第二話 『開口一番』
《土館折言視点》
「うーん……やっぱり、電話は繋がりそうにないね」
この街に来てから、たぶん三十分くらい。燦々と照りつける太陽の下、大勢の知らない人たちに押されそうになりながら、私はそう呟いた。
私たち十一人はそれぞれの目的を果たすため、一緒にこの街に来たんだけど……到着早々、この人混みに押されたこともあって、はぐれてしまった。
現在、私と一緒に行動している友だちは、金泉ちゃん、天王野ちゃん、水科君の三人だけ。他のみんなはどこに行っちゃったんだろう。はぐれてからそう時間は経っていないから、そこまで遠くには行っていないはずだけど、辺りを見回してもそれらしい姿は見当たらない。
電話は繋がらないし、メールも送信できない。確かに、これだけの人がいるのだから回線が混雑していても不思議じゃないけど、それは電話が繋がらない理由にはならない。本来、最近の電話は、地球の反対側に行っても地球以外の星に行っても、問題なく使えるほどだから。つまり、大勢の人がいても回線が混雑することはないし、もしそうだとしても電話は繋がるはず。
何にしても、電話が繋がらないのが事実である以上、みんなと連絡を取り合って一箇所に集合することはできない。だからといって、この人混みでは自力で探し出すことも困難だと思う。仮暮先生がいないと予約を取ったホテルにも入れないし、でも警察のお世話になるわけにもいかないし――、
小型通信端末をバッグにしまいながら考え事をしていると、不意に水科君が私たち三人に言った。この場にいる男の子は水科君だけだから、頼りにしよう。
「とりあえず、少し歩くことになるけど、野外音楽堂に行ってみるのはどうかな?」
「野外音楽堂? どうして?」
「ほら、矩玖璃ちゃんがさ、コンサートを見に行くって言ってたでしょ? だから、そこに行けば、矩玖璃ちゃんには会えるんじゃないかなって思ったんだ」
そういえば、施設でみんなと予定を決め合ったとき、海鉾ちゃんは月守ナントカ(名前忘れた)っていうアイドルのコンサートを見に行きたいって言っていた気がする。そのアイドルは私たちと同い年くらいの女の子だったと思うけど、海鉾ちゃんにそういう趣味があったとは知らなかった。いや、もしかすると、みんなと一緒に外出する口実をこじつけただけなのかもしれないけど。
でも、水科君の言い分はもっともだと思う。ライブが何日の何時から始まるのかは知らないけど、そこに行けば矩玖璃ちゃんに会える可能性は高い。みんながいくつのグループに分かれてしまったのかは検討もつかないけど、まずは矩玖璃ちゃんと一緒に行動しているみんなと合流するべきだ。
私が水科君の台詞に同意するかのように頷いていると、それまで天王野ちゃんを慰めていた金泉ちゃんが話に参加した。一方の天王野ちゃんはというと、地曳ちゃんとはぐれたことが相当ショックだったのか、浮かない表情をしている。
「野外音楽堂というと……ここから西に直進して行けば辿り着けるはずですわ」
「電話は繋がらないけど、現在位置だけは確認できるみたいだから、不幸中の幸いだね」
「それはそうと、ここから結構な距離を歩くことになるんだけど、三人は大丈夫? 僕は大丈夫だけど、みんなも長旅で疲れてるだろうし」
「私は大丈夫だよ」
「私もですわ。ただ、天王野さんは――」
金泉ちゃんの台詞の直後、私たち三人がすぐ傍で小さく蹲っている天王野ちゃんに視線を移した。うん、どう見ても大丈夫そうには見えない。熱中症とかそういう類の症状じゃなくて、地曳ちゃんと離れ離れになったのが原因なのは明らかだけど、どうしたらいいんだろう。
「それじゃあ、もし葵聖ちゃんが疲れ切っちゃったら、僕がおんぶして行くことにしよう。それまでは、折言ちゃんと霰華ちゃんが交代で、葵聖ちゃんの手を引っ張ってきてくれるかい?」
「うん、分かったよ」
「分かりましたわ、そうしましょう。ほら、天王野さん。地曳さんと再会するためにも、頑張りますわよ」
「……分かった、頑張る」
金泉ちゃんに手を引っ張られながら、天王野ちゃんはゆっくりと歩き始めた。私と水科君は心配のあまり顔を見合わせたけど、まずはみんなを捜さなければ何も始まらない。そう思って、天王野ちゃんを励ましつつ、余計な心配をかけないようにしようと決めたのだった。
