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第一話 『帰省』

《冥加對(みょうがつい)視点》


 見渡す限り、辺り一帯は大勢の人でごった返している。数年後には世界人口は百億人を突破するという話だけど、何と言うか、もはやその大半がこの場所に集結しているのではないかと思えてしまう。もちろん、せいぜい数千人程度なのは分かっているけど。ようは、それくらい混み合っているということだ。


 芋の子を洗うような状態になっていることも然り、本日が夏休み真っ只中で最高気温が三十度を軽く超えていることも然り、どうにも蒸し暑い。一応、通気性の良い服を着てきたけど、それがまったく機能していないような気さえする。


 何はともあれ、そんな悪環境の中、この俺冥加對(みょうがつい)は呟いた。


「は……はぐれた……」


 己の額から、暑さによる汗とそれ以外の意味の汗を滴らせつつ、俺は改めて周囲を見回した。しかしそこには、つい数分前まで一緒に行動していたはずのみんな……つまり、精神異常者収容所という辺境の地にある施設で共同生活をしている友だちと先生の姿はない。


 だけど、幸いなことにも、俺が彼ら全員とはぐれて一人ぼっちになったわけではない。二人だけ、心強い友だちが今尚俺と共に行動している。


 不意に、そのうちの一人から声をかけられた。


「ねーねー、冥加くん。これからどうするー?」

「あぁ……そうだな。とりあえず、みんなを捜さないと――」

「えー!? そんなのつまんないよー、どこかに遊びに行こうよー! というか、こんなに大勢の人がいるのに、この中からみんなを見つけ出すなんて無理だよー!」

「別に自力で見つけ出さなくても、一人一人に連絡すれば済むと思うけど……」


 この蒸し暑い中でも、海鉾矩玖璃(かいほこくくり)は持ち前のテンションの高さが衰えることを知らなかった。むしろ、慣れていないであろう人混みに揉まれ、異常気象と過大評価しても問題ないような環境で頭が沸騰してしまった結果、普段よりも余計にうるさく……もとい騒がしくなっているのかもしれない。


 海鉾の言い分はもっともだけど、それはあくまでこの人混みを掻き分け掻き分けしてみんなを捜す場合の話だ。通信機器が出回っていない数百年前の話じゃあるまいし、ここは潔く現代のテクノロジーに頼るのが無難だろう。


 電話をかけるのもいいけど、メールの方が確実かもしれない。これだけ混み合っていては、電話をかけても声がかき消される可能性があるし。そんなことを考えながら俺がポケットから小型通信端末を取り出した直後、一緒に行動しているもう一人の友だちが俺に言った。


「冥加。それ、今日は役に立たないと思うわよ」

「ん、何でだ?」

「画面を見たら分かると思うけど、電波が通じていないみたい」

「……え?」


 海鉾のすぐ隣に立つ火狭沙祈(ひさばさき)は手の中で自分の小型通信端末を弄びながら、俺に画面を見るように促した。俺は火狭の台詞を半信半疑に思いながらも、自分の小型通信端末の画面を確認した。


 その結果は、火狭が言った通りだった。まず、画面には『インターネットに接続されていません』という文字がでかでかと表示されており、電波の強さを示すあのマークにはご丁寧に赤色の×印が打たれている。


 試しに全員宛にメールを送ってみたものの、『送信に失敗しました』というメッセージと共に一つ前のページに強制的に戻された。藁にもすがる思いで最愛の恋人に電話をかけてみたものの、一向に繋がる気配がない。それどころか、そもそも呼び出し音すら聞こえてこなかった。


 何と言うことだ。これじゃあ、俺たちはこの人混みを掻き分け掻き分けしてみんなを捜さないといけないってことになるじゃないか。こんなに大勢の人がいるのに、こんなに蒸し暑いのに。たった三人で、普段まったく来ない都会の街を探索しないといけない。


「はぁ……何で、こんなことになったんだろうなぁ……」


 俺は大きな溜め息を吐きながら、本来ならば精神異常者収容所から出ることを許されていない俺たちがどうしてこんなところにいるのか、その経緯を簡単に振り返ることにした。


 ――――――――、


 この世界の命運をかけたといっても過言ではないあの一件……即ちオーバークロックプロジェクトとそれに関係している一連の出来事の後、この世界は平和な姿を取り戻した。


 俺たちの担任教師である太陽楼仮暮(たいようろうかくれ)先生は、『PIC』という『意図的に長時間の脳内時間のオーバークロックを可能にする機械』を学会に発表することをやめた。それに連動して、かつては世界各国で行われていた第三次世界大戦という名のPIC争奪戦が勃発することもなくなった。


