第12話
廃墟前に差し掛かる。森の中、木々が切り開かれた一帯は、高低差のある土地の中に一本の川が流れ、山に入りかけの地帯。確かに、ここからホーマ連合の中央政府と物資を行き来させるのは不便極まりなかろうことからも、ここから人が離れるのもまた仕方なしと取れる立地である。
点在する家屋はほとんど崩壊が進んでおり、中に入れる余地もなし。たまにそこから、モンスターが飛び出してくるので注意しながら歩みを進める一行であったが、キエルはそんな中、微かな違和感を感じていた。
「なぁ、何か、魔力を感じないか?」
キエルはさほど魔法の才能を持ち合わせている訳ではない。最低限の回復魔法が使えるくらいである。しかし、けれども、微かに感じる、廃墟の違和感。何かと気持ちが悪い魔力を感じるのである。しかし、
「いや?」
「気のせいじゃないですか?」
アーベラもエミーリエも、勿論、キュイも、全くそんなものは感じていないようだった。筋肉に全振りしているから反応しないのだろうとキエルは結論付ける。それほどまでに明確な嫌な感じであったからだ。その旨を三人に伝えると、けれども、意外にも、彼女たちはその忠告を自然に聞き入れた。楽勝ムードを常に醸し出してはいるが、一方で、どんな時も警戒は怠らない、それが彼女たちの心意気であった。
廃墟を抜けると、いよいよ山に迫る──しかし、その廃墟の奥、一際大きな、朽ち果てていない建物が見えてくる。モルタルで作られたそれは、まるで今なお誰かが住んでいるかのような佇まい。恐らく、この元集落の長が住んでいたか、そういった類のものだろうかと考えるキエルの目は、まだ距離のある建物の中、窓の中に何かを捉える。
「あっ……! 今、何か、あの建物の中で動かなかった? 見ました!?」
キエルの目には、確かに、廃墟の建物の中で動く何かが目に入ったのである。
「そう……? 魔物とかじゃないかな?」
アーベラが言う。その可能性は高いだろうと思った、その次の瞬間。
ガラガラッ、ゴゴゴ、という地鳴り、周囲の山の壁から岩が崩れるほどの大地の揺れ。遠くに見えるモルタル製の建物へ続く道に、何かが、三体、四体現れる。それは徐々にこちらに向かってきているようであった。
「なんだぁ?」
アーベラが間抜けな声を上げる。一方のキエルは、
「なななっ! 何だっ!? 地震!? 地獄の釜が開いた!?」
などと大慌てであった。迫りくる敵は、どうやら、結構な速さで、キエルたちに向かって一直線に迫ってきているようだった。影はどんどん大きくなり、それらの姿は肉眼ではっきりと識別できるほどになる。
現れたのは、ゴーレムと呼ばれる無機物によって構成されたモンスターの一種。キエルは知識として、それらのことを知っている。彼らは、何らかの魔力の力──例えば、魔族のもの、あるいは、大魔導士のもの──によって無機物に力を与えられた物体。モンスターと呼ぶに値する彼らであるが、通常は、魔王の城、はたまた、特定の秘宝が隠されたダンジョンといったような何かを守るために配置されていることが多い。とはいえ、それだけではなく、力を帯びたものの目的を持たずモンスターたちが住む領域を徘徊するよな変わり種もいたりする。
では、今、自分たちに向かってきている者たちは何か。
恐らく──この先にある、大きな建物を守る者たち。推測できるのは、かつてここに住んでいたであろうある程度力を持っていた人間が使役していたゴーレムがそのまま放置された可能性、などだろうか。それなら、ここから離れてしまえば問題はないのではないか、という結論に辿り着く。
「逃げよう! あんなものを相手にしていては、こっちの体力が持たないでしょ!」
キエルの必死の提案。しかし、答えは、
「腕がなるねぇ~」
「はい、アー姉!」
「久しぶりです、こんな叩き潰しがいのありそうな物の相手は」
否定。血の気の盛んな彼女たちに、逃げるなどという選択肢はまるで存在しなかったのである。まぁ、それもあながち間違いではない。もう既に、ゴーレムたち四体は目前に迫っていたのだから。
巨体。あまりに大きい。二階建ての建物ほどもあるその大きな体は、もし、彼らがそこから動かなければ、記念碑として確固たる地位を獲得できるであろう代物だ。素材はどうやらこの置くにある建築物と同じ素材らしい。劣化したりしていないのは、魔力を帯びているからだろうか?
