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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第三章 商都オーミ編

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38、森の隠居所と、夜明けの別れ

【2026/5月改訂】




 森の空き地に、何の前触れもなく家が現れた。


 しかも、けっこう立派な二階建てだ。

 無から生えた、としか言いようがない。


 さっきまで何もなかった場所に、どしんとログハウスが建っている。

 見慣れてきた気もしてたけど、やっぱり毎回おかしい。


 いつものより、ひと回りどころじゃなく大きい。

 統(すばる)、こんなのまで持ってたんだ。


 アリアさんたちはそろって固まっていた。

 口を開けたまま、しばらく誰も何も言わない。


「……な、何だい、これは」


 やっとアリアさんが声を出した。


「家だ」


 統が即答する。


 いや、そこはみんな分かってる。


「家なのは見れば分かるよ! なんでこんなものが急に出てくるんだい!」


「ただの次元収納だ」


「そういう話じゃない!」


 うん、それはそう。


 でも、統にそこを説明させようとしても、たぶん無理だ。

 なので、わたしはちょっとだけ先輩ぶることにした。


「アリアさん。考えすぎると迷う。そういうやつです」


「ドレミちゃん……あんた、だいぶ慣れたんだね……」


 慣れたというか、諦めたというか。

 異世界で生きるには、納得より先に飲み込む力がいる。


 中に入ると、そこはもう普通に住める家だった。


 暖炉には火が入っているし、ソファもあるし、テーブルも広い。

 何度見ても思うけど、これを“道具”扱いしてる統の感覚がおかしい。




 わたしたちはテーブルを囲んで、オーミで手に入れたものを広げた。

 帳簿、書き付け、受領書、押収品。どれも重い。


「……これが、全部かい」


 アリアさんが帳簿の山を見て息を呑む。


「全部ではないが、致命傷を与えるには十分だろう」


 統は淡々と言って、書類の束をアリアさんの前に置いた。


 代官所とエチゴヤの裏帳簿。

 人の売買の記録。

 賄賂の受領書。


 紙なのに、机の上の空気まで重くなる。


「よくまあ、これだけ一晩で集めたもんだ」


 長身の男が低くうなる。


「警備が甘かった」


 統がそう言ったので、思わず横目で見た。


 嘘でしょ。

 警備、全然甘くなかった。

 ただ、侵入した側がおかしかっただけだ。


「アリア。これはお前に託す」


 統が言う。


「使い方は任せる。正義のために使うもよし、脅しに使うもよしだ」


「……いいのかい? これだけあれば、街どころか国まで揺らせるかもしれない」


「興味がない」


 ばっさりだった。


 でも、そのあとで統の声が少しだけ低くなる。


「ただし、やるなら徹底的にやれ。半端に残せば禍根になる。相手は権力者と商人だ。息の根を止めるか、二度と立てないようにするか、どちらかを選べ」


 アリアさんの顔つきが変わった。

 軽口の混じる冒険者の顔じゃない。獲物を見据える人の目だった。


「わかった。……こっちだって、仲間を殺されて黙ってるほど甘くない。落とし前はきっちりつけるよ」


 その言葉で、少しだけ胸のつかえが下りた。


 次に、統は別の包みを取り出した。


「ゲルト」


 呼ばれて、ソファの端に座っていたゲルトさんが顔を上げる。


「これは、お前の仲間の遺品だ」


 部屋の空気が変わった。


 ゲルトさんは震える左手で包みを受け取る。

 中に入っていたのは、ローデリヒさんの上着と、ディルクさんの工具袋だった。


 使い込まれた革の匂い。

 かすかに残った血の匂い。


「……あいつらの……」


 ゲルトさんはそれを胸に抱いた。

 壊れやすいものを抱えるみたいに、ぎゅっと。


「すまない……俺だけが……」


 嗚咽がこぼれる。


 何も言えなかった。

 ここでかける言葉なんて、たぶん何を選んでも薄い。


 統も黙っていた。

 冷たいんじゃなくて、たぶん、口を出さないのが礼儀なんだと思う。


 しばらくして、ゲルトさんが顔を上げた。

 目は真っ赤だったけど、泣く前よりまっすぐな顔をしていた。


「……ありがとう。これがあれば、あいつらが消えた気がしない」


「そうか」


 統は短く返す。


「ゲルト。お前はどうする。怪我が治るまで、私たちと来るか」


 ちょっと驚いた。

 統の方から、こういうふうに言うのは珍しい。