 研究成果を残せなかった仮暮先生は後に学会を追放されることになったけど、その後教師の道に進み、何の因果か俺たちの担任教師になった。俺たち十人の過去はほとんど変わっておらず、そのために精神異常者と診断され、それぞれこの精神異常者収容所に強制送還されることになった。でも今になっては、俺たちは世間一般の人と何ら変わらない人格を持ち、友だち間で存在していた隔たりも全てが解消された。


 それは、宇宙の真理を理解して、第三次世界大戦を食い止めるために、オーバークロックプロジェクト開始してから、九六〇回目の仮想世界で、俺がそうしたように。みんながみんなの心中を打ち明け、相手への不満をぶつけ合った上で、完全に和解した。


 当の俺も土館折言(つちだておこと)という恋人との関係が進展したりしたし、折言の実妹である土館午言(つちだてまこと)は肉体を得ることに成功した。筋肉や骨を持たず、ほとんど内臓だけの状態で出生することになった午言は、ある人による手術で、今では人造人間のようなホムンクルスのような存在になっている。


 そんなわけで、俺たち十人と担任教師である仮暮先生を含めた十一人は、外界からの介入のない辺境の地で、毎日楽しく平穏な日々を送っていた。


 あの一件から一年近くが経とうとしている頃(厳密には十ヶ月程度)、仮暮先生の台詞をきっかけにして、約一週間後に俺たちは街に赴くことになる。


「みなさん。先生から一つ、ご連絡があります」


 その日の授業は何時間も前に終わっており、俺を含めたみんなはリビングで各々の時間を過ごしていた。とはいっても、俺たちはそのほとんどが恋人持ちであり、毎日のこの時間はそれぞれの恋人と過ごす時間に当てられていた。もちろん、俺は折言と楽しく他愛のない話をしていた。


 俺を含めて仮暮先生の呼びかけを聞いたみんなは、すぐに黙って仮暮先生の方を向いた。唯一、一人でソファに寝転がってテレビを見ていた海鉾だけはそれに気づいていなかったけど、俺が声をかけると、意識をテレビから仮暮先生に移した。海鉾が見ていたテレビの画面には、『二次元アイドルと三次元アイドルの対決!』という、よく分からない内容の番組が映し出されていた。


 そういえば、さっきから午言の姿を見かけていないような気がする。普段なら俺や折言と一緒に談笑しているか、海鉾と一緒にテレビを眺めているか、レズの魔の手に犯されそうになっているか、そのどれかなのに。


 しかし、仮暮先生は午言がいないことに気づいていないのか、午言以外の俺たちが揃っていることを確認すると、淡々と話し始めた。


「近々、先生は一週間ほど、ここを留守にすることになりました」

「随分と急な話ですね。何かあったんですか?」

「実は、午言さんの肉体を維持させている薬品が、あと一ヶ月ほどで尽きてしまうんです。なので、午言さんを手術した研究所に、その薬品を取りに行かないといけないんです」

「でも、ここの周辺って色々危険なものが出てきたり埋まっていたりしている、っていう話でしたよね? だから、衣食住に必要なものは全部、地下のパイプから運ばれてくるって――」

「ええ、確かにその通りです。ですが、午言さんの肉体を維持させている薬品だけは例外なんですよ。そもそも、午言さんの存在は未だにこの世界では正式に認められていません。そんな彼女の肉体を維持させるために必要な薬品を、地下のパイプから運ぶことはできないんです。たとえ形状や容器を変えたとしても、途中で検閲に引っかかってしまいます」

「なるほど、そういうことですか」


 つまりはこういうことらしい。


 1:午言はホムンクルスのような存在になっており、その維持には特別な薬品が必要。

 2:しかし、あと一ヶ月でその薬品が尽きてしまうため、早急に入手する必要がある。

 3:ただ、諸々の事情から地下のパイプを使ってその薬品を運ぶことはできないため、仮暮先生が直々に研究所に取りに行く必要がある。


 俺は午言がまだディオネだった頃、つまり一年前以前の過去改変前と一年前以降の過去改変後の記憶しか持っていない。だから、ホムンクルスのような存在になっている午言がこの過去改変後の世界でどうしていたのかは知らないけど、そんな制約があったのか。


