3-1 ラローマの街並み
「お姉ちゃん達、またね~」
「バイバ~イ」
「ええ、また会いましょう」
「ああ、またな」
子供達に見送られ、マーテルとレイアは快活な笑みを浮かべる。手を振りながら別れを告げ、彼らとまた会う約束をした。
マーテルは毎日のように教会を訪れた。そのおかげか、そこの修道女達と仲良くなり、こうして幾度となく孤児院に足を運んだのである。
今日はレイアも付き添いとして同行しており、孤児院で暮らす子供達の相手をしたのであった。
「しかし、疲れたな」
「お疲れ様」
レイアが首を動かすと、小気味よい音がした。肩を回すと、固まっていた筋肉がほぐれていく。
自分に付き合って子供達の相手をしていたレイアをマーテルは労う。
「しかし、何であたしばっか振り回されるんだ?」
レイアは子供達に懐かれ、子供達の運動につきあったり、からかわれたりして、追い駆け回したのだ――特に男の子を。
「性格の問題じゃないかしら?」
逆にマーテルは女の子やおとなしい子に懐かれ、室内で料理を教えたり、裁縫を教えたりなどして、レイアとは正反対の待遇を味わっていた。
「性格って……あたしってそんなに振り回されそうか?」
「う~ん、というよりも全力で相手をしてくれるから、懐かれるんじゃないかしら」
「それ、褒めてるのか?」
「子供達に好かれるのは貴重よ。やっぱり相手は子供っぽい人の方が遊びやすいから」
「そっか……っておい!」
「ふふふ」
からかうようなマーテルの言動に、レイアは見せかけ上は激昂する。
レイアも子供達に好かれるのは心地良いのだ。それがいかなる理由であろうと、その前には霞んでしまう。
「遠征まであと数日か……あたし達は何もしなくてもいいんだろうか?」
レイアはやれることがあるならばしないと気が済まない性質だ。
何もするなという通達が、彼女を迷い子の様に気持ちを迷わせる。
「でも、何もするなという通達がある以上何かするわけにもいかないわ。私達はあくまで雇われ者だから」
マーテルとて現状に歯がゆいものを感じているが、ウォードに所属している以上、国の許可なく行動することは越権行為になりかねない。最悪、罰せられることもあるのだ。
「でも、シヴァがいるんだし、何とかならないかな?」
「そのシヴァさんが釘を刺され、行動しないのだから、私達ではどうしようもないよ」
『勇者』であるシヴァは独自にコロニー攻略を行うことも可能であるが、緊急でもない限り、基本的に国の監督の元で攻略を行わなくてはならない。
無論、無視はできるのであるが、無用な軋轢は生みたくないので、シヴァはロマーナ王国では行動しない方針を取っていた。
「もどかしいなぁ」
「この国の軍を信じてあげたら?」
「はぁ……でも暇なんだよ」
「アーブさんは充実しているみたいだけど?」
「あの馬鹿は放っておけ」
アーブは闘技場に通い詰めだった。もちろん、無駄遣いをしないようにと、持ち金をあまり持たせないようにしていた。
「シヴァさん達みたいに観光したら?」
「あれはちょっと……」
時折、シヴァ達は穢魔狩りに出掛けたり、身体が鈍らないよう訓練を行ってはいるのだが、観光にも精を出している。
そのせいか、シヴァ達はラローマでは少しばかり有名になっている。
『女を侍らしているハーレム男』『バカップルズ』『歩く砂糖雨』など数々の通り名を残している。
美男美女であるため、見た目もよく、多くの人が物珍しさ見たさに街を出歩いている。
――余談ではあるが、カップルができたり、バカップルになる者が続出している。それを察した喫茶店や菓子店などは、様々なカップル専用の商品を新メニューとして店に出したりしているのだ。
もちろん、フラウ達はそれに目をつけ、シヴァを引っ張り回した。
それを見た者が店に利益を落としていくことから、『福の神』として扱われていたりもする。
「じゃあ、エリオスさんの為に着飾ったら?」
反応は劇的だった。
レイアの顔は瞬時に、ここロマーナ王国の名産品のトマトの様に赤くなった。
「にゃ、にゃにをひってるんにゃ?」
呂律も回っておらず、誰が見ても一目瞭然だった。
「あら、気付いてないと思った? 私とあなたは付き合いが長いのよ」
友人が師であるエリオスを常に目で追っている事に、マーテルは気づいていた。
強くなるために見ているのかと思ったが、エリオスが一週間ほど出掛けていた時に、少し寂しがっていたからそうではないかと当たりをつけたのだ。
「しょ、しょれは……師を尊敬するのは当然の事だろう?」
言い訳を思い付き、平静を取り戻したのか、呂律も直ってきた。顔は紅かったが。
「そう……じゃあ、私も服とか選びたいからレイアも付き合ってくれるかしら?」
「そうか、ならばあたしもつきあおう」
ぎこちなく足を進める親友に、マーテルは可愛いものを見るかのような慈しむ笑顔でレイアを見守った。
** *
アーブはコロッセオを後にし、今日も酒場で酒を飲んでいた。
「いやー、今回は快勝だぜ!」
アーブは初めての快勝を祝福するため、何回もコロッセオに通っている内にそこで仲良くなった者達と一緒に祝杯を挙げる。
「ち! 羨ましい野郎だぜ。こっちは負けたっていうのによ」
酒気を帯びた息を吐きながら、中年の男はアーブを妬む。
「まぁまぁ、そんなときもありますよ」
その中年を慰めるのは、アーブと同じ位の年頃の青年。
彼らは席が隣になり、三人とも負けてしまった時に、お互いを慰めるために今と同じように酒場に行き、交流を深めたのだ。
