38、森の隠居所と、夜明けの別れ
森の中の何もない空き地に、唐突にドーン! と立派なログハウスが出現した。
まるで巨人が積み木遊びの途中で、「あ、ここ寂しいから置いとこ」って気まぐれを起こしたみたいな手軽さ。
そこそこの広さがある二階建て。それが、無から生えてきた。
いつものログハウスより数倍でかい。
統ってこんなのも持ってたんだ。
アリアさんたちは、ぽかーんと口を開けて固まっている。
顎、外れません? って心配になるくらい見事な呆けっぷり。
まあ無理もないよね。目の前で常識っていう辞書を焚き火にくべられたようなもんだし。
「……な、何だい、これは」
アリアさんが、喉から絞り出すみたいに声を上げた。
「家だ」
統が、今日の天気でも答えるみたいに即答。
「見りゃわかるだろ」っていう無言の圧がすごい。
「いや、家なのはわかるけど……なんでポケットから家が出るんだい!?」
「私のポケットではない。次元収納だ」
「そういう問題じゃない!」
アリアさんのツッコミ、正解。百点満点。
でもね、統に常識を説くなんて、猫に微積分を教えるよりハードル高いのよ。
わたしはちょっとだけ先輩風を吹かせて(数日早いだけだけど)、アリアさんの肩をポンと叩いてあげた。
「アリアさん、考えるな、感じるです。思考の迷宮があるです。出てこられんですだ」
「ドレミちゃん……あんた、苦労してるんだね……」
同情された。
まあ、温かい布団とご飯のためなら、多少の非常識はスルーするのが大人の処世術(JKだけど)ってやつです。
中に入ると、そこはもう文明社会だった。
ふかふかのソファ! 磨かれたテーブル! そして暖炉にはすでに火が入ってる!
……どういう仕組みかは聞かない。聞いたら負けだ。
わたしたちはテーブルを囲んで、オーミでゲットした「戦利品」を広げた。
「……これが、全部?」
アリアさんが帳簿の山を見て息を呑む。
「全部ではないが、致命傷を与えるには十分だろう」
統くんは涼しい顔で、書類の束をアリアさんの前に積み上げた。
代官所とエチゴヤ商会の裏帳簿、人身売買の記録、賄賂の受領書。
どれひとつ取っても、関係者の首が物理的に飛びそうな代物ばかり。
「よくまあ、これだけの物を一晩で……」
ノッポさんがドン引きしてる。
「警備がザルだったものでな」
ハイ嘘ー。
警備ガチガチだったし、鍵も何重にもなってたじゃん。
ただ、侵入者がチート級の吸血鬼と、地獄耳の転生者だっただけです。ごめんね。
「アリア、これはお前に託す」
統が言った。
「使い道は任せる。正義のために使うもよし、脅しの材料にするもよし、金に変えるもよしだ」
「……いいのかい? これだけのネタだ、国を揺るがすことだってできるよ」
「興味がない」
バッサリ。清々しいほどの「知らんがな」スタンス。
「ただし」
統の声のトーンが、一段低くなる。
「やるなら、徹底的にやれ。中途半端に残せば、禍根になる。相手は腐っても権力者と商人だ。しかも訳ありだろう。息の根を止めるか、完全に飼い殺しにするか、どちらかを選べ」
アリアさんの表情がキュッと引き締まった。
冒険者の顔だ。かっこいい。
「わかった。……あたしらも、仲間を殺されて黙ってるほどお人好しじゃないんでね。きっちり、落とし前はつけさせてもらうよ」
彼女の目が、書類の束を睨みつける。その瞳の奥、静かに青い炎が燃えてる感じ。
エチゴヤの商会長、今頃ふかふかの枕で寝てるかもだけど、明日の朝にはその枕ごと首飛んでるかもね。南無。
次に、統くんは別の包みを取り出した。
布に包まれた、ちょっと嵩張るもの。
「ゲルト」
ソファの端で地蔵みたいに静かだったゲルトさんが、顔を上げた。
「これは、お前の仲間の遺品だ」
部屋の温度が、スッと下がった気がした。
ゲルトさんは、震える手で包みを受け取った。
中から出てきたのは、ローデリヒさんの上着と、ディルクさんの工具袋。
使い込まれた革の匂いと、微かな血の匂い。
「……あいつらの……」
ゲルトさんは、それらを胸にぎゅっと抱きしめた。
まるで、壊れ物を扱うみたいに。
「すまない……俺だけが……」
嗚咽が漏れる。
大の大人が、人目も気にせず泣いている。
わたしは何も言えなかった。
「元気出して」なんて薄っぺらい言葉、今の彼には猛毒だもんね。
統も、無言で見守ってる。
冷たいんじゃなくて、彼なりの静かな追悼なんだと思う。
しばらくして、ゲルトさんが顔を上げた。
目は真っ赤だったけど、憑き物が落ちたような、すっきりした顔をしてた。
「……ありがとう。これがあれば、あいつらと一緒にいられる気がする」
「そうか」
統くんは短く答えて、続けた。
「ゲルト、お前はどうする? 怪我が治るまで、私たちと一緒に来るか?」
おっと、統にしては珍しい直球の勧誘!