 今になって思い返してみれば、午言は食後毎に何種類かの薬を飲んでいたような気がする。俺を含めてこの施設にいるみんなも精神安定剤などの薬を服用することは珍しくないため、そのときは聞かなかったけど、あれも重要なことだったんだな。


 というか、俺以外の八人は仮暮先生の話に大して驚いていないことから、前々から知っていたということになる。だけど、俺と同様の状況の記憶しか持たない折言はそのことを知らないと思うけど……午言の実姉という立場上、以前から午言や仮暮先生から話を聞いていたのかもしれない。


 俺が仮暮先生に『ところで、当事者の午言はどこに?』と聞こうとした直前、一人が俺の台詞を阻んだ。俺の親友である木全遷杜(きまたせんど)の恋人であり、今は遷杜にベッタリと引っ付いている金泉霰華(かないずみせんか)だった。


「丁度いい機会ですので、私(わたくし)からも一つ。私、夏休みが終わるまでに一度だけ、実家に帰ってくるようにと両親から言われているのですわ。大した用事ではないという話でしたけど、数日はあちらに滞在する予定ですわ」

「そういえば、金泉は両親と仲直りしたんだったな」

「ええ、まぁ」


 金泉の両親は『FSP』という警察のような働きをしている組織のトップだ。あの一件では、警察の代わりに仮想世界やこの世界を牛耳っていたり、特殊拳銃などの凶悪な兵器を生み出していた。過去改変後の今となってはそこまでのことはしていないらしく、警察と協力して治安維持に努めているという話だ。


 金泉はFSPの目的と両親の考えを受け入れることができず、幼い頃から両親を嫌っていた。重度の精神異常者として診断されるきっかけになってしまったのもそれが原因なわけだけど、今になっては恋人関係にある遷杜と出会えたのもそれがきっかけ、という数奇な人生を歩んでいる。


 今説明した通り、どういう風の吹き回しか、FSPはその活動方針を百八十度とまではいかなかくても九十度ほど変えた。加えて、いつの頃だったか、両親からこの施設にいる金泉に電話がかかってきて、謝られたらしい。そういうこともあって、金泉は前よりは少しだけ両親やFSPを受け入れ、一応は仲直りしたということになっている。ただ、金泉本人はそのことを認めてはいないみたいだけど。


「俺も野暮用があってな。霰華と二人で出かける予定になっていたんだ」

「ん、遷杜も? というか、野暮用って何だ?」

「まぁ、その、何だ。たまには実家に帰るのも悪くないだろうって思っただけだ。それに、霰華から一緒に来てほしいって言われているしな。丁度、霰華の両親にも挨拶しておいた方がいいと思っていたこともある」


 遷杜は様々な武道を扱う名家の一人息子として生まれ、幼少期からその次期当主として毎日のように辛い鍛錬の日々を送っていた。その影響もあって、遷杜の体力や腕力は同い年の俺たちとは雲泥の差であり、遷杜自身も同級生には喧嘩で負けたことがないと言っていたのを覚えている。


 しかし、生まれつき少し変わった不幸体質を抱えていた遷杜は喧嘩の強さも相まって、小・中学生時代の同級生から嫌がらせを受けた経験がある。その嫌がらせがきっかけとなり、辛い鍛錬の日々に鬱憤を覚えていた遷杜はついにそれが爆発してしまい、大勢の同級生や教師たちを病院送りにした結果、重度の精神異常者として診断された。


 でも、遷杜は本当は仲間想いのいい奴なんだということを俺たちは知っている。その最たる例が、今も遷杜にべったりくっ付いている金泉の存在だろう。幼き日の遷杜が金泉の自殺を止めていなければ金泉はここにいないし、それ以外にも色々とよくない方向に物事が進んでいたのは想像に難くない。


 それにしても、遷杜よ。恋人である金泉の両親に挨拶って、『娘さんを下さい!』とか言うつもりじゃないよな……? いや、最近の遷杜ならやりかねないし、二人はこれからも一緒にいるだろうから早とちりとかじゃないとは思うけど、準備はしておいた方がいいぞ、と心の中で助言しておこう。


