表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅する不死者は昼も歩く  作者: 真野真名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/36

30、並んで歩く





 行こう。

 夜のうちに。

 すばると、二人で。


 そう決めてから、しばらくするとゲルトさんが眠った。

 浅いが規則的な寝息だ。


 あのファイトな一発!効きすぎじゃない? さすがは文明の力。っと思っておこう。ちょっと気になることがいろいろあるけど、統に聞いても、今は教えてくれなさそう。

 まぁ必要ならきっとあとで話してはくれると思う。


 小屋の外に出る前に、わたしは一度だけ足を止めた。

 布の仕切りの向こうから、規則正しい呼吸音が聞こえてくる。


 ゲルトさんの呼吸だ。


 さっきより、少しだけ深くなってる。

 それだけで、胸の奥がほんの少し緩んだ。


 布をそっとめくると、焚き火の明かりが届かない暗がりで、ゲルトさんが目を開けていた。


 起き上がろうとはしていない。

 でも、眠ってもいない。


 ──待っていた目。


「……行くんだな」


 声は低くて、少しかすれてる。

 それでも、はっきりしていた。


 わたしは一瞬、言葉に詰まった。


 引き止められるかもしれない。

 危ないって言われるかもしれない。

 子どもだ、って言われるかもしれない。


 だから、先に言った。


「……うん」


 それだけ。


 理由も、覚悟も、説明しなかった。

 説明したら、戻れなくなりそうだったから。


 ゲルトさんは、少しだけ目を伏せる。


「……そうか」


 否定もしないし、肯定もしない。

 それだけで、十分だった。


 でも、わたしの方が口を開いた。


「ごめんです……本当は、朝まで待つべきは、わかってる」


「わかってる顔じゃないな」


 即答だった。


 声に、ほんの少しだけ苦笑が混じる。


「……似てる」


「え?」


「フィーネに、だ」


 胸が、きゅっと締まった。


「止まるべき時に、止まれないところがな」


 焚き火の向こうで、木が小さく爆ぜる。


「……俺は、行くなとは言わん」


 ゲルトさんは、ゆっくり言った。


「止める立場でもないし……止めたところで、お前は行くだろう」


 図星だった。


「ただ……無事で帰れ」


 それは命令でも祈りでもなくて、

 “条件”みたいに、静かに置かれた言葉だった。


 わたしは、深く頷いた。


「うん。帰る」


 言い切ると、胸の奥の“深い心臓”が、静かに鳴った。


 ゲルトさんは、その音を聞いたわけでもないのに、じっとわたしを見る。


「……もう、守られるだけの子どもじゃないんだな」


 その言葉に、少し怖くなった。

 でも同時に、ちゃんと“見送ってもらえた”気もした。


 布を下ろして、小屋を出る。


 焚き火のそばで、統が待っていた。


 何も聞かない。

 何も言わない。


 それが、もう答えだった。


 アリアさんたちは、少し離れた暗がりで作戦を詰めている。

 笑い声と、低い声が混じって聞こえる。


 ここから先は、別の道。


 わたしは一度だけ、振り返った。


 小屋の奥。

 闇の中。


「……行ってくるね」


 誰に向けたわけでもなく、そう言って、統の隣に並んだ。


 夜の森が、口を開ける。


(行くんだ)


 逃げるためじゃない。

 知るためでもない。


 ──取り戻すために。


 わたしたちは、音もなく闇の中へ踏み出した。


 焚き火のそばには、もう誰もいない。

 火は小さくなって、赤い芯だけが残っている。


 夜の空気はひんやりしていて、昼とは別の森の匂いがした。

 湿った土、葉、遠くの獣の気配。


 しばらく、並んで立ったまま、何も言わなかった。


 統が焚き火を一瞥してから、口を開く。


「……行くか」


 質問でも命令でもない。

 ただの確認。


 わたしは少しだけ間を置いた。


「……うん」


 声は、思ったより落ち着いていた。


「怖くないのか」


 統は、こちらを見ずに言う。


 正直に答える。


「……怖いよ」

「でもね、怖いのに、止まれない感じもする」


 統は何も言わなかった。

 その沈黙が、否定じゃないことだけは分かる。


「……統は?」


「怖くはない」


 やっぱり即答。

 まあ、そうだろうなと思う。


「でも」


 珍しく、言葉が続いた。


「お前が、どこまで見えるようになるのかは……少し、気にしている」


「それって……」


「良いことでも、悪いことでもない」


 統は、ようやくこちらを見る。


「変化だ」


 わたしは少し笑った。


「そっか。じゃあさ……見えすぎたら、止めてね」


「止める」


「即答だね」


「保護者だからな」


 その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなる。

 でも同時に思う。


(守られるだけじゃ、だめなんだよね)


 深呼吸をひとつ。


「……統」


「なんだ」


「わたし、ちゃんと歩くから。引っ張ってもらうんじゃなくて」


 統は一瞬だけ目を細めた。


「……分かっている」


 そう言って、先に一歩踏み出す。

 でも、歩幅はわたしに合わせてあった。


 夜の森が、静かに口を開く。


 わたしたちは並んで、その闇の中へ踏み込んだ。


 胸の奥で、“深い心臓”が、確かに一度、強く脈を打った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