キエルはともかく、木の陰に一目散に隠れる。
この行動、通常であれば、非難轟々、なんたる弱腰な男であるかと強く強く糾弾され得る内容であるが、人には向き不向きがあるので仕方がない。ちなみに、女性陣からは、戦闘時の逃げる速度は立派なものだ、と称賛の声を得ていたりする。
「さー、事務員も逃げたことだし、戦闘開始するかー!」
アーベラの勇ましい声。両手に小柄、とはいっても身長の半分ほどはある大きさの斧を持つ。勿論、キュイもそれに続き、エミーリエも同じく斧を手にかけながら肉体を変化させる。
戦闘準備が整ったと同時に、三人はそれぞれ一体ずつに攻撃をしかける。ゴーレムとの体格差は歴然だ。自分の体の三倍、四倍もの大きさの相手。けれども、三人は全く動じることはなかった。
それぞれに、ゴーレムの拳が降り注ぐ。アーベラは斧で薙ぎながら避け、キュイは斧の柄で受け止め、エミーリエは斧で弾き返した。三者三様の戦い方であるが、全員に共通しているのが斧を使っているということだろう。
まともな力のぶつかり合いを演じたキュイ。一瞬、どうなるものかとはらはらしたキエルだったが、キュイは笑っていた。にやにやしながら、ゴーレムの無言の圧力を受け止め、そして、跳ね返す。ゴーレムがよろめく、キュイは踏み込む、ダンと地面が振動したかと思えば、キュイは斧を振りかぶる。
ゴウという風が薙ぎ、斧はゴーレム目がけて振り下ろされる。その斧は、硬いゴーレムの体に深々と突き刺さり、ググ、と軋む音を上げるゴーレムに亀裂が入る。キュイは凄まじい速さでその斧を引き抜くと、ゴーレムが体制を立て直すよりも前に、もう一度同じ場所へと振り下ろす。
凄まじい衝撃がゴーレムを襲ったはずだ。けれども──彼は、あるいは彼女は、まだ倒れなかった。
戦闘は続く。アーベラ他三名は、ゴーレムと一対一で壮絶な打ち合いを繰り広げる。ゴーレムの攻撃に対して、斧による受け止め、あるいは反撃。ゴーレムの拳や足と、アーベラたちの斧は激闘を繰り広げる。ゴーレムの動きはさほど早くはない。しかし、パワーは凄まじい。並大抵の人が受け止められるような攻撃ではないし、キエルが受けようものならあっという間にぺちゃんこだろうが、アーベラたちは違う。
打ち合いによって、アーベラらの体にもキズが増えていくが、それにもまして、ゴーレムたちの体はそこら中がぼろぼろと壊れかけていた。やがて、その傷はどんどんと大きくなり、取り返しのつかないものとなり、ついに、ゴーレムたちは砕け散り、ただのモルタルの塊、破片と化す。
戦闘が終わり、そこには灰色の塊がゴロゴロと乱雑に散らばっていた。
はぁ、終わったか、と思ったキエル。
けれど、何故か、辺りが暗くなる。夜? そんな訳はない。
「……ああ!」
影が出来ていたのだ。キエルの上に。何によってか。ゴーレムによってである。キュイたちがそれぞれ一体ずつ相手にしたゴーレムであったが、後一体は、キエルの元へとゆっくりと歩みを進めていたのである。
「お、おいおいおい、ま、まて! 俺は、違うんだ! ほら、見てくれ、この体。貧弱だろ!? 俺は事務員さんなんだ。えー、と、そう、ゴーレム君」
とかなんとか必死にゴーレムに向けて話してみるが、そんなもの通じる訳がない。
ゴーレムは拳を振りかぶり、キエル目がけてその巨腕を振り下ろそうとしていた。絶体絶命である。木の陰に隠れたところで無駄。そのくらい簡単になぎ倒すのがゴーレムなのだ。
キエル、考える。ああ、何やってるんだ! あいつらは筋肉でこの巨体を正面突破したのだから、となると、自分は別の、そう交渉とか! 交渉とかで突破しなければならないのではないだろうか。なんてことを、けれども、考えるだけ無駄っ!