 そういえば、一ヶ月くらい前に男子三人で話したときは金泉との恋人関係の進展がほとんどないことを嘆いていたけど、あれから少しは進んだんだろうか。キスは済ませたけど、裸を見せてもらったことがないどころか、胸すら触らせてもらっていないようなことも言っていたし……あ、俺と折言はもう少し先まで進んでます。具体的にはエ――、


 まぁ、金泉は思慮分別がはっきりしているし、少なくとも学生のうちはそれ相応の健全な付き合いをしたいと思っていそうだから、当分は無理だろう。別に、俺と折言の付き合いが健全じゃないってわけじゃないけど、金泉自身かなりガードが固い方だから……耐えるんだぞ、遷杜。


 俺が遷杜の台詞を聞き届けると、ついでとばかりに火狭の恋人である水科逸弛(みずしないっし)が口を開いた。逸弛は持ち前の爽やかな雰囲気を振り撒きながら、俺たちの視線を集めたことを確認しつつ、話を進めていく。


「へぇ、遷杜君と霰華ちゃんも、夏休みにお出かけする予定だったんだね」

「遷杜と金泉も(・)?」

「あ、そうだ。まだみんなには言ってなかったね。実は、僕たちも用事があって、一週間くらい外出許可をもらおうかと思っていたところなんだ」

「ねー」


 逸弛の台詞に対応して、すぐ隣に腰掛けている火狭が楽しげに逸弛に微笑みかける。あの一件以前、かれこれ一年前はこの二人のことをバカップルだとか何とか思っていたけど、今となってはそんな風に思わなくなった。たぶん、折言が俺の恋人になってくれて、それなりに関係が進展したからだと思う。


「そうだったのか。それで、逸弛と火狭の用事っていうのは何なんだ?」

「うーん、買い物とか色々かな。全部説明してると明日になっちゃうよ」

「ほら、ここは衣食住には困らないようになってるけど、何かと制限が多いでしょ? だから、たまには好きなものを好きなだけ買いに行きたいってわけ。それに、逸弛と二人きりでデートもしたいし。むしろ、そっちが本命だし」

「だろうな」


 逸弛と火狭は幼少期から近所に住んでいる、いわゆる幼馴染という関係だ。加えて、逸弛の父親と火狭の母親が幼馴染だったり、逸弛の母親と火狭の父親が幼馴染だったり、と範囲は狭いのに人間関係が妙に複雑になっている。


 逸弛は一般的な家庭に生まれ、火狭は大企業に勤める父親の一人娘として生まれた。一見、気が合いそうにない正反対の性格をしている二人だけど、少しずつ仲良くなっていった。火狭は幼少期から重度の人見知りであり、逸弛はそんな火狭の人見知りを治すために見本となろうとして常に誰にでも明るく振舞った。それが、二人の今の性格や人格形成に大きく影響している。


 二人は両親の死や同級生による虐めなどに悩まされながらも、助け合いながら生きてきた。火狭の父親が強盗に殺されたということになってからは、真の意味で二人だけで生きてきた。


 あるときから、二人の周囲で連続して両親が死亡したという噂が広まってしまう。そのことがさらに二人を悩ませる原因になり、今では想像もつかないが荒れた時期もあったのだという。加えて、二人の生い立ちも診断結果に含められ、二人はこの施設に来ることになった。


 逸弛と火狭はあの一件の際、仮想世界開始時点から恋人ということになっていた。それもそのはずで、二人はオーバークロックプロジェクト開始以前から恋人関係にあり、さらに言うと、この施設に来る前から恋人関係にあった。


 つまり、この施設内で最初のカップルとは逸弛と火狭のことを指し、その中で最も関係が進展しているのも逸弛と火狭だ。最近はどんなことになっているのか、怖くて聞けていない。夜な夜な逸弛の部屋から火狭の大きな喘ぎ声が聞こえてくるけど、たぶん気のせいだろう。


 まぁ、一言で簡単にまとめてしまえば、逸弛と火狭はバカップル極まりないというわけだ。うむ、さっきと言っていることが違う気がするけど、気にしないでおこう。


 それにしても、仮暮先生に続いて遷杜金泉ペアだけじゃなく、逸弛火狭ペアまで夏休みに出かける用事があったとは知らなかった。何週間も前から決まっていたのなら、その頃に連絡があっても不思議じゃないし、もしかすると、最近決まったばかりなのかもしれない。


