思い掛けない任務
マリエルの騒動が解決して二週間が過ぎた頃、団長室に呼ばれたアナスタシアは、いよいよ侍女見習いとしてどこかに行かされるものと思いながら、一人団長の元へ向った。
「来たか。そこに座れ」
アナスタシアがソファに座ると、団長は早速用件を話し始めた。
「まず先に言うと、予定が大幅に狂ってしまった。侍女見習いの事で呼ばれたと思っていただろうが、それは後回しだ」
「何か別の任務が決まったのですか?」
団長は不満気に息をもらし、アナスタシアの目を見て一枚の紙を差し出した。
「これは? 見てもよろしいのですか?」
それはザイトブルクへの使者に任命すると書かれた、セーファス殿下直筆の命令書だった。
「ああ、セーファス殿下直々に、お前を指名してきた。あの三人組の身元を確かめに行く役目を、お前に任せる。ザイトブルクに渡り、ユーリス族の族長に会ってこい。ホークの持っていた指輪を持ってな。兵士や騎士を何人も連れて行けないから、マルクスをお前に付ける事にした。それにジュリアス殿下がザイトブルクまで同行してくれるそうだ。護衛としては、最高の人材だな」
私がザイトブルクに? ただでさえ相手側を刺激しないよう気を使うべきなのに、ランスウォールの人間が行って大丈夫なのかしら? ジュリアス殿下に使者をさせる訳にはいかないかも知れないけれど、護衛をさせるのもどうかと思うわ。
「これはもう決定事項だ。ジュリアス殿下の都合で、明後日出発だそうだから、今から牢に入っているやつらに詳しい話を聞いておいた方がいいぞ。本人を連れて行けない分、向こうも自分の子供だと確認できないと意味が無い。字が書けるなら、手紙を書かせても良い。その代わり、中身はきちんと確認しろよ?」
「は、はい。では早速、話を聞いて参ります」
「身元を確認しに行くだけだ。そんなに緊張する必要は無い。ジュリアス殿下が一緒なら大丈夫だから、肩の力を抜けよ。ザイトブルク側は、思っているほど危険な国じゃないらしいから」
団長はそうは言いながらも、少し心配そうな表情でアナスタシアを見ていた。本来役人がすべき仕事を、騎士に回して来た事に納得できないでいたが、自分達のトップ直々の命令ならば飲み込むしかないだろう。
アナスタシアは団長室を出た後、手紙を書く道具一式を箱に入れて、牢にいる三人に会いに向った。
自分が使者としてユーリス族に会いに行く事になったと知らせると、三人はホッとしたのか、脱力して床に座り込んでしまった。
「本当に、あなたがわたし達の故郷に行ってくれるのか? ならもう大丈夫だな、モス、ピッペ。この国の役人がどんなものかは知らないが、わたしが見てきた他国の役人は少なくとも善人とは呼べない者が多かった。使者を立てると聞いても、安心できなかったが、そうか、あなたが……あ、ちょっと手を出してくれるかな?」
ホークは懐に仕舞っていた守り袋を取り出して、中に入っている紋章入りの指輪を取り出すと、鉄格子から手を伸ばしてアナスタシアの手を取り、それを左手の中指に嵌めた。
「これをあなたに託します。子供の頃のわたしの手に合わせて作られた指輪ですが、どうやらサイズはピッタリなようですね。ユーリス族の住む森に入ったあと、出会った者にこれを見せて下さい。族長に会わせてくれるでしょう」
「大事な物でしょうけど、お借りしますね。ご家族に宛てて手紙を書くことを許されています。手紙を書きますか? 道具は用意して来ました」
アナスタシアは持って来た箱を格子の隙間から手渡すと、彼らが家族に宛てた手紙をゆっくり書けるように、その場から離れようとした。
「あ、待って。これには何を書いても良いのだろうか?」
「私が後で読ませてもらいます。ご家族が本人だと分かるように書いて下さいね。例えば、家族しか知らないエピソードだとか、後は、家族の知る自分の体の特徴も書いてくれると助かります」
「ああ、なるほど。手紙はいつ取りに来る?」
「明日の朝、取りに来ます。それまでにお願いしますね」
夕食時にテッドとハワードに今回の任務の事を伝えると、二人して「リサによろしく」と、何ともお気楽な返事が返ってきた。
翌朝三人から手紙を受け取ったアナスタシアは、ザイトブルクに向う準備を急ピッチで済ませて、さらにその翌日、マルクス副団長とジュリアス王子と共に、隣国ザイトブルクに向けて出発したのだった。
更新遅くなりました。これにて第3章は終了です。次回第4章からは、ザイトブルク編が始まります。