そういうわけで、この私土館折言と、金泉霰華ちゃん、天王野葵聖ちゃん、水科逸弛君の四人は、月守ナントカ(名前忘れた)のライブが行われるらしい野外音楽堂に向かい、まずは海鉾ちゃんを捜すことにしたのだった。
「對君と午言、今頃どうしてるかな……」
對君とは冥加對君のことであり、つまるところ私の恋人だ。まぁ、對君は何度も私を助けてくれた勇気ある男の子だから、こんな状況に臆してはいないだろう。それに、あの一件のときはもっともっと辛い現実を目の当たりにしたんだから、この程度ならどうってことはないと思う。
むしろ、心配なのは午言の方だ。あの子はこの世界では存在していないことにされているから、その事実を知っている人に遭ってしまうとまずいことになる。とはいっても、私を含めてその事実を知っているのはせいぜい二十人以下のはずだから、その心配は必要ないかもしれない。
どちらかといえば、午言の性格と人間性の方を心配するべきかも。あの子ってば、時と場所と話し相手を考えずに大はしゃぎすることが多いから、何かとトラブルを引き寄せやすい印象がある。特に、今回みたいに大勢の人がいる場所では何をすることやら……。
「……大丈夫かな……」
私は誰にも聞かれないように、小さくそう呟いた。
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《土館午言視点》
「――というわけで、一緒にこの街に来たはずのボクたちはいつの間にかはぐれてしまったのだった!」
「……まこちゃん、誰に言ってるの?」
「独り言だよ?」
ボクたちがこの街に来ることになった経緯とか、はぐれてしまった原因とか、電話が繋がらない件とか、色々と一人語りでもしようと思っていたけど、やっぱりやめた。何となく、お姉ちゃんやお義兄さんと被りそうな気がしたから。理由なんてないし、ボクの力を使ったわけじゃないけど。
まぁ、何はともあれ、お姉ちゃんやお義兄さんとはぐれてしまったというのは、偽ることのできない紛れもない事実というわけだよ。今頃、あの二人とその他大勢のみなさんはどうしてるかなー。さすがにこれ以上トラブルを引き寄せるなんてことはないと思うけど、心配ですなー。
……ん、ちょっと待てよ。もし、もしものお話。可能性としては限りなくゼロに近くて、むしろマイナス方向に振り切っているかもしれないレベルの話だけど、お姉ちゃんとお義兄さんが二人きりで行動していたとしたら、どうなる。
あの二人は施設では週五以上のペースでギシギシアンアンとヤりまくってるわけだけど(やや捏造含む)、二人きりになった瞬間にボクたちという枷が外れて、リミッター解除してしまい、それ以上の行為に及んでしまったら?
それはつまり、具体的にどうこうとやかく言うつもりはないけど、ナマでナカでということに他ならず、数ヵ月後にはお姉ちゃんのお腹が大きくなったり、さらにその数ヶ月後には施設に十二人目以降が増えたりしてしまう事態に発展することになってしまうのでは……!?
「ハッ! こうしてはいられないッ!」
「ちょ、ちょっと、午言さん!? どこに行くつもりで――」
「お姉ちゃんのところですよ! お姉ちゃんに、お義兄さんの子どもを産ませるわけにはいきません!」
「えっと……何の話ですか?」
「ようは、お姉ちゃんにはボクとの子どもを孕んでもらうということです!」
「……えっ?」
くっ、何ということだ。この人、どうやらボクの台詞が理解できていないらしい。どうせ、『女性同士では子どもは作れませんよー』とか『あなたと折言さんでは近親相姦ですよー』とか、そんなことを考えているんだろう。
だが、しかし、現代医学というものは素晴らしいもので、そんな難題をも悠々と跳び越えることができるのだ! 女性同士でも作ろうと思えば子どもくらい作れるし! それに、ボクとお姉ちゃんはたぶん種違いの姉妹だから、世間一般で言われている近親相姦とは少し違うはずだし! そもそも、このボクのお姉ちゃんに対する愛情は、法律とか世間とかそういうものに打ち負かされるはずも気も道理もない!