 ふと逸弛と火狭から視線を移すと、そこには地曳赴稀(じびきふき)と天王野葵聖(あまおおのきせい)の姿があった。地曳と天王野は俺たちに背を向けて、何やらこそこそと話をしているのが分かった。いったい、何の話をしているんだろう。俺がそんな風に思った矢先、二人が振り返って、それぞれ声を発した。


「この流れに便乗して、私たちからもご報告が……ほら、きーたん。自分から言わないと」

「……えっと、ワタシも、夏休みに用事がある」

「え、天王野と地曳もなのか?」

「……うん」

「それじゃあ、きーたんからは言いにくいだろうから、私から言わせてもらおう。実はね、きーたんを引き取ってくれた人たち……義理の両親ってことになるのかな? その人たちから色々と話があるみたいで、夏休みに少しだけ家に帰らないといけないんだよ。私はあの人たちがきーたんに何をしたのか知っているから行かなくてもいいよって言ったんだけど、きーたんは話し合いでケリをつけるってことにしたんだよ。今回ばかりはきーたんって偉いなーって思ったよ。頑張ろうね、きーたん」

「……頑張る……!」

「ちなみに、地曳の用事は?」

「きーたんの恋び――じゃなくて、保護者として、同伴するだけだよ。やっぱり心配だからね」

「あー……何となく理解した」


 元々、天王野には大勢の兄弟姉妹がおり、両親共々幸せな日々を送っていた。天王野は末っ子というわけではないが、特に母親には懐いており、根っからのお母さんっ子だったらしい。しかし、天王野の家族はある日強盗が家に侵入した際に全員殺されてしまい、天王野ただ一人だけが犯人たちの死体に囲まれる形で生存しているのを発見された。


 その後、天王野は叔父と叔母に引き取られることになる。天王野の義理の家族となった彼らは天王野のことを慰めようとしたが、家族を全員失い、最愛の母親を目の前で殺された天王野はそれを受け入れることができなかった。結果、天王野に愛情を受け入れられなかった義理の家族にも鬱憤が溜まり、天王野に八つ当たりをするようになってしまう。


 しばらくして、天王野はこの施設に引き取られることになった。何でも、天王野の周囲で不審な死や奇怪な事件が頻発したということで、社会不適合者としてこの世界から追放したかったというのが理由らしいけど、その真偽は定かではない。もしかすると、天王野に対する義理の両親の暴力を見かねた誰かが、彼らから遠ざけるための場所としてここを選んでくれたのかもしれない。


 話は百八十度転換し、地曳の解説に移る。地曳はどうしようもないくらいの不幸体質の持ち主だ。両親はもちろんのこと、二人いた妹さえも不幸体質持ちという、不幸体質一家に生まれ育った。常日頃から不幸な出来事ばかりが起きるものの、地曳はそれに屈することなく、家族とともに生き抜いた。


 しかし、不慮の事故によって両親と最愛の妹たちを失い、地曳はただ一人だけ取り残されることになってしまう。加えて、家を失ったことや事故の唯一の生存者としてマスコミに追われる日々、極めつけは同級生からの虐めや元々の不幸体質が招く不幸な出来事が重なり、地曳は精神を病んでしまう。その結果、深夜徘徊を繰り返しては非行に走ってしまい、逮捕後、この施設に来ることになった。


 天王野と地曳。二人は性格も外見的特徴もまったく異なる。しかし、二つだけ、互いに相手の隙間を埋められる共通点を持っている。無論、身体的にではなく、精神的にという意味でだ。


 一つ目は、二人とも家族全員を失ったということ。それはつまり、天王野にとって最愛の存在である母親と、地曳にとって最愛の存在である妹二人さえも失ったということに他ならない。だから、天王野は地曳のことを母親として、地曳は天王野のことを妹として、気にかけながら仲良くなっていった。


 二つ目は……二人ともレズであるということ。やや男性恐怖症の天王野はともかくとして、地曳が非行に走っていた際の被害者の大半は小学生くらいの女の子ばかりであり、重度のロリコンであることが分かる。まぁ、今となってはかつてのことを後悔しているみたいだけど、レズとしての素質だけは健在ということらしい。さっき、地曳が天王野のことを恋人と言いかけたのも、そういうことが理由だったりする。


