表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第四章 古都テンペタ・フロップス編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/101

39、姉と弟と、時々、言語の壁

【2026/5月改訂】




 森を抜けると、空が急に広くなった。


 緑の匂いと湿った空気が背中の方へ遠ざかっていって、胸の奥にたまってた何かが、すうっと軽くなる。

 だから、なんとなく大きく息を吸った。


 今のわたしの体が、前みたいにちゃんと酸素を必要としてるのかは、正直よくわからない。

 心臓だって、胸じゃなくて腹の奥で変なふうに鳴るし。

 でも、人間だったころの癖みたいなもので、こういうときは深呼吸したくなる。


 振り返っても、もうログハウスは見えなかった。

 認識阻害の結界ってやつのせいで、意識して見ようとしても視線がつるっと流れる。


 あそこに、ゲルトさんが残った。


 片腕を失って、仲間を失って、それでも生きる方を選んだ。

 そのことが、まだ胸のどこかに引っかかってる。


「ねえ」


 隣を歩くすばるに声をかけた。


「ゲルトさん、一人で大丈夫かな」


 薪を割って、水を運んで、森の中で暮らしていく。

 できるんだろうとは思う。けど、そういう話じゃなくて、ってやつだ。


「生き抜く力はあるだろう」


 統は前を向いたまま答える。


「狼人族の生命力は高い。あの程度の怪我で死ぬようなら、そもそもここまで生きていない」


 相変わらず、言い方はドライだ。


「でも不便でしょ。義手とか、ないの? 統の次元収納、そういうのまで入ってそうじゃん」


「必要だと思ったことがないので、持ってない」


「そこはないんだ」


「仮に持っていても、渡してはいない」


「なんで」


「目立つ」


 それだけ言われて、口をつぐんだ。


 そりゃそうだ。

 こんな世界で、いかにも特別な義手なんてつけてたら、静かに暮らすどころじゃない。

 助けになるどころか、別の厄介ごとを背負わせることになる。


「……そっか」


 統は余計なことを言わなかった。

 でもたぶん、それが統なりの配慮なんだろうと思う。



 街道は乾いた土の色をしていて、ところどころ轍が深い。

 日が上がるにつれて、風もぬるくなってきた。


「次はどこ行くの?」


 当てもなく歩くのは、気楽そうに見えて地味に心が削れる。

 せめて行き先くらいは知っておきたい。


「途中で村に寄るかもしれんが、テンペタ・フロップスへ行く。問題なければ、しばらくそこで暮らす」


「テンペタ・フロップス」


 言いにくい。

 ちょっと噛みそうな名前だ。


「ここから歩いて十時間ほどだ。この国が今の王族に支配される前、周辺国ごと支配していた帝国の首都だった」


「帝国の首都。じゃあ、古い街?」


「今は王国の直轄地だ。帝国時代の街並みがかなり残っている。古い石造りの建物や、水道橋もある」


「へえ。なんか、ちょっと見たいかも」


 古い街並み。石畳。でかい建物。

 逃亡中だってのはわかってるけど、そういうのは普通に気になる。


「安全が確認できればな」


 すぐ現実に戻された。

 はいはい、わかってますよ。



 街道では、ときどき旅人とすれ違った。

 荷馬車を引く商人とか、武装した連中とか。

 そういう相手とすれ違うたびに、統はさりげなくわたしをかばう位置に入る。


 過保護だな、と思う。

 見た目は弟なのに。


 そう思ったところで、その“弟”が急に足を止めた。


七色どれみ


「なに」


「テンペタ・フロップスに着くまでに、言葉を直せ。目立つ」


 唐突だった。


「え? 『マンダイない。りゅいちょーに喋られれれるじゃい?』」


 そう言ったつもりだった。


 つもりだったのに、統の目がじわっと細くなる。


「今の、何と言った」


「え、だから……問題ない。流暢に喋れてる、って」


「それをいうなら『問題ない。流暢に喋られているんじゃない?』だ。いきなりスーパーを探してどうする」


「うそでしょ」


 自信がぐらついた。


 統がゆっくり言い直す。


「問題。流暢」


 美しい発音だった。

 悔しいけど、そこだけ切り取ると本当に手本向きだ。


「……もんだい」


 これはいける。


「りゅー……ちょ……」


 あれ。

 舌が変なところに引っかかる。


「りゅ・う・ちょ・う」


 区切って言われると、余計に悔しい。


「少し違う、ね」


 なんとか言い返したつもりだった。


 統が無表情で見てくる。


「今のは『少し番うね』に近い」


 数秒遅れて意味が入ってきた。


「は!?」


「交尾の宣言をするな」


「するわけないでしょ!」


 顔が熱くなる。

 なんでそうなるんだ、この言語。


「とにかく、道中は日本語禁止だ。発音を慣らせ」


「じゃあ統も直してよ、その喋り方。子どもに見えないもん。それに、わたしがおねーちゃん役なんだから、そこも合わせて」


「善処する」


「その返しがもう年寄りなんだって」


 それでも、統は一応考えたらしい。


「……姉ちゃん、少し休もうぜ」


「急にガラ悪いな」


「……お姉ちゃん、疲れてない? 僕は少し疲れた」


「棒読み!」


「注文が多いな」


「そっちでしょ!」


 弟役、向いてなさすぎる。


 でも、そうやって言い合いしながら歩いていると、少しだけ気が楽になるのも事実だった。




 歩き始めてしばらくして、前の方に土煙が見えた。


 風に乗って、怒鳴り声みたいなものも聞こえる。


「……あれ」


 目を凝らす。


 視力が上がってるせいで、遠くの様子まで嫌にはっきり見えた。


 一台の幌馬車。

 それを囲む数人の男。

 剣か槍みたいなものが光って、御者が必死に馬を走らせようとしている。


「盗賊?」


 統も足を止めて、その先を見た。


「……馬車を助けるやつって、異世界テンプレっぽいよね」


「そうか?」


「ほら、助けたら偉い人が乗ってて、後ろ盾できるとか」


「その馬車、幌だぞ。たぶん小商人だ」


 夢がしぼんだ。


 言われて見れば、豪華な馬車じゃない。

 実用一点張りの、荷運び用っぽいやつだ。


「……あー」


「現実を見ろ」


「見てるよ。見たうえで言うけど」


 わたしは統を見た。


「助けるでしょ」


 相手が誰だろうと、目の前で襲われてるのを見捨てる気にはなれない。

 それに、助けたら街まで乗せてもらえるかもしれないし。

 そのへんは、ちゃんと現実的に考えている。


「あまり派手にやるな。おねーちゃん」


 統が、ちょっとだけ皮肉っぽく言った。

 でも、その呼び方を一応続けようとしてるあたり、たぶん本人なりに頑張ってる。


「わかってるよ、弟」


 サコッシュに手を入れて、短刀を取り出す。


 腹の奥で、“深い鼓動”が静かに鳴った。


 怖くはなかった。

 そのかわり、体が勝手に前へ行きたがってる。


 砂埃の向こうで、馬が甲高くいなないた。

 怒声がひとつ、悲鳴がひとつ、遅れて届く。


 わたしたちは一度だけ視線を合わせて、それから同時に地面を蹴った。


 十時間歩くはずだった道は、どうやらそう素直には進ませてくれないらしい。


 でも、まあ。

 そういう方が、たぶん旅っぽい。


 土煙の立つ街道へ向かって、わたしたちは一気に駆け出した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
玉のコネ作戦、失敗。 次回「ドレミ、口上を噛む!」
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