第11話
街の外は数々の冒険者たちが開拓した、目印があるのかないのか分からないようなあいまいな獣道が続いていた。道というのは、元来、拠点と拠点をつなぐものであるが、話によると、その昔、このバラウォンのさらに果てには、ひっそりと何かしらの種族が住んでいた地域があったのだという。しかし、モンスターの生息域の変化や、それ以上に、ホーマ連合国家内の領土にいた方が生活が便利であるということからそこに住む人たちの数は減り今では廃墟と化しているらしい。これはさほど珍しいことではない。果ての地、奥地、不便な場所、といったところから人が去るというのはごく当たり前なことなのだ。ホーマ連合国家としても、それを食い止めるつもりはさほどない。キエルだって、その一人である。都会に憧れるという感情は人なら誰しもが持つ可能性のある感情であるからだ。
さて、その道を辿っていくと、その廃村を越えた辺りに大きな洞窟があるのだということが、事前の調査で分かっていた。キエルらは今、そこを目指してバラウォンの街を出たところである。
「意外に何もいないんだな」
歩きだして数時間。キエルは意外に暇な旅路に少しだけ気を緩ませていた。キエルの想像では、道行く道でモンスターたちが立ちはだかり、行く手をはばみ、モンスターたちをアーベラたちがばっさばっさと切り倒し活路を開いていく様子を想像していたのだ。
ところが実際は、バラウォンの街を出た先に広がるのは荒野とも呼べる、緑がちらほらしか存在しない寂しい平野。生産に関わっていたキエルは、ここら一帯の地を開墾するのはほぼ無理だろうなぁ、なんてことを地面を見ながら考えることくらいしかやることがないような景色。山は見えるがだいぶ遠い。荒野をしばらく行けば、次は森に辿り着くのだろうということくらいしか情報量はない
「そりゃあそうだよー! モンスターって言っても基本は群れで行動している訳で、こんな平野にぽつんぽつんといるモンスターなんて早々いないよ。大体まだ街を出て少し離れただけでしょ? いてもせいぜいはぐれたゴブリンとか、そんな奴らだろうし、そういう小物は四人もの人間を見たら大体逃げるだろうね。モンスターだって何もなくて生きていける種族は限られる。こんな魔力も食料もないような荒野にはあんまりモンスターはいないよ。……だからこそ、バラウォンの街は大した防備がなくても果ての地にモンスターの侵略なく存在できてるんだけどね」
アーベラの解説。言われてみればその通り。キエルは冒険にこそ出たことはないが、モンスターに対する知識はそれなりに持っている。国家公務員試験において、治安維持という点でモンスターの知識はそれなりに必要になってくるからだ。
しかし、キエルは、自分が知っていることはあまりに断片的な知識であり、実際にモンスターの領域へ足を踏み入れるとなれば、机の上で仕事をしているのとは訳が違うということを悟る。
「てことは……あれ? ドラゴンの巣って意外にすぐ行ける?」
甘く考えるキエルに、前を歩く三人が揃って振り返り、哀れな者を見るかのような目でキエルを見る。
「あの、メーセンさん、あなた、国家公務員なんですよね?」
エミーリエの小馬鹿にするような物言いに、抗議の声を上げたくなるキエルであったが、この場で最も経験が浅いのはまず間違いなく自分であり、ここで生意気にも地位を利用して何かと反論をしようものならば、他の筋肉たちの反論も買うだろうという事を考慮すれば、黙って、あ、はい、と答える他ない。
「ドラゴンというのは基本的に果ての果てに住む生物。彼らが人里に降りてくる目的はまだ定かになっていませんが、一説には、人類の行き過ぎた力を削ぐため、とか言われていますよね。そんな大いなる存在に私たちがおいそれと簡単に近づけると思っていますか? 無理ですよ、無理! メーセンさん、あなた一人じゃ絶対に無理です! 五万回復活の呪文を唱えてくれる人がいたとしても無理です!」
事実である。
「そうだな、メーセンには無理だな」
事実である。
「……うん、無理、アー姉の言う通り」
事実である。
悲しいかな、事実を突き付けられまくったキエルは正当防衛的に反論に出ることにした。
