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旅する不死者は昼も歩く  作者: 真野真名


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23/36

23、カトラリーとアリアの刃



 宿へ戻る頃には、村の空はすっかり夕闇に沈んでいた。

 二つの太陽はとうに隠れ、長い黄昏がようやく終わる。


 この世界、昼が妙に長い。

 夕方も明け方も、どこか引き延ばされているみたいで、時間の感覚がまだうまく掴めない。


 ウサギなら跳ね回って喜ぶ環境だよね。

 わたしたち? 吸血鬼だけど日光に弱いわけじゃないから、別に困らない。


 すばるに「なんで日光平気なの?」と聞いたら、

「知らん」

 の一言で切り捨てられた。漂う七千年の雑さ。そこに説明責任という概念は存在しないらしい。


 まあ、どっちにしても昼の長さはありがたい。

 生き返った身で太陽の下をスキップできるなんて、人生なにがあるかわからない。


 そんな脳天気なことを考えながら、横を歩く統を見下ろすと──


「なんだその締まりのない顔は。夕食の献立でも想像しているのか?」


 すかさず、いつものトゲつきコメントが飛んでくる。

 わたしは思わず頬を膨らませた。天使の笑みを向けていたはずなのに。ひどい。


 宿のあたりにはもう、焼き魚とトマト煮込みのいい匂いが漂っていた。

 香ばしい煙が夜気に混じり、空腹をぐいぐい刺激してくる。


 海が近いのかな? そうだとしたら、いつか見に行ってみたい。

 ……フィーネたちの無事がわかったら、だけど。


「宿の前で百面相していると邪魔だぞ。顔芸なら部屋でひとりでやれ」


 統はそう言って、わたしを置いてさっさと扉を開ける。

 背中だけは妙に軽やかで、文句を言う気力がちょっと削がれた。


 


 扉を開けた瞬間、出汁と焼き目の混ざった温かい香りが鼻をくすぐった。

 外気とは違う、人の暮らしの温度。ざわめきと食器の音が、ほっとする背景になっている。


「あら、おかえり。すぐ食事できるけど、どうする?」


 カウンターの向こうから、宿屋のおかみさんが笑顔で出迎えてくれる。

 ぱっと見ただけで、ここで何年も働いてきたんだろうなって手つきだ。


「かたじけ──」


「ありがとうございます。お願いします」


 早っや! わたしのにこやかな笑顔と返事は、統の即答に潰された。

 そんなにお腹空いてたの?

