。
でも、なんでわたしが避けなきゃいけないのよ。
ここは歩道(みたいな場所)だぞ。歩行者優先だろ。
わたしは反射的に身構えた。
男は減速することなく、タックルのような体勢で、統じゃなく、わたしにぶつかってきた。
普通なら、わたしが吹き飛ばされて地面に転がるところだ。
普通の女子高生なら。
当たった瞬間、鈍い衝撃音がした。
当然、吹き飛んだのはわたしではなかった。
「ぐべっ!?」
男の方が、まるで透明な壁に激突したかのように弾き返され、無様に地面に転がったのだ。
わたしは一歩も動いていない。
ただ、そこに立っていただけだ。
吸血鬼ボディの物理耐性、恐るべし。
大型トラックには勝てないかもしれないが、チンピラのタックルくらいなら、岩のように受け止められるらしい。
「痛ったぁ……なんだテメェ、何しやがる!」
転がった男が、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
逆ギレもいいところだ。
当たり屋かよ。
「何しやがる、はこっちのセリフよ。人が歩いてるのに突っ込んでくる方が悪いでしょ」
わたしは冷ややかに言い返した。
後ろから追いついてきた二人の男も、足を止めてわたしを睨みつける。
「なんだこのアマ、兄貴に何しやがった!」
「痛い目見たいのか、ああん?」
ああ、面倒くさい。
せっかく平和な観光気分だったのに。
またイベント発生かよ。
この世界、エンカウント率高すぎない?
わたしはチラリと横を見た。
統は、相変わらず「我関せず」の顔で、空の彼方を見つめている。
……はいはい、わかってますよ。
おねーちゃんが処理すればいいんでしょ、おねーちゃんが。
わたしはため息をつきつつ、心臓の奥のエンジンを、アイドリング状態から少しだけ回転させた。
地面に転がった男が、顔を真っ赤にして立ち上がる。
鼻血が出ている。自分の勢いでぶつかって自爆したのだから、自業自得というやつだ。
しかし、チンピラという生き物は、因果関係を正しく認識する能力が欠如しているらしい。
「テメェ……ただで済むと思うなよ!」
男が懐からナイフを取り出した。
周囲の空気が凍りつく。
広い通りにはまばらに人がいたが、関わり合いになりたくないのか、皆一様に顔を背けて足早に去っていく。
都会の冷たさってやつね。
「兄貴、やっちまいましょう」
「こんなガキ、ひねり潰してやる」
取り巻きの二人も、それぞれ棍棒のようなものを取り出して構える。
三対二。数では不利だ。
いや、統を戦力に数えるなら、実質三対一億(戦闘力換算)くらいでわたしたちが有利なのだが、彼はあいにく「子供」のロールプレイ中だ。
つまり、わたしがなんとかしなきゃいけない。
「はぁ……」
わたしはわざとらしく大きなため息をついた。
「ねえ、あなたたち。さっきの女の子を追いかけてたんじゃないの? こんなところで油売ってていいの?」
「うるせぇ! あの泥棒猫は後だ! まずはテメェのツラを拝み直してからだ!」
優先順位がおかしい。
どうやら、プライドを傷つけられたことの方が、本来の目的よりも重要らしい。男ってバカね。
男がナイフを構えて突っ込んでくる。
直線的で、何の工夫もない動きだ。
わたしは半歩横にずれ、すれ違いざまに男の手首を掴む。
そして、軽く捻った。
「ぎゃっ!?」
悲鳴と共にナイフが手から離れる。
わたしはそのまま男の腕を背中に回し、地面に押さえつけた。
柔道の授業で習った……わけではない。単なる馬鹿力による制圧だ。
「痛い痛い痛い! 折れる! 折れる!」
「動かないでね。加減がわからないから、ポキッといっちゃうかもよ?」
わたしが耳元で囁くと、男は借りてきた猫のように大人しくなった。
残りの二人も、リーダー格があっさり制圧されたのを見て、腰が引けている。
「な、なんだお前……」
「化け物か……」
失礼な。可憐な美少女をつかまえて化け物とは。
まあ、半分合ってるけど。
その時、統が口を開いた。
「なぁ」
低い声。
場違いなほど落ち着いた声が、チンピラたちの背筋を凍らせたようだ。
「騒ぎが大きくなると面倒だ。衛兵が来る前に消えろ」
統の目は、ゴミを見るような冷たさを湛えていた。
男たちは本能的に悟ったのだろう。この「子供」の方が、わたしよりも遥かにヤバイ存在だと。
「お、覚えてろよ!」
「行くぞ!」
わたしが拘束を解くと、男たちはお約束の捨て台詞を残して、脱兎のごとく逃げ出した。
逃げ足だけは一級品だ。
「……ふぅ。やれやれ」
わたしは服の埃を払った。
街に着いて早々、トラブル続きだ。
これがわたしの「引き」の強さなのだろうか。だとすれば、宝くじでも買えば当たるかもしれない。いや、この世界に宝くじはないか。
「行くぞ」
統は何事もなかったかのように歩き出す。
「ちょっと待ってよ。さっきの子、どうなったかな」
「知らん。逃げ切っただろう」
「冷たいなぁ。もしかしたら、困ってるかもしれないじゃん」
「関わるな。面倒ごとの種だ」
統の忠告はもっともだ。
わたしたちはただでさえ追われる身(正確には死んだことになってるけど)。目立つ行動は避けるべきだ。
でも、どうしても気になってしまう。
あの必死な顔。
何か、事情がありそうだった。
「……ちょっとだけ、様子見てこようかな」
わたしが言うと、統は深いため息をついた。
「お前の『ちょっとだけ』が、ロクな結果になった試しがない」
「ひどい言い草! でも、気になるものは気になるのよ」
わたしは統の制止を振り切り(といっても彼は本気で止める気はないようだったが)、女の子が走り去った方向へと足を向けた。
路地裏に入ると、表通りの整然とした雰囲気とは打って変わって、雑多で薄暗い空間が広がっていた。
ゴミの匂いと、湿った石の匂い。
迷路のように入り組んだ路地を、わたしは勘を頼りに進んでいく。
あの「深い心臓」が、微かな気配を捉えていた。
いた。
路地の突き当たり、ゴミ箱の陰に、小さく丸まっている影があった。
さっきの女の子だ。
息を殺して、震えている。
「ねえ」
わたしが声をかけると、彼女はビクッと体を震わせ、弾かれたように顔を上げた。
警戒心剥き出しの目。
野良猫みたいだ。
「……誰? あいつらの仲間?」
「違うよ。あいつらは追い払ったから、もう来ないよ」
わたしが努めて優しく言うと、彼女の目から少しだけ険が取れた。
「……ホンマ?」
「ホントホント。わたしがボコボコにしてやったから」
女の子は、わたしの顔と、後ろに立っている統を交互に見た。
そして、安堵したのか、へなへなと座り込んだ。
「あー、死ぬかと思たわ……。おおきに、お姉ちゃん」
「どういたしまして。で、何があったの? 泥棒猫とか言われてたけど」
わたしが直球で聞くと、彼女はバツが悪そうに視線を逸らした。




