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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第三章 商都オーミ編

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38、森の隠居所と、夜明けの別れ




 森の中の何もない空き地に、唐突にドーン! と立派なログハウスが出現した。

 まるで巨人が積み木遊びの途中で、「あ、ここ寂しいから置いとこ」って気まぐれを起こしたみたいな手軽さ。

 そこそこの広さがある二階建て。それが、無から生えてきた。


 いつものログハウスより数倍でかい。

 すばるってこんなのも持ってたんだ。


 アリアさんたちは、ぽかーんと口を開けて固まっている。

 顎、外れません? って心配になるくらい見事な呆けっぷり。

 まあ無理もないよね。目の前で常識っていう辞書を焚き火にくべられたようなもんだし。


「……な、何だい、これは」


 アリアさんが、喉から絞り出すみたいに声を上げた。


「家だ」


 統が、今日の天気でも答えるみたいに即答。

「見りゃわかるだろ」っていう無言の圧がすごい。


「いや、家なのはわかるけど……なんでポケットから家が出るんだい!?」


「私のポケットではない。次元収納だ」


「そういう問題じゃない!」


 アリアさんのツッコミ、正解。百点満点。

 でもね、統に常識を説くなんて、猫に微積分を教えるよりハードル高いのよ。


 わたしはちょっとだけ先輩風を吹かせて(数日早いだけだけど)、アリアさんの肩をポンと叩いてあげた。


「アリアさん、考えるな、感じるです。思考の迷宮があるです。出てこられんですだ」


「ドレミちゃん……あんた、苦労してるんだね……」


 同情された。

 まあ、温かい布団とご飯のためなら、多少の非常識はスルーするのが大人の処世術(JKだけど)ってやつです。


 中に入ると、そこはもう文明社会だった。

 ふかふかのソファ! 磨かれたテーブル! そして暖炉にはすでに火が入ってる!


 ……どういう仕組みかは聞かない。聞いたら負けだ。


 わたしたちはテーブルを囲んで、オーミでゲットした「戦利品」を広げた。


「……これが、全部?」


 アリアさんが帳簿の山を見て息を呑む。


「全部ではないが、致命傷を与えるには十分だろう」


 統くんは涼しい顔で、書類の束をアリアさんの前に積み上げた。

 代官所とエチゴヤ商会の裏帳簿、人身売買の記録、賄賂の受領書。

 どれひとつ取っても、関係者の首が物理的に飛びそうな代物ばかり。


「よくまあ、これだけの物を一晩で……」


 ノッポさんがドン引きしてる。


「警備がザルだったものでな」


 ハイ嘘ー。

 警備ガチガチだったし、鍵も何重にもなってたじゃん。

 ただ、侵入者がチート級の吸血鬼と、地獄耳の転生者だっただけです。ごめんね。


「アリア、これはお前に託す」


 統が言った。


「使い道は任せる。正義のために使うもよし、脅しの材料にするもよし、金に変えるもよしだ」


「……いいのかい? これだけのネタだ、国を揺るがすことだってできるよ」


「興味がない」


 バッサリ。清々しいほどの「知らんがな」スタンス。


「ただし」


 統の声のトーンが、一段低くなる。


「やるなら、徹底的にやれ。中途半端に残せば、禍根になる。相手は腐っても権力者と商人だ。しかも訳ありだろう。息の根を止めるか、完全に飼い殺しにするか、どちらかを選べ」


 アリアさんの表情がキュッと引き締まった。

 冒険者の顔だ。かっこいい。


「わかった。……あたしらも、仲間を殺されて黙ってるほどお人好しじゃないんでね。きっちり、落とし前はつけさせてもらうよ」


 彼女の目が、書類の束を睨みつける。その瞳の奥、静かに青い炎が燃えてる感じ。

 エチゴヤの商会長、今頃ふかふかの枕で寝てるかもだけど、明日の朝にはその枕ごと首飛んでるかもね。南無。


 次に、統くんは別の包みを取り出した。

 布に包まれた、ちょっと嵩張るもの。


「ゲルト」


 ソファの端で地蔵みたいに静かだったゲルトさんが、顔を上げた。


「これは、お前の仲間の遺品だ」


 部屋の温度が、スッと下がった気がした。

 ゲルトさんは、震える手で包みを受け取った。

 中から出てきたのは、ローデリヒさんの上着と、ディルクさんの工具袋。

 使い込まれた革の匂いと、微かな血の匂い。


「……あいつらの……」


 ゲルトさんは、それらを胸にぎゅっと抱きしめた。

 まるで、壊れ物を扱うみたいに。


「すまない……俺だけが……」


 嗚咽が漏れる。

 大の大人が、人目も気にせず泣いている。

 わたしは何も言えなかった。


 「元気出して」なんて薄っぺらい言葉、今の彼には猛毒だもんね。

 統も、無言で見守ってる。

 冷たいんじゃなくて、彼なりの静かな追悼なんだと思う。


 しばらくして、ゲルトさんが顔を上げた。

 目は真っ赤だったけど、憑き物が落ちたような、すっきりした顔をしてた。


「……ありがとう。これがあれば、あいつらと一緒にいられる気がする」


「そうか」


 統くんは短く答えて、続けた。


「ゲルト、お前はどうする? 怪我が治るまで、私たちと一緒に来るか?」


 おっと、統にしては珍しい直球の勧誘!