 さっきまで「夕食の献立を想像しているのか」とか言ってたのはどこのどなたでしょう。


 食堂へ入ると、視線がいっせいにこちらへ吸い寄せられるのが分かった。

 ちらちら、ひそひそ。声は小さいのに、空気の向きがこっちに傾く。


 元の世界の街中や、学校の中で慣れた種類の視線なのに、どこか感触が違う。


 統がわたしの袖を引いて席へ導く。

 椅子に腰を下ろすのとほぼ同時に、湯気の立つ皿が次々と並べられた。


 焼いた魚。

 トマトと野菜の煮込み(ラタトゥイユっぽい)。

 そして山盛りのパン。


 ……ん? カトラリーが、ない。


「ねぇ統。これってどうやって食べるの? カトラリーくださいって言う?」


 とりあえず周りのテーブルをちらっと見回してみるけど、皆それぞれ好き勝手なスタイルで食べている。統は料理には目もくれず、いつもの平然とした顔で言った。


「いや、自分で用意しろってことなんだろうな」


 そう言って、統は当たり前のようにナイフ・フォーク・スプーンの三点セットを取り出した。

 その動きがあまりに自然すぎて、まるで手の中がが異空間に繋がってるみたいだ。実際それに近いんだけどね。


「ほら、これを使え」


「なんでも出てくるね。便利収納め」


「歴史が詰まっているからな」


「うわ、急にカッコつけた」


「なら使うな。返せ」


「使うわよ」


 わたしはフォークを握りしめて宣言した。

 手にした瞬間、少しだけ“いつもの世界”が戻ってきた気がする。


 そのわたしの仕草を合図にしたみたいに、周囲の“チラチラ”が“ガン見”にランクアップした。


「なんか見られてるわよ……」


 思わず声を潜めると、統はパンをちぎりながら小さく答える。


「子ども二人だけなのを心配している者が多い。それと服装に興味を持っている者。……あと、カトラリーだな」


「カトラリー?」


「ここでは手づかみが主流らしい。三点セットは珍しすぎる」


 ああ、と納得する。

 よく見れば、ナイフを丸呑みする勢いで雑に使ってる人とか、豪快に手づかみで魚を骨ごと攻略してる人とか、食べ方の自由度が高すぎる。


「いやよ、返さないわよ」


 フォークをぎゅっと握る。これは文明の証なのだ。


「もう目立っているし、今さらだ。気にせず食え」


「うう……」


 肩をすくめつつも、一口食べればもうそれどころではなくなった。


 変な顔の焼き魚はほんのり塩気が効いていて、パリッとした皮の下はふわふわだった。

 煮込みはほどよい酸味で、トマトの甘さと野菜の旨みが口の中でうまく混ざる。あつあつのパンを浸して食べると、もう幸せの暴力だ。


 こっちの世界でも、美味しいものは美味しい。

 美味しい食事は、少しだけ胸の重さを軽くしてくれる。


 フィーネたちのことを考えると苦しくなる。喉の奥がきゅっと狭くなる。

 それでも食べなきゃ進めないし、探しにも行けない。


 そう自分に言い聞かせて、わたしはパンをちぎり、煮込みに浸して口に運んだ。


 ……うん。

 がんばろう。


 明日からのことを考えながら、わたしは静かに食べ進めた。


 そのとき、背後から酒の匂いと、嫌な気配が近づいてくる。

 あ、面倒そうなのが来ちゃった──そんな確信が、肌の上をひやっと撫でていった。


「よぉ、旅のガキども」


 振り向くと、柄の悪そうな男が二人。

 顔は赤く、足取りはふらついているのに、目だけは妙にギラギラしていた。


 完全に酔ってる。しかも絡み方に妙な共通点がある、“厄介コンビ”だ。


「珍しいもの使ってるね。どっから来たんだ?」


「親はどうした? まさか二人だけか?」


 軽口っぽい声色に見せかけて、目は完全に値踏み。

 獲物の重さと値段を測る商人みたいな視線に、思わず背筋が冷える。


 統が食事の手を止めた。

 その横顔は、見慣れたはずなのに少し違う。何かを切り捨てる寸前の、冷たい静けさだった。


「何の用だ」


 抑揚は淡々としているのに、空気が一瞬で冷えた。

 さっきまでの食堂のざわめきから、色だけ抜け落ちたみたいだ。


 七千年の存在感、おそろしい。

 わたしはフォークを持つ手をわずかに引っ込めた。


「そんなに怒んなよ。ちょっと話したいだけだって」


「なぁ、嬢ちゃん?」


 こちらに話を振られ、わたしは返す言葉に迷う。

 男たちのねっとりした視線が気持ち悪くて、肌が粟立った。喉にさっきまでの美味しさが引っかかって、うまく声が出ない。


 その時だった。


「お待たせ。──で、あんたらなんか用?」


 軽い声とともに、するりとアリアが席に座った。

 いつの間にか背後から回り込んでいたらしい。動きに無駄がない。


 男たちを見つめる表情は笑っているけど、目の奥はぜんっぜん笑っていない。

 そこだけが刃物みたいに細く冷えている。


「アリア……」


 思わず名前を呼ぶ。

 朝立ち話した時の“頼りになりそうなお姉さん”の顔じゃない。完全に“上級冒険者の顔”だ。


 アリアは男たちを顎でくいっと示しながら言った。


「ここ、食堂だよ? 騒ぎ起こすなら外でやんな。子ども相手に絡んでる暇あんなら、さっさと飯食えっての」


 語尾は柔らかいのに、中身は完全に“冒険者の姐御”。

 言葉がテーブルの上をすべって、男たちの胸元に突き刺さる。


 男たちの肩がビクッと震えた。


「い、いや別に……ただ話してただけで……」

「そ、そうだよ。そんなつもりじゃねぇって」


 言い訳を口にしながら、視線はあからさまに泳いでいる。

 周りの客たちも、息を潜めて成り行きを見守っていた。


 アリアはにやりと笑い、ゆっくりと立ち上がる。椅子の脚が床を擦る音が、妙に大きく響いた。


「へぇ? じゃあ問題ないよね。……で、用は済んだ?」


 笑顔のまま圧をかけるその声は、刀身みたいに鋭い。

 一歩踏み込むだけで空気の密度が変わった。


 男たちは完全に戦意喪失して、椅子を蹴りそうな勢いでそそくさと席に戻っていった。


 嵐、終了。

 残るのは、わたしの心臓のドキドキだけ。


「ふぅ……」


 わたしが息をつくと、アリアは肩をすくめて言った。


「ああいう絡んでくる酔っ払い、どこにでもいるしね。見つけたら止めるぐらい、まあ仕事みたいなもんだよ」


 さらっと言うけど、その“仕事”には普通命の危険がついて回るんじゃないかな。

 この人、やっぱりただの親切なお姉さんじゃない。


「アリア、かたじけない。助かるです」


 わたしがお礼を言うと、不思議そうな顔を向けてきた。


「あんたドレミちゃんだっけ。喋れたんだね」


 あ、そうか。会った時は無口キャラだったんだ。

 今は流暢にこの世界の言語を操るバイリンガールなのだ。設定の整合性が危ない。


「うむ、しゃべられるです。朝はカンチョーしてたので、おとなしかったです」


 自分では完璧な説明のつもりだ。


「あはは、そうだったんだ。でもあんまり食事中に出す話題じゃないよ」


 アリア、なぜか笑いながらよくわからないことを言った。

 なんだろ? 統も俯いて笑いを堪えている。ふたりとも、何か大事な文化的ニュアンスを共有してる顔だ。


「え? なにどした?」


 首をかしげるわたしを横目に、統は半笑いでアリアに言った。


「すまない。姉はこの国の言葉に慣れていないんだ」


「なるほど……くくくっ」


 ふたりの笑いのツボが謎のまま流されていく。

 こういう時、異世界語能力の自動アップデート機能が恨めしい。


「そっちの用事は済んだのかい」


 統がさりげなく話題を切り替えた。さっきまでの殺気を完全に引っ込めているのが、逆に怖い。


「ああ、済んだっていうか、厄介ごとを増やしたっていうか……あんたらが気にしてた件も含んでるんだけどね」


「気にしてた?」


「片腕の獣人のことさ」


「え! イヌミミさん! 無事か! 見つかったか!」


 反射的に身を乗り出していた。椅子がきしむ。

 頭の中に、森で出会ったあの横顔がくっきり蘇る。


「“イヌミミさん”? あぁ、そう呼んでたっけ」


 アリアは少しだけ口元を緩めたが、すぐ真顔に戻った。


「それで?」


 統の声がわずかに低くなる。

 わたしの胸の鼓動と食堂のざわめきが混ざって、変なリズムを刻む。


「──見つけたわよ。たぶん、あんたらが探してる“人”」




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