ふっはっはー……はぁ、疲れた。
まぁ、別にいいか。たとえお義兄さんとの子どもでもお姉ちゃんの分身には変わりないし、正直見てみたい気もする。それに、あのお義兄さんなら、こんな時期にそんな過ちは犯さないだろう。お姉ちゃんのことは言葉通り滅茶苦茶に犯してもね。
余計な心配して、無駄に体力使っちゃったよ。最近は薬が尽きかけてるって先生から聞いていたから、少しでも日数を持たせるために一回あたりの量を減らしていたけど、そのせいかな。何だか、前に比べて疲れやすくなってるし、その疲れも取れにくくなってる気がする。
まぁ、元々ボクは生命維持装置の中でしか生きられない存在だったわけで、こうして生身の肉体を得てお姉ちゃんと触れ合ったりお姉ちゃんを揉みしだいたりできている方が異常なわけで。今の状況が続いても、ボクはこれ以上の幸福を求めたりはしないし、不満を零したりはしないよ。
それに、ボクのこの肉体を維持させている薬は、目的地である研究所に必ずあるというわけじゃないんだよね。諸々の事情から捨てられちゃってるかもしれないし、もしそうだったら、再調合するのに何ヶ月もかかるっていう話も聞いている。たぶん、その頃には、ボクはまたあの冷たい生命維持装置の中で過ごすことになっていると思うけど。
超能力に匹敵するほどの運の良さがあっても、自分のために使えないっていうのは、不便だよねー……。
そんな暗い話はさておきとして、今ボクは先生、地曳さん、木全さんの三人と共に行動している。現在位置は、施設から一番近い街とこの街を繋いだリニア新幹線が通っている駅から数十メートルのところだ。
つい数分前までお姉ちゃんやお義兄さんたちと一緒にいたはずだけど、いつの間にかこの人混みに紛れてはぐれてしまった。電話は繋がらないし、連絡の取りようがない。よしよし、状況説明はこんな感じでいいだろう。
不意に、先生がボクたちに提案した。
「ひとまず、このままここにいても仕方がないので、先に私たち四人だけで研究所に行きませんか?」
「でも、それだと、きーたんたちは――」
「ええ、分かっています。いずれは、ここにいない七人を捜すつもりです。ですが、今は連絡が取れない上に緊急時の待ち合わせ場所も決めていなかったため、それは断念せざるを得ません。なので、まずは研究所に行って、薬品を入手するべきだと考えました。それに、みなさんは先生や午言さんが研究所に行くということを知っているはずですから、その近くで会えるかもしれません」
「それもそう、ですね」
「それにしても、何で電話が繋がらないんだ? あ、仮暮先生は何か思い当たる節はありませんか?」
「これといって思い当たる節はありませんが、回線が混雑していることが原因とは思えません。特に最近では回線が混雑したという話は聞きませんし、たとえそうだとしても、その程度で連絡が取れなくなるというのは無理があります」
「ということは?」
「あくまで推測ですが、何者かが回線を占領しているとか、妨害電波を出しているとか、そういう可能性が考えられます」
「占領か妨害……必ずしもないとは言い切れないが、やはり可能性としては低い気が……」
うーん、何でだろう。ボク、さっきからまったく会話に参加できていない気がするんだけど。この三人が意図的にボクをハブにしているってわけではなさそうだけど、このクソ暑い中で人混みに揉まれながら不測の事態に対処しないといけないってことで、みなさん頭が沸騰しそうになっていやがるのかもしれない。
まぁいいや。んで、何だったっけ。あぁ、何者かが回線を占領していたり妨害電波を出しているから、電話が繋がらないんじゃないかっていう説を先生が提唱したんだった。
確かに、それはボクも少しだけ考えていた。というか、それ以外にどういう可能性があるというのか。そもそも、回線が混雑する可能性が低く、たとえそうなっていても電話が繋がらない可能性はさらに低いという状況で、連絡機能のみが使用不可になっている。どう考えても、何者かの力が働いているのは明らかだ。
しかも、ついさっきネットを適当に閲覧してみた限りでは、どうやらこの状況はボクたち以外は認知していないらしい。それらしい検索をかけてみても、ネットには今の状況に合致する記事は見当たらなかったからね。日本全体だとか、世界各国でとか、そういう広範囲に及んだ出来事ではないというのは間違いないだろう。
とまぁ、そーゆーわけで。このボク土館午言と、太陽楼仮暮先生、地曳赴稀さん、木全遷杜さんの四人は、例の研究所に行くことになったのだった。
いやはや、たまにはこういうのもいいよね。何だか、今日は色々起きそうだ。