 何はともあれ、凸凹コンビではあるけど、地曳と天王野は仲の良い姉妹のように見え、仲の良い母子のようにも見える。二人が恋人関係にあろうと、肉体関係にあろうと、仲が良いことに越したことはない。


 地曳の台詞の後、みんなの台詞を聞きながら考え込んでいた仮暮先生が、不意に口を開いた。


「ということは、冥加君、折言さん、海鉾さんの三人以外は夏休みに外出する用事があるってことですか?」

「まぁ、そういうことになるんじゃないですか?」

「冥加君と折言さんと海鉾さんは、夏休みにどこかに行きたいとか、何か用事があったりはしませんか?」

「俺は何も考えてませんでしたけど、折言はそんな感じのこと考えたりしてた?」

「ううん。私は夏休みは對君と一緒にいたり、受験勉強したりしようと思ってたから」


 あぁ……やっぱり、折言は可愛いなぁ。性格も容姿も何もかもが可愛いのはもちろんのこと、一つ一つの仕草が可愛いのはもはや最高だ。うぅん、今すぐ抱き締めたい。この華奢な体に付いている大きな胸に顔を埋めてしまいたい。


 ……などと惚気満載な台詞を心の中で呟きながら、誰もが幸せになれる笑顔を見せてくれた折言に俺も笑顔で返答することにした。


 俺の恋人である土館折言には、今この場にはいないが土館午言という双子の妹がいる。ただし、二人の名前は本名ではなく、厳密には本来はそう名づけられるはずだったというものだ。折言の本名は土館誓許(つちだてせいきょ)といい、午言には本名と呼ばれるものがなく、ディオネと呼ばれていた。


 土館姉妹は母親が大勢の男性に襲われたことでこの世に生を受けた。母親は元々体が強い方ではなく、双子が産まれるということもあり、難産であることを危惧されていた。結果、双子の姉である折言は全身が不自由になるという障害を抱え、双子の妹である午言は人としての形を保てていない状態で出生した。


 そんな状態で出生したために午言は人として認められず、母親は彼女に名づけることを許されなかった。そこで、姉である折言に二人分の名前をということで『誓許』と名づけ、仮に午言の呼び名を『ディオネ』とした。


 午言が生命維持装置に放り込まれてから、不自由な体の折言を抱えながら、母親は休むことなく働いた。そして、その僅かなお金で折言に手術を受けさせたことにより、その不自由な体は一応回復の兆しを見せ始めた。とはいっても、オーバークロックプロジェクト以前は、ずっと車椅子生活だったけど。


 後に、母親の体調不良をきっかけに、折言は今まで以上に働いたり犯罪に手を染めたりしたが、警察に捕まってしまうこともあった。それ以降、様々な症状に悩まされ、最終的にこの施設に来ることになった。同時に、詳しい事情は知らないけど、午言もこの施設に来ることになった。


 知っての通り、折言の不自由な体はもう完治しており、本来の機能と遜色ない状態になっている。また、午言はある科学者による手術によって肉体を得ることに成功し、今ではホムンクルスのような存在になっている。そのため、その肉体維持に必要不可欠な薬品を補給するために街に行く必要がある、というのが仮暮先生の話だった。やっと話が繋がったな。


 折言の台詞を聞き届けた後、俺はソファに座りながらチラチラとテレビを見ようとして落ち着かない様子の海鉾の方を向いた。今は話し合いをしているんだから、あとでゆっくりテレビを見ればいいのに、そんなに面白い番組だったんだろうか。そんなことを思いながら、俺は海鉾に話しかけた。


「それで、海鉾はどうなんだ? みんなみたいに、夏休みに何か用事があったりしないのか?」

「んー、わたしはそーゆー予定はないかなー。帰省しないといけない理由もないし、個人的に足りていないものもないし」

「そうか、それなら――」

「……むっむむっ!」

「どうかしたのか?」


 見てみると、海鉾は再びテレビの画面に釘付けになっており、その表情を歓喜とも驚嘆とも言える色に染めていた。というか、あまりの嬉しさに心底驚いていた、といえば伝わると思う。


