表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
装備武器:斧、斧、斧  作者: 上野衣谷
第三章「筋肉的発想」
10/20

第10話

 行動とは何からくるものであろうか。行動とは、頭で考えて、それを実行に移すことである。故に、行動するには、まず、その理由などを初めとして、自分の中で納得の行く論拠を確立させなければならない。キエルは基本的にそう考える。

 客観的に見て、確信が持てないことであったとしても、少なくとも、自分だけは、ほとんどの確率で成功するものだと信じてやることが必要だし、それに伴うだけの情報収集であるとか、その他必要なことを準備しておく必要があると常日頃から考えていた。

 これは安定、安全を最優先とする彼ならではの堅実な思考パターンであり、これによって多くの危機を乗り切ってきたこともあったが、しかし、今回に関しては、残念ながら、どうにもならないという絶望感だけが増していく一方であった。

 話し合いの場が終わって、そんな風に考えながら机のメモ書きを辿るだけのキエル。事実が明らかになったところで、何をどうすることもできないという圧倒的な事実によって思考が飲み込まれようとしていた時、慌ただしく動いている周囲の存在に気がつく。

 キュイが奥の扉から出てきたかと思えば、その手には二本の斧。身長ほどもあろうかという大きさの斧を背中に背負い、手にする二本のこちらは小さめのそれをアーベラへと手渡す。


「ありがと。お、ちゃんと手入れされてるねぇ~偉いぞ、キュイ」

「えへへ」


 どうやら手渡された斧はアーベラのものらしい。彼女はいつの間にか身につけていた腰の左右のホルダーへその斧の柄をひっかけることで装備する。二、三回、軽く飛び跳ね、調子を確認すると、アーベラはキュイに問う。


「寝袋は準備したし、食料は途中の雑貨屋で買うとして、後は何か必要なものはあったっけ?」

「気合、とか?」


 この方々は気合があればなんとかなると思っているタイプの人たちである。


「あら、斧を使うんですね」


 その様子を見て言うのはエミーリエ。彼女はキュイと同じくらいの斧を、キュイと同じく背中に背負っている訳であるが、体格的に、今の彼女は魔力によって強化された体ではないので、キュイと同じく不釣り合いな大きさである。

 さて、キエルはそんな彼女たちの様子を見て何を思った。

 答えは簡単である。

 アンバランスだ。

 という一言である。

 どうやら、彼女たちの様子を見るに、彼女たちはどこかへ行くようである。それはいい。しかし、アンバランスである。様子を見るに、街から出て、斧などを持っていることからも分かるように、モンスターたちが生息しているところにでも行こうとしているのだろう。しかし、アンバランスである。

 アンバランスなのである。


「えー、と……一体何をしようとしているのです?」


 キエルは自分だけ場の空気についていけていないことを早急に察すると彼女たちに問うた。すると、アーベラが極々当たり前の顔で、今頃何を言っているんだという声色で言う。


「ドラゴンの巣だけど?」


 衝撃である。ドラゴンの巣だけど何か? 当たり前でしょ? と言いたいのである。しかも、驚くべきことに、キュイだけならまだしも、エミーリエまで、


「その通りですね」


 なんていう完全肯定の声をあげているのである。


「あー、待て待て、待って! なんで? え、ドラゴンの巣が何? んん?」


 ついていけていない男キエルが素っ頓狂な声を上げる。ガタンと立ち上がり、アーベラたちに迫る。


「行くんだよ? 何言ってるの?」


 そんなことは世界の常識であるかのように語るアーベラ。キエル、ようやく理解し始める。


「はいはいはい、えっ、ドラゴンの巣に? 行って何をするの? 行っても何も分からなくない? そこに証拠でもあるの?」


 至極冷静なキエルのツッコミであったが、残念なことに、キエルのツッコミの的確さを理解できるものはこの場にはキエル本人しかいなかった。


「そぉんなこと、行ってみないと分からないだろぉ~」

「その通りですねぇ」

「うん、うん、アー姉の言う通りだよ」


 悲しいことに、キエルはこの場において圧倒的異端なのである。異端、異端児、異端審問!


「いやいや、そんな無謀な! 大体ね、ドラゴンの巣ってのは熟練の冒険者でも自らが立ち入って生きて帰るのはなかなか難しいってこと知ってる? そりゃね、人類の生息域にドラゴンが来たときは軍が戦うよ。それ以外にも、中にはドラゴンを狩ることで生計を立てているような冒険者たちもいるさ。けど、君たち三人がそれに該当するとはとても思えないんだよっ! そもそも、行くメリットがあまりに薄すぎる。どうしても行かなくちゃいけないっていうのなら話は分かるけど」


 筋肉に負ける訳にはいくまいとキエルはありったけのドラゴンの巣に今行っても仕方ないという根拠を述べるが、


「……? いや、良く分からないけど、まぁまぁ、そんなにピリピリせず一緒に行こうぜ、な」

「その通りですねぇ」

「そうだ、行くぞ」


 とりあえず何も反論されることなく、ただただ真正面からねじ伏せられる。これぞ強い女の子がなせる技である。強い女の子は好きですか?

 そこで、キエルは最後の切り札を出すことにする。これならきっと彼女たちも理解してくれるはずだという強い思いを込めながら。彼は今まで抱いて来た最大の疑問、今まで不安に思ってきた最大の要素を渾身の思いでぶつけるっ!