「話し合おう! 話せばわかる! 話せば!!」
叫ぶ。しかし、そんなこととは関係なしに振り下ろされる拳。最後の手段とばかりに木に隠れるキエル。
しかし、ゴーレムの拳はキエルに飛んでこなかった。
ガン、ガン、ガン! と鈍い音が響き渡る。直後、何かが砕け散り、破片が当たりにばらまかれる音。
「これはあたしが倒すんだ!」
「アー姉、僕がやるから、大丈夫」
「私の獲物ですよ、これは!」
訳の分からない獲物の取り合い。そう、唯一生き延びた四体のうちの一体のゴーレムは、生き延びたように見えて、実は最も過酷な運命を背負わされてしまった可哀想なゴーレムだったのである。
一対三の構図がいとも簡単に出来上がる。
ゴーレムも必死に頑張るが、無駄。ゴーレムの体は斧によってがしがし削られ、削られ、削られていく。拳も、体も、足も、がつんがつんと振り当てられる斧によって崩壊していく。敵ながら無様な姿だぜ、と命の危機を無事回避することに成功したキエルはゴーレムの最後を眺めていた。
ゴーレムの動きが完全に止まるのにかかった時間は、先ほど、一対一で行われた戦闘と比べて三分の一よりもはるかに短かく終わる。
「はー、今までのモンスターたちよりは結構苦戦したなぁ~」
アーベラが斧をしまい、額の汗を腕で拭いながら言う。
「でも、大したことなかった」
キュイは余裕の表情だが、それでも、汗はにじんでいる。
「これは、普通の冒険者たちじゃなかなか突破するのは難しいでしょうねぇ~。この先の建物に何があるかは分かりませんけど、普通だったら、さっさと逃げるのが吉、ですね」
言うのはエミーリエ。
「え、じゃ、あの、なんで逃げなかったんですかね?」
キエルが堪らず質問すると、アーベラがずいと前へ出て、斧を取り出し、ぶんぶん振り回して言う。
「それはなぁ~、これよ、これ! ほら! 分かるだろ? 滅茶苦茶砕き甲斐がありそうなやつだったからだよ!」
「アー姉の言う通り」
「大方あってますねぇ~」
だそうで、何となく分かり切っていた答えにキエルは若干落胆しつつも、彼女たちの頼もしさを知れたという点ではよしとしておくかと無理やり自分を納得させる。
こうして、多少苦戦しながらも、アーベラたちはモルタル製の建物へ到達するための障害物を排除することに成功した。
そこを通らずとも、迂回することでドラゴンの巣があるという山へたどり着くことは可能であったが、せっかく排除してしまったのだから、ということで、一行は建物へと向かうことにした。
建物はどうやら少し小高い丘の上にあるようで、雑草などが生い茂った元々は道だったであろう道をしばらく進み、ようやく建物の前へとたどり着く。そこで放たれたキエルの第一声は、
「はぇ……」
という実にまぬけなものであった。
建物は意外にも大きかったのだ。ほとんど崩壊している壁の中に庭があり、その先に建物がある。灰色で飾りっ気のないそれは、この木造の家が多い元集落にはあまり似つかわしいものとは言えないが、その無機質さは、廃墟が放つ独特の気味の悪さとは実にマッチしている。
「何か、奇妙ですね」
キエルが建物の大きさに感心していると、エミーリエは辺りを見渡しながら言った。
「何が?」
キエルの問いに、エミーリエは周囲を順々に指さしながら言う。
「ほら、そのあたりの花壇です。いえ、別に、大きな建物の周りに庭があるというのはごく自然なことです。けど、何か──変、と言うか」
「……! そうか。確かに、妙に綺麗だ」
花壇に花が生えていようが、草が生えていようが、それだけなら何も変ではない。そこに土があれば、草も花も生えよう。しかし、それらは、妙に整っていた。そう、まるで──
「まるで、誰かに整備されてるみたいだ」
疑問。決してそう言いきれる訳ではない。けれど、キエルは、先に、この建物の窓で物陰が動いたような気がしたことを思い出す。
「……誰か、住んでいる?」
キエルの呟きに、他三人は、ごくりと息を飲んだ。