 わたしも期待を込めて彼を見た。ゲルトさんと一緒なら、旅も賑やかになるし、何より心強いし。

 でも、ゲルトさんは首を横に振った。


「いや……誘いは嬉しいが、俺は残る」


「残って、どうする」


「見届けるさ」


 ゲルトさんの視線は、アリアさんの手元にある書類に向けられてた。


「あいつらが、どう裁かれるのか。この街が、どう変わるのか。それを、この目で見届けたい。それが、生き残った俺の役目だと思うから」


 復讐じゃない。

 ただの義務感でもない。

 それは、彼なりの「弔い」なんだろうな。


「それに……」


 彼は自嘲気味に笑って、空になった右袖を見た。


「こんな体じゃ、足手まといになるだけだ」


「足手まといにはならんが……まあ、意志は固いようだな」


 統は無理強いしなかった。


 去る者は追わず、来る者は選ぶ。それが彼の流儀っぽい。


「だが、街には住めんぞ。お前は死んだことになっている。下手に顔を出せば、また狙われる」


「ああ、わかってる。森でひっそりと暮らすさ。獣人だ、森の生活には慣れてる」


「なら、餞別だ」


 統くんは立ち上がって、窓の外を指差した。


「森の奥に、これではない別の家を用意する」


「……は?」


 ゲルトさんがフリーズした。


 本日二度目の「は?」。わかる、その気持ち超わかる。


「今夜泊まるここよりは小さいが、一人で住むには十分だろう。生活に必要な道具も一式入れておく。結界も張るから、魔獣や人が迷い込むこともない」


「い、いや、そこまでしてもらうわけには……」


「受け取れ。私の気まぐれだ」


 気まぐれで家を一軒プレゼントとか、石油王も裸足で逃げ出すレベルなんですけど。

 いや、統くんの場合は「四次元ポケット王」か。


「……すまない。恩に着る」


 ゲルトさんは深く頭を下げた。

 その背中が、少しだけ震えているように見えた。



 ***



 翌朝。

 空が白み始めた頃、アリアさんたちは出発した。


「じゃあね、ドレミちゃん、スバルくん。またどこかで」


 アリアさんは、いつもの飄々とした笑顔で手を振った。

 その鞄には、街一つを炎上させるだけの火種がぎっしり。

 彼女はこれから、嵐の中心へダイブしていくんだ。


「気をつけるです、アリアさん」


「あんたらこそ。……ま、あんたらに心配はいらないか。じゃ、元気で!」


 アリアさんとベルロウさん、ノッポさんの三人は、朝霧の中へ消えていった。

 背中が頼もしい。

 きっと、やってくれる。オーミの街に、正義の鉄槌という名の特大花火を。


 あ、結局ノッポさんの名前聞きそびれたや。


 さて、わたしたちも仕事の時間だ。

 統は宣言通り、森のさらに奥深く、ガチで人里離れた場所に、こぢんまりとしたログハウスを設置した。


 「こぢんまり」って言っても、1LDKロフト付き、家具家電(魔道具)完備。

 独身貴族も羨む優良物件じゃん。わたしが住みたいわ。


「……すごいな。夢でも見てるようだ」


 家の中を見回して、ゲルトさんがため息をつく。


「食料も当分困らない程度には入れてある。近くに川もあるし、畑を作るスペースもある。好きに使え」


「ああ……本当に、なんと言っていいか……」


「礼はいらん。達者でな」


 統はそっけない。

 別れの挨拶とか、照れくさいだけなんだろうな。ツンデレかよ。


 わたしは、ゲルトさんの前に立った。


「ゲルトさん」


「ドレミ……」


「無理するなです。寂しくなったら、いつでも呼ぶがいいです。……聞こえないかもだけど、心の中で返事するから」


「ふっ……ああ、そうさせてもらうよ」


 ゲルトさんは、残った左手で、わたしの頭をくしゃりと撫でた。

 大きくて、温かい手。

 獣の匂いと、優しさが混じった匂い。


「ありがとう、ドレミ。お前が生きていてくれて、本当によかった」


「わたしも。ゲルトさんが生きててくれて、よかった」


 わたしたちは、しばらく見つめ合った。

 言葉はいらない。

 悲しみも、苦しみも、全部共有した仲間としての絆。

 エモいってこういうことか。


 統が隠蔽の魔法をかけたことで、ログハウスは外からは完全に見えなくなった。

 認識阻害の結界も張られてるらしくて、意識して探そうとしても、自然と「あ、あっち行こ」ってなっちゃう仕様。

 完璧な隠れ家だ。


「行くぞ」


 統が言った。

 振り返ると、そこにはもう、ただの森があるだけ。


 でも、確かにそこにいる。

 ゲルトさんが。

 わたしたちの友人が。


「うん」


 わたしは頷いて、前を向いた。

 朝の光が、木々の隙間から差し込んでくる。

 新しい一日の始まり。

 わたしたちは歩き出した。


 次の街へ。

 まだ見ぬ世界へ。

 足取りは軽い。

 サコッシュの中には、無限の物資と、少しの思い出。


 そして隣には、生意気で最強の保護者。

 わたしの異世界生活は、まだ始まったばかり。


 まあ、すでに二回死んでるけど。

 三度目の正直ってやつを、信じてみますか!




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― 新着の感想 ―
ドレミ達としては一旦区切りなのかな。 アリアさんサイドの今後も気になる
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