「あー、分かった! 分かったけど、一つ! 重大な問題があるんだ! 聞いてくれ!」


 キエルの思わせぶりな発言に、ごくりと息を飲む一同。


「この冒険メンバーには重大な問題があるんだ!」


 そう、とても重大な問題である。キエルにとって、この場でもっとも危惧すべきことである。それは何かと言えば、勿論、


「斧しかいないじゃん! オルトロスの装備、斧。キュイの装備、斧。そして、エミーリエさん。あなたは唯一この中でエルフという本来魔力の要のポジションに就くべき種族、貴方の装備、斧! おかしくないですか!? アンバランス過ぎませんか!?」


 しばらくの沈黙。

 そして、アーベラが笑う。


「あっはっは、何を言うんだ。斧こそ最強の装備! この身の力を活かすには斧こそ一番ということを知らないのか? 大体な、剣なんていう軟弱な武器じゃドラゴンの厚い皮膚を貫くなんて無理だぞぉ~! あれ、前にも話したっけ? おいおい、メーセン! 君は人の話を聞いた方がいいぞっ!」


 間違いなく、キエル以上に話を聞いていない人が言い放つ。キエルに色々な意味でクリティカルヒット。


「そうそう、アー姉が正しい」


 勿論、キュイはアーベラに賛同である。現状、二人がおかしくないという声をあげてしまっている。さあここで最後の頼り、筋肉エルフこと、金髪美少女エミーリエは、


「メーセンさん!!」


 怒っていた。ぷんすかしている。容姿が美少女なので可愛いと呼べる部類に入るが、魔法強化された後だったらそうはいかなかったであろうから、実に幸いなことである。


「あ、はい」


 思わずビクッと肩を震わせ、何事かとかしこまるキエル。こんなところで彼女に激昂されようものなら、この部屋に筋肉娘が三人登場することになってしまう。それは何としても避けたい。


「確かに、エルフは魔力に長けた種族です。それは私たちエルフにとって実に名誉なこと。メーセンさんの言う通り、種族による長所を各人は活かしてこの世界を乗り越えていくべきでしょう」


 うんうんと頷くキエル。


「しかしですね、では、魚は陸に上がってはいけないのですか? 鳥は海を泳いではいけませんか? いいえ、違います。魚の中で陸に上がったものもいるでしょう、鳥の中には海を泳ぐ種がいると聞いた事があります。生まれつき得意なことを伸ばすというのも一つの立派な生き方でしょう。けれど、私は常に保身的な体制を取り続けるエルフたちの先頭に立って、新しい道を切り開きたいのです。そのためにも、こうして、私は魔力を力に変換する術を実にウン十年かけて培ってきたのです!」


 これほどまでかという綺麗な理論。あまりの力説に、キエルはそれ以上彼女に対して言える文句を失ってしまった。

 うんうん、確かに、と納得する部分が多すぎて、そもそもの問題である、冒険メンバーに装備が斧しかいないということを忘れてしまったのである。何たる不覚、これにて、この場において、斧しかいない冒険メンバーたちに異議を唱えるものはいなくなってしまったのである。

 議論などというものとは程遠い話し合いの末、こうして、キエルは半ば強制的に彼女たちのドラゴンの巣への潜り込みへと連行されることになってしまったのである。




 キエルの担当は回復呪文である。及び、戦闘の補助、索敵行為、等々。勿論、キエルは冒険などしたことは一度としてなく、どれも完全に初心者である。モンスターのいる地へ向かうなどそもそも初めてなのだ。

 では、何故拒否しなかったかというと、キエルの中で、もしかしたら何とかなるんじゃないかという微かな希望が湧いてしまったからという他なかろう。

 アーベラたちの言うことは余りにも無責任で、無防備で、突拍子もなくて──キエルから見たら、絶対にあり得ない行動。

 けれど、一方で、彼女たちは何の迷いもなく、ドラゴンの巣に行って原因を調査するという選択をしたのである。それ相応に覚悟がないと難しい選択だとキエルは思っていたが、どうやら彼女たちにとってはまるで違うらしい。

 その日は既に日が暮れつつあったので、結局、街で冒険の準備をするに留まる中、その途中、キエルはアーベラやキュイ、エミーリエに質問をぶつけたが、彼女たちにはやはり迷いはなかったのである。

 まぁ、そもそも、よし冒険に行くぞ、といって斧などを装備した時間がもう夕方近くだったというのだから、それがいかに突飛で思いつきの行動だったかは火を見るよりも明らかなのだが、それにしても、彼女たちには迷いがないのである。

 アーベラ曰く、


「迷ったらやってみればいいじゃん!」


 だそうで──保身に保身を重ねることが多いキエルにとっては、目から鱗──というより、なんて馬鹿なんだ、なんて無茶苦茶なんだ、と思ったというのが第一印象なのであるが、キエルの行動が袋小路に入ってしまっていた状況下においては、まさに、その袋小路の先の壁をぶっ壊すような発想であった。

 だから、キエルは驚いたのだ。

 明日、朝早く出発が決まったキエルは、今日はキュイに侵入されないようにと、寝室内のベッドではない床に適当な寝具を敷いて目を閉じながら、長い長い一日を思い返しつつ、そんなことを思っていた。

 思い返せばここバラウォンに来てからまだ数日しか経っていない。それなのに、事態はもうこんなに動いている。キエルが立ち止まりそうになったところで、アーベラたちが無理やりにでも前へ進もうとした結果でもあろう。

 少し前まで沈んでいたキエルの気持ちは、いつの間にか希望に溢れていた。そうしてキエルは眠りに着く。今日は絶対に誰の侵入も許さない場所で眠りに着く。キュイはベッドの上、アーベラは表のソファー、エミーリエは寝袋で寝れますのでとかなんとか言ってその辺の床で寝てるらしい。そう、大丈夫、安眠、キエルの今夜は昨日と違って絶対安眠。確信をもって眠りに着く。

 翌朝、キエルは腹の上に、ベッドから落ちそうになったキュイのかかと落としがキメられることにより起床することになるが、今のキエルが、そんなことを知る由もない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