 ゲルトさんは少しだけ目を伏せて、それから首を横に振った。


「いや……誘いは嬉しい。だが、俺は残る」


「残って、どうする」


「見届ける」


 ゲルトさんの視線が、アリアさんの前の書類に向く。


「あいつらがどう裁かれるのか。この街がどう変わるのか。それを見たい。生き残った俺が、そこから逃げるわけにはいかん」


 その言い方は、復讐というより弔いに近かった。


「それに」


 彼は空になった右袖へ目を落とした。


「今の俺じゃ、足を引っぱる」


「足手まといにはならん」


 統が即座に言う。


「だが、意志は固いようだな」


 無理には引き留めなかった。


「ただし、街には戻れん。お前は死んだことになっている。顔を出せば、また狙われる」


「ああ。だから森で暮らす。もともと、そういう生き方はできる」


「なら、餞別だ」


 統が立ち上がって、窓の外を指した。


「森の奥に、別の家を用意する」


「……は?」


 ゲルトさんが固まった。


 わかる。

 わたしも最初はそうだった。


「今夜使うここよりは小さいが、一人で住むには十分だろう。生活に必要な道具も入れておく。結界も張る」


「い、いや……そこまでしてもらう理由が……」


「受け取れ。私の気まぐれだ」


 家を一軒、気まぐれで渡すな。


 そう思ったけど、口には出さなかった。


「……すまない。恩に着る」


 ゲルトさんは深く頭を下げた。

 その肩が、少し震えていた。





 翌朝、空が白み始めるころ、アリアさんたちは出発した。


「じゃあね、ドレミちゃん、スバルくん。またどこかで」


 アリアさんはいつもの調子で手を振る。

 でも鞄の中には、この街をひっくり返せるだけの火種が入っている。


「気をつけて、アリアさん」


「あんたたちこそね。……まあ、そっちは大丈夫そうだけどさ」


 ベルロウさんも、長身の男も、小さく手を上げた。


 三人の背中が朝霧に溶けていく。

 たぶん、あの人たちはやる。

 オーミの街に、ちゃんと落とし前をつける。


 ……結局、長身の人の名前、聞きそびれたな。


 そのあと、統は言った通り、森のさらに奥にもう一軒のログハウスを置いた。

 “もう一軒”って表現もだいぶおかしいけど、もう突っ込まない。


 今度のは少し小さい。

 とはいえ、一人で暮らすには十分すぎる。

 家具もあるし、生活道具も揃っているし、たぶんわたしが住んでも普通に快適だ。


「……夢みたいだな」


 家の中を見回して、ゲルトさんがぽつりと言った。


「食料も当分困らんようにしてある。近くに川もある。好きに使え」


「ああ……本当に、何と言えばいいか……」


「礼はいらん。達者でな」


 統はそっけない。

 でも、こういうところで長く言わないのが統なんだろう。


 わたしはゲルトさんの前に立った。


「ゲルトさん」


「ドレミ」


「無理するなです」


 うまい言葉は出てこなかった。

 でも、それでいい気がした。


「寂しくなったら、いつでも呼ぶがいいです。……聞こえないかもだけど、心の中で返事するから」


 ゲルトさんがふっと笑った。


「ああ。そうさせてもらう」


 残った左手が、わたしの頭をくしゃっと撫でる。


 大きくて、あったかい手だった。


「ありがとう、ドレミ。お前が生きていてくれて、本当によかった」


「わたしも。ゲルトさんが生きてて、よかったです」


 それだけで十分だった。


 統が隠蔽の術をかけると、ログハウスは森の景色に溶けた。

 見ようとしない限り、たぶん誰も気づかない。


「行くぞ」


 統が言う。


 振り返ると、もうただの森にしか見えなかった。

 でも、あそこにゲルトさんがいる。

 そう思うと、少しだけ胸の奥があたたかくなる。


「うん」


 わたしは頷いて、前を向いた。


 朝の光が木々の隙間から差してくる。

 新しい一日だった。


 別れたばかりの気持ちは、まだ少しだけ胸に残っている。

 でも、それごと持って進けばいいんだと思った。


 サコッシュの中には物資がある。

 胸の中には、置いてきた人たちのことが少しある。


 隣には、相変わらず生意気で、規格外で、たぶんちゃんと保護者をやる気のあるやつがいる。


 だから、まだ行ける。




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― 新着の感想 ―
ドレミ達としては一旦区切りなのかな。 アリアさんサイドの今後も気になる
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