わたしも期待を込めて彼を見た。ゲルトさんと一緒なら、旅も賑やかになるし、何より心強いし。
でも、ゲルトさんは首を横に振った。
「いや……誘いは嬉しいが、俺は残る」
「残って、どうする」
「見届けるさ」
ゲルトさんの視線は、アリアさんの手元にある書類に向けられてた。
「あいつらが、どう裁かれるのか。この街が、どう変わるのか。それを、この目で見届けたい。それが、生き残った俺の役目だと思うから」
復讐じゃない。
ただの義務感でもない。
それは、彼なりの「弔い」なんだろうな。
「それに……」
彼は自嘲気味に笑って、空になった右袖を見た。
「こんな体じゃ、足手まといになるだけだ」
「足手まといにはならんが……まあ、意志は固いようだな」
統は無理強いしなかった。
去る者は追わず、来る者は選ぶ。それが彼の流儀っぽい。
「だが、街には住めんぞ。お前は死んだことになっている。下手に顔を出せば、また狙われる」
「ああ、わかってる。森でひっそりと暮らすさ。獣人だ、森の生活には慣れてる」
「なら、餞別だ」
統くんは立ち上がって、窓の外を指差した。
「森の奥に、これではない別の家を用意する」
「……は?」
ゲルトさんがフリーズした。
本日二度目の「は?」。わかる、その気持ち超わかる。
「今夜泊まるここよりは小さいが、一人で住むには十分だろう。生活に必要な道具も一式入れておく。結界も張るから、魔獣や人が迷い込むこともない」
「い、いや、そこまでしてもらうわけには……」
「受け取れ。私の気まぐれだ」
気まぐれで家を一軒プレゼントとか、石油王も裸足で逃げ出すレベルなんですけど。
いや、統くんの場合は「四次元ポケット王」か。
「……すまない。恩に着る」
ゲルトさんは深く頭を下げた。
その背中が、少しだけ震えているように見えた。
***
翌朝。
空が白み始めた頃、アリアさんたちは出発した。
「じゃあね、ドレミちゃん、スバルくん。またどこかで」
アリアさんは、いつもの飄々とした笑顔で手を振った。
その鞄には、街一つを炎上させるだけの火種がぎっしり。
彼女はこれから、嵐の中心へダイブしていくんだ。
「気をつけるです、アリアさん」
「あんたらこそ。……ま、あんたらに心配はいらないか。じゃ、元気で!」
アリアさんとベルロウさん、ノッポさんの三人は、朝霧の中へ消えていった。
背中が頼もしい。
きっと、やってくれる。オーミの街に、正義の鉄槌という名の特大花火を。
あ、結局ノッポさんの名前聞きそびれたや。
さて、わたしたちも仕事の時間だ。
統は宣言通り、森のさらに奥深く、ガチで人里離れた場所に、こぢんまりとしたログハウスを設置した。
「こぢんまり」って言っても、1LDKロフト付き、家具家電(魔道具)完備。
独身貴族も羨む優良物件じゃん。わたしが住みたいわ。
「……すごいな。夢でも見てるようだ」
家の中を見回して、ゲルトさんがため息をつく。
「食料も当分困らない程度には入れてある。近くに川もあるし、畑を作るスペースもある。好きに使え」
「ああ……本当に、なんと言っていいか……」
「礼はいらん。達者でな」
統はそっけない。
別れの挨拶とか、照れくさいだけなんだろうな。ツンデレかよ。
わたしは、ゲルトさんの前に立った。
「ゲルトさん」
「ドレミ……」
「無理するなです。寂しくなったら、いつでも呼ぶがいいです。……聞こえないかもだけど、心の中で返事するから」
「ふっ……ああ、そうさせてもらうよ」
ゲルトさんは、残った左手で、わたしの頭をくしゃりと撫でた。
大きくて、温かい手。
獣の匂いと、優しさが混じった匂い。
「ありがとう、ドレミ。お前が生きていてくれて、本当によかった」
「わたしも。ゲルトさんが生きててくれて、よかった」
わたしたちは、しばらく見つめ合った。
言葉はいらない。
悲しみも、苦しみも、全部共有した仲間としての絆。
エモいってこういうことか。
統が隠蔽の魔法をかけたことで、ログハウスは外からは完全に見えなくなった。
認識阻害の結界も張られてるらしくて、意識して探そうとしても、自然と「あ、あっち行こ」ってなっちゃう仕様。
完璧な隠れ家だ。
「行くぞ」
統が言った。
振り返ると、そこにはもう、ただの森があるだけ。
でも、確かにそこにいる。
ゲルトさんが。
わたしたちの友人が。
「うん」
わたしは頷いて、前を向いた。
朝の光が、木々の隙間から差し込んでくる。
新しい一日の始まり。
わたしたちは歩き出した。
次の街へ。
まだ見ぬ世界へ。
足取りは軽い。
サコッシュの中には、無限の物資と、少しの思い出。
そして隣には、生意気で最強の保護者。
わたしの異世界生活は、まだ始まったばかり。
まあ、すでに二回死んでるけど。
三度目の正直ってやつを、信じてみますか!