 俺も海鉾が見ているテレビの画面を見てみた。すると、そこには月守御散(つきもりみちる)というアイドルが出演するライブやらコンサートやらの日程が表示されていた。


 俺は詳しいことはよく知らないけど、最近では人工知能を持った、いわゆる二次元アイドルや電脳アイドルと呼ばれる人(?)たちがいるらしい。三次元アイドル、つまり生身の人間が演じているアイドルはそういう人たちに押され気味という話を聞いたことがあるけど、ああしてテレビで宣伝をしているのを見る限りでは、まだまだ現役なんだと思えた。


「仮暮先生!」

「きゅ、急にどうしたんですか?」

「気が変わりました! わたし、夏休みに急用ができたので、外出許可をもらえますか!? 具体的には、今年の七月二一日の前後数日間!」

「そ、それは構いませんけど……急にどうしたんですか?」

「コンサートに行かないといけないので!」

「……コンサート?」


 妙にテンションが高くなりソファの上で飛び跳ねている海鉾を、仮暮先生は眉をひそめながら首を傾げて眺めていた。どうやら、さっきのアイドルのコンサートが近くの街かどこかで行われるらしい。おそらくそのアイドルのファンであろう海鉾は、夏休みという長期休暇を利用してそのコンサートに参加しようということなんだと思う。本人に真偽を確認していないから、正確なことは分からないけど。


 というか、『具体的には』とか言っておいて、『前後数日間』は曖昧な表現には入らないんだろうか。


 それはそうと、海鉾について簡単に紹介。海鉾は両親のことを好いておらず、むしろ嫌っているという節がある。もちろん、そのことに理由がないわけではない。海鉾は非常に仲の悪い両親の間に生まれ、幼少期から毎日のように夫婦喧嘩を見せられてきた。場合によってはその火花が無関係の海鉾にまで飛び、幾度となく海鉾に重症を負わせた。


 家にいれば夫婦喧嘩を見るはめになり、入退院を繰り返す日々。そんな日常を何年間も続けた結果、海鉾は鬱状態に陥ってしまい、後に日頃の不満が爆発した際に同級生数人に重症を負わせてしまう。その後、海鉾は首を切って自殺しようとしたところを母親に発見された。


 結果、傷害や自殺未遂などの理由から、海鉾はこの施設に来ることになった。それ以降、海鉾が両親と何かを話し合ったという話は聞いていない。加えて、日頃の海鉾の態度からして、金泉みたいに両親と和解したということはおそらくない。だから、海鉾は『帰省しないといけない理由もない』と言っていたのだろう。


 しばらくして、海鉾の台詞と様子に首を傾げていた仮暮先生が調子を取り戻して、俺と折言の方を向いて言った。


「ということは、冥加君と折言さんだけがここでお留守番することになるかもしれないわけですが――」

「八ッ! 冥加君と折言ちゃんを二人っきりにしちゃうと、この施設全体が二人の愛の巣になっちゃうじゃないか! いかん、それだけはいかん! いや、でも、コンサートも行きたいし……むむ……んがー!」

「いやいや、愛の巣って……」


 海鉾さんよ。さすがの俺だって、場所くらい選びますよ。


「そうだ。先生、いいこと思いついちゃいました」

「え?」

「せっかくですし、十一人全員で街に行きましょう。それぞれの用事を済ませて、日頃の受験勉強の息抜きをするんです。どうですか?」


 というわけで、俺たち十一人はそれぞれの実家があり、例のコンサート会場があるという街に赴くことになったのだった。しかし、到着早々に俺たちは人混みに揉まれ、はぐれてしまった。他のみんながどこで何をしているのか、誰と一緒に行動しているのかは皆目検討がつかない。電話もメールも通じないし、緊急時の待ち合わせ場所なんて決めていないから、何かアテがあるわけでもない。


 ちなみにあの晩、午言はどこで何をしていたかというと……仮暮先生と一緒に街に行くということで、自室にて荷仕度を整えていただけらしい。まぁ、十一人全員で街に行くということが決定し、仮暮先生と午言が予定していた出発日が少し遅れたことを教えると、荷仕度を整えるのをやめて折言に会いに行っていたけど。


 何はともあれ、事件が起きたわけじゃなくてよかった。まったく、余計な心配をさせないでもらいたいものだ。今になって思えば、仮想世界での出来事は散々なことばかりだったからな。どうしても、一つ一つの些細なことが最悪の事態に繋がってしまいそうでならない。


 ……それはそうと、俺たち、これからどうなるんだ?

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