「なっ、そんな、無理、無理、ってじゃあ、無理じゃないか! 帰ります!?」
そんなキエルに、エミーリエは、ちっちっちっ、と人差し指を左右に振る。
「ところがどっこい、というやつです。私なら可能なんですね、これが! 何せ、私は連合正常化運動の一員。モンスターの巣の奥深くまで行くなんて朝飯前なんです」
「あ、うん、分かった。分かりました。で、ドラゴンの巣ってどの辺にあるんですかね?」
「……どの辺にあるんですか? オルトロスさん」
ずっこけそうになるキエルを傍目に、アーベラは、うーん、と真面目そうな顔で記憶を思い出しているようだった。
「もう少し行くと森に入るからね、その前に今日は野宿かな。木が増えてきつつあるところらへんで。森に入ったら、普通に歩けば二、三日で廃村地区につくよ。ただ、森の中はモンスターが多いからね~。ゴブリン、オーク、下級の魔族に水辺にはスライム系、獣系のモンスターもいるかな、廃村地区に近づくと、なんだっけ? なんかどこかで生成されたゴーレムうろついてるとか言ってたなぁ」
キエルは思わずため息を漏らす。今はまだ序章の序章、冒険にも入っていないということが明らかになったからだ。全然余裕ではなかった訳だ。
「先は長い、頑張れ」
キュイに肩をぽんと叩かれる。
そして、キエルはついに聞くことにした。
「あの、前々から疑問に思ってたんだけれど……経験者、だよね」
役人だとかなんとか言っているが、役所に置かれているどう見ても人と戦うためのものとは思えない数々の斧、そして、今持っている斧、この語り口調、以前聞いたドラゴンの話、それらから考えて、もう明らかなのであるからして、
「勿論!」
という返事が返ってくるのもまた明らかなのであった。
旅路は順調だった。
順調というか、特に問題が起きる要素がなかった。先述の通り、荒野地帯に住むモンスターと戦闘をしなければならない状況はほぼなく、キエルの出番はない。ただただ歩みを進めるだけ。
そうして歩いていくうちに、長い道のりを経て、キエルの強い強い要望により、何回も休憩を挟みながら、木々が増えてくる地帯に到達する頃には日が暮れかけていた。
「この辺りなら火を焚いていればそうそう魔物は寄ってこない」
ということから、特に結界陣を張るなどの作業もせず、キエルたちは野宿の準備を進めていく。
一日歩き詰めで疲れたキエルは、貼られたテントの中、寝袋にくるまり、うもすも言う間もなくストンと綺麗に眠りに落ちた。
夜空に輝く満天の星を見上げる者は誰一人なく、各自、モンスターの領域と呼ばれる場所にて野宿をする。
そんな一日は、次の日も続いた。
勿論、森の中での初めての戦闘はキエルにとってものすごい衝撃的なものであった。何せ、モンスターを目の前で見るのはほとんど初めてである。街の中の見世物小屋、文献、その他視察活動などにおいて、チラリと目にしたことはあったし、戦闘がどのように行われるのかということも知識としては知っていたが、いざ、目の前にすると、キエルは何も動くことができなかった。
無論、それでも問題はまるでない。
小物のゴブリンなど相手にするときは、斧、斧、斧という非常にアンバランス過ぎるパワー全振りの装備ではとてもやりにくいのか、何と驚くべきことに、アーベラたちは誰一人として斧をぶん回すことなく、素手でぼこすか殴るというパワフルな戦闘を行っていたという点について、いつツッコミを入れようかと迷うことはあったが、それにしても彼女たちは強かったのである。
襲い来る敵という敵は、ぼこぼこにやられまくる味方を見て逃げ出す始末。
ちなみに、エミーリエはそんな逃げる敵を追いかけて後ろから蹴りを喰らわして、楽しそうに笑っていたので、キエルは彼女だけは敵に回すことはしないようにしようと心に決意を新たにする。
小賢しい敵は基本的に群れをなして襲ってきた。エミーリエ曰く、
「彼らに言葉が通じたら、脅迫とかしてそのちんけな絆をバラバラにしてあげたいですよねぇ~」
らしい。キエルは、この発言に対して、勿論、苦笑いを返す他返答のしようがなかった。
ゴブリンなど小型の敵以外にも、森の中では大型のモンスターに出くわすこともあった。オークと呼ばれる彼らはゆうに三メートルは超えているであろう巨体に、木製のこん棒のようなものをもってキエルたちに襲い掛かってきたが、ここでついにキエルはアーベラたちが斧を抜く姿を目にすることになる。
それはもう悲惨極まりない戦闘であった。
斧という武器の力強さ、恐ろしさをしかと味わうことになる。アーベラ他二名は、
「おぉおおらぁあ! おおぉおらぁあ!」
などと各々が叫びつつ、斧をぶん回し、果敢に向かってくるオークたちを薙ぎ払って肉塊へと変えていく。どっちが獣か、どっちが鬼か、という問いを投げかけられたらキエルは言葉に詰まるだろう。いやいや、バラウォンの街にいる全員も言葉を詰まらせる他ないだろう。
オークたちはぶひぶひ言いながら次々に戦死していくのである。そこに慈悲などない。
キュイとエミーリエは一本の大きすぎる斧を、アーベラは二本の斧を豪快に両手に持ち、それぞれは、まるで指揮棒を振り回すがごとく、軽々と斧を振り回す。
久々に見た獲物を全てくらいつくすかのように、まるで斧が意思をもっているかのように、自由自在に空間を、肉を切り裂く四本の斧たち。
斧というのは刃を持つ。普通、刃というのは何度も肉を切れば、付着した残存物を何らかの手段で取り除くということをしなければどんどん切れ味は落ちていく。しかし、斧というものは違う。斧に切れ味などという概念は存在しない。
彼女たちは、斧の使い方を良く知っていた。
キエルがぼけーっと能天気に見守る中、彼女たちは、斧を使いこなし、何度肉を切断しようが関係なく、斧を振り続けるのだ。そこに血払いなどという行為は存在しない。切れなくなろうが関係ない。切れなければ叩き潰せばいいだけの話なのだから。
ぐちょ、ぐちょとグロテスクな音が鳴り響くその光景は、とにかく惨状なのである。斧という金属で、肉を壊す音なのである。その連鎖はオークの群れの数がゼロになるまで続き、森の中の一体は、肉塊で埋め尽くされるというとんでもなく血なまぐさい場所になり果ててしまう。
その後、顔にべっとり返り血を浴びながら、アーベラはキエルににっこり笑顔で言うのである。
「はい、お疲れさん~」
と。
そんな調子で森の中を進んでいく。基本的に、キエルの出番はない。キエルにできることは、マッスル斧使いたちの暴れ狂う攻撃範囲の中に入らないようにしながら、尚且つ、マッスル斧使いたちの陰に隠れ、モンスターたちの攻撃を受けないように位置取りをすることくらいであった。モンスターは基本的に群れを成して行動していることが多かったが、中には単体の者もいたりする。
しかし、誰であっても関係はなかった。
唯一関係あるといえば、マッスル斧使いたちが斧を使うかどうかくらいのことであろう。斧を使われなければ、辺り一帯は血の海にならずに済むし、斧を使われれば辺り一帯はそれは見事な血の海と化す。
唯一関係あるといえば、マッスル斧使いたちが斧を使うかどうかくらいのことであろう。斧を使われなければ、辺り一帯は血の海にならずに済むし、斧を使われれば辺り一帯はそれは見事な血の海と化す。もっとも、違いといってもそれくらいの違いでしかない。結果に変わりはないのである。
最初こそ緊張してびくびく怯えながら立ち振る舞っていたキエルであったが、最初の数回を経験してしまえば慣れてくる。社会人生活において培った適応力の高さがここで役に立ってしまった訳である。キエル自身は何もしないということも、それに寄与しているだろう。
森での野宿。流石にここでは火を焚いているだけでどうにかなるものでもないらしく、二人交代で見張りをしながら睡眠をとるというアーベラの発言で一同はそうすることになるのだが、キエルはここで一つ、あることを思い出す。
「あれ? でも、誰か、結果魔法でも張ればいいんじゃないですか? 一晩くらいなら、さほど難しいことでもないでしょうし」
キエルは、まぁ、でも、アーベラとキュイにはほぼ間違いなく不可能だろうと考え、エルフのエミーリエに熱い視線を注ぐと、エミーリエは答えた。
「あら! キエルさん、そんなことができるんですね! お願いします!」
勿論、キエルができる訳もなく、ははは、と笑うとキエルは見張りにつく準備をした。




