27、焚き火の誓い
「し……真祖様……」
……って、ゲルトさん!?
いきなり統の正体っぽいものをぶちまけた!
え、なんでわかったの。こっちにも吸血鬼文化とかあるの?
というか真祖って何。真祖って。
頭が真っ白になって、口が勝手に暴走した。
「シーソ〜サマ〜。夏と冬が交互に来るよ〜」
……歌った。
よりにもよって、意味不明な歌を。しかも日本語で。
言い終えた瞬間、自分でも「やっちゃった……」ってわかった。遅い。
『七色。残念だが、この世界、季節は変わらないぞ。それと今のは日本語だ』
統の念話が容赦なく現実を刺してくる。
(あ、そっか……)
理解した瞬間、背中に冷たい汗がつうっと流れた。
「ドレミちゃんどうしたの? 急に歌い出して」
アリアさんが怪訝そうに首を傾げる。
「その男の意識が戻ったことが嬉しくて、国の言葉が出てしまったのだろう」
統が、何事もなかったみたいに言う。
「え? えっ?!」
「そうなのね。変わった言祝ぎね」
「えっえ? えー?!」
……ゲルトさんの「真祖様」発言、スルーされてる!?
いや、スルーされてくれるのは助かるけど!
『あとで説明する。今は気にするな』
気にするなって言われても気になるよ!
でもまあ、もう慣れた気もする。七千年案件は深追いすると精神がもたない。
そんなわたしの内心なんて知らない顔で、ゲルトさんはわたしをじっと見つめた。
「ドレミ……おまえ……」
嫌な予感がした。
お願い、変なこと言わないで。今、場がギリギリで保ってるから。
「……小さくなったか?」
「ど!ど!ど! どこ見て申した!! ふ、服装のせいらかだね!」
「そうか、気のせいか。それより言葉。わかるように……」
「うん。喋れるし、わかる」
「……それは、よかった」
ゲルトさんはかすかに笑って、すぐに視線を伏せた。
「フィーネがいたら……きっと喜んだ」
胸が、ぎゅっと縮んだ。
「そうだ! フィーネ? 無事?」
前のめりになる。
ゲルトさんは答えない。
代わりに、目を閉じた。
「……フィーネのことは……いい。無事だと」
「無事って言うなら信じる! でも助けがいるなら動くです。危険は大丈夫!」
言葉が止まらない。
止めたら、崩れそうだった。
「……いや……ほんとうに──」
「話して。ホントのこと!」
「…………」
「なにを聞いても大丈夫。覚悟は出来てる」
焚き火の音だけが響く。
長い沈黙のあと、ゲルトさんが静かに言った。
「わかった……」
***
ゲルトさんは、わたしが魔獣の襲撃で行方不明になってからのことを、丁寧に話してくれた。
どこかで予想してたんだと思う。
わたしは途中で取り乱したりはしなかった。ただ、燃える火をじっと見ていた。
「そう……。死んだのね。わたしのバッグを守って……」
「おまえのせいじゃない……」
ゲルトさんの言葉が、ほとんど届かなかった。
浮かぶのは、あの人の笑顔。
言葉が通じなくても、いつも気遣ってくれた手。
守るように前へ出てくれた背中。
胸の奥の“深い心臓”が、ぞくりと震えた。
「……そのあと、ディルクとローデリヒが捕らえられるのを見たが、その後はわからない」
「二人は……処刑されたわ」
アリアさんの声は低くて、感情を削ぎ落としてた。
「生かしておくと都合が悪かったのでしょう」
空気がずしんと沈む。
「……バッグを奪った件か」
「それだけじゃないのよ。ゲルトにも知ってもらっておく方がいいわね。ベルロウ、来て」
アリアさんが隣からネコミミさん──ベルロウさんを連れてくる。
そうか、ネコミミさんの本名ベルロウさん。そして……語尾は「にゃ」じゃない。
ベルロウさんは部屋に入るとゲルトさんを見て軽く頷いた。
「気がついたようだな」
「ああ、助かった」
それだけで通じ合ってる。
大人の世界って、こういうところがずるい。
ベルロウさんが座ったのを見て、アリアさんが言う。
「ベルロウ、さっきの続きお願い」
「代官たちがゲルトを追った理由だが……」
ベルロウさんは焚き火を挟んで腰を下ろし、話し始めた。
「ゲルトたちが魔獣に襲われた夜、代官の息子グソックがティンバーウルフの巣の近くで、遊び半分に子どもを殺した」
……息が止まった。
「それで群れに追われ、逃げる途中で野営地に来た。だが危険に気づくと、あんたたちを置いて先に逃げた」
「……囮にした……?」
「そうだ」
ベルロウさんが苦々しく続ける。
「その時、あんた──ドレミを見たと父親に話した。だから代官はゲルトとあんたを探している」
胸の奥で、深い鼓動がひとつ。
「じゃ……あの襲撃は……」
「全部、グソックが引き起こした」
沈黙が落ちた。
アリアさんがわたしを見る。
「代官があんたを探す理由。一番は……持ち物の“価値”と“出どころ”」
「……?」
「未知の素材。精密な作り。『これを作れる国なら、もっと持っている』──そう考えた」
要するに、金になる。
だから捕まえたい。
統の気配が、ほんの少し変わった。
焚き火が一瞬揺れたように見えたのは、気のせいじゃない気がする。
「……あたしたちは、あんたを売らない」
アリアさんが即座に言う。
その言い方が早すぎて、逆に信じたくなった。
「でもね。ゲルトを連れて逃げるだけじゃ、真実は闇に埋もれたままだ」
わたしは震える指をぎゅっと握りしめた。
「……それは……いや……」
「フィーネさんは……わたしを守って……死んだのに……」
統がまっすぐ、わたしを見る。
「七色。お前の意思を言え」
胸の奥の“深い心臓”が、強く鳴った。
「……代官所へ行く」
空気が、震えた。
「フィーネさんが守ったバッグを、取り戻す」
そして、言い切った。
「全部、明らかにする」
アリアさんが、ゆっくり笑う。
「──決まりだね」
「決まり?」
「オーミに潜入するのよ。代官所と商会の腹の中を、ひっくり返してやりましょう」
そう言ったアリアさんを、統がじっと見つめていた。
闇の奥で、焚き火が静かに燃え続けていた。




