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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第三章 商都オーミ編

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31、夜の侵入者

【2026/5月改訂】




 森の夜は、昼の続きじゃない。


 二つの太陽が沈んだあとに来る闇は、色そのものが濃い。

 湿った土と葉の匂いがまとわりついて、息を吐くたび喉の奥がひんやりした。


 焚き火の残り香は、まだ服に残っている。

 なのに、もうずいぶん遠くまで来た気がする。


 わたしと統(すばる)は、並んで歩いていた。

 肩がぶつかるほど近くはない。でも、離れすぎてもいない。


 今はこの距離がちょうどいい。


「……オーミまで、あとどれくらい?」


 小声で聞くと、統は前を見たまま答えた。


「今の足なら、夜のうちに着く」


「今の足ってなに……」


「夜目が利く。疲労しにくい。食事なしでも動ける」


 言い方がいちいち仕様説明なのが、統らしい。


 胸の奥で、“深い心臓”が静かに鳴る。


 怒りそのものじゃない。

 でも、怒りのすぐ隣にいる何か、って感じだった。


 頭の片隅に、ずっとある考えがある。


 奪って、壊して、潰してしまえばいい。

 力で制圧して、終わらせれば早い。


 簡単だ。

 たぶん、統がいれば本当に簡単なんだと思う。


 でも、それをやったら戻れない。


 フィーネさんが守ったものを取り戻しに行くのに、

 そのために、わたしが誰かを壊したら、きっと何かが終わる。


(……フィーネさんは、そんなやり方、望まない)


 そう思うと、胸の奥の拍動が少しだけ静かになった。


 力じゃなくて、証拠。

 できるなら、そっちだ。


 法に委ねる、なんて綺麗すぎるかもしれない。

 この街で本当に通じるかなんて分からない。

 それでも、そうしようとする自分でいたかった。


 統が、横目でわたしを見る。


「迷っているか」


「……迷ってない。たぶん」


「たぶん、か」


 からかいじゃない。確認だった。


「殺したい、はある。……でも、殺さない」


 口に出した途端、喉が少し痛くなった。

 怒りって、言葉にすると重さがはっきりする。


 統は小さく頷く。


「それでいい」


「……止めないの?」


「止める理由がない。お前が決めた。私はそれを守る」


「保護者だもんね」


「そうだ」


「でも、お姉ちゃんはわたし」


「好きにしろ」


 思わず少し笑った。

 笑うと、“深い心臓”が少しだけ静かになる。



***



 オーミの街は、遠くからでも分かった。


 森の匂いに混じって、煤と油と、人の暮らしの匂いが流れてくる。

 それから灯り。


 闇の中に点々と浮いてる灯りは、地球の街灯よりずっと弱いはずなのに、妙に眩しく見えた。


「……結構、大きい」


「流通の要だと言っていたな」


 統は門の方を見たまま言う。


 外壁は石造りだった。ところどころ補修の跡がある。

 門は閉じていて、夜警が二人、眠そうに歩哨に立っていた。


 普通なら、入れない時間。


 でも、今夜しかない気がしていた。


 証拠は消される。

 バッグは移される。

 フィーネさんが守ったものが、闇の中で金に換えられて、また別の罪を生む。


 そんなのは嫌だった。


「統」


「なんだ」


「……入れる?」


「入れる」


「門、閉まってるけど」


「閉まっているだけだ」


 その言い方のせいで、門がただの板みたいに思えてくるのが怖い。


「見張りは?」


「気づかれずに通れる」


「殺さないでね」


「殺さない」


 即答だった。

 前なら怖かった即答が、今は少しだけ安心になる。


 門の近くまで来ると、夜警の気配がやけにはっきりした。


 草を踏む音。

 鎧の擦れる音。

 欠伸を噛み殺す喉の音。

 炭が爆ぜる小さな音。


(……やっぱり、聞こえすぎる)


 胸の奥で、深い心臓がとくん、と鳴る。


 統がわたしの手首に触れた。

 冷たい指先。でも、それだけで少し落ち着く。


「七色(どれみ)。息を整えろ。拾いすぎると、思考が遅れる」


「……うん」


 門の影に入る。

 夜警のひとりが、ふいにこっちへ顔を向けた。


 息が止まる。


 統の指先が、わずかに強くなる。


 夜警の視線が、こっちで止まりかけて――そのまま流れた。


 何事もなかったみたいに。


 そのまま一歩。

 もう一歩。


 気づけば、門の内側にいた。


「……え」


 声が出かけて、慌てて口を押さえる。

 統が指を立てて、黙れと合図した。


 街の中は、夜でも完全には眠っていなかった。


 酒場の笑い声。

 荷車の軋む音。

 遠くで泣く子どもの声。

 下水の匂い。

 魚と香草の匂い。


 生きてる街だ。


 そのどこかで、権力と金が人を殺してる。


 吐き気がした。

 でも、足は止まらない。


「代官所と商会。どっちが先だ」


 統が聞く。


 迷わなかった。

 いや、迷ってる余裕がなかった。


 耳を澄ます。

 人の足音が多い場所。

 夜なのにまだ動いてる気配。

 荷を引く音。

 金属が触れ合う硬い音。

 油と香の濃い匂い。


 代官所は、たぶんもっと静かだ。

 見張りは厳しくても、夜中まで荷が動く感じじゃない。


 でも、商会は違う。

 金になる物が集まる場所は、夜でも完全には止まらない。


(……こっち)


「商会」


 統が頷く。


「案内しろ」


「え、わたし?」


「お前の耳だ。巡回、鍵、配置。地図より正確だ」


「……便利扱いが雑」


「事実だ」


 喉の奥で小さく笑って、わたしは統の袖を引いた。


「こっち」


 路地に入る。

 森の闇より狭くて、人の気配が濃い。

 壁が近いぶん、音も匂いも跳ね返ってくる。


 靴音。

 扉の閉まる音。

 酔っ払いの笑い声。

 鼠が走る気配。


 胸の奥で、“深い心臓”がまた一度鳴った。


 でも今度は、怖さだけじゃなかった。


 わたしたちは音を殺して、路地の暗がりへ滑り込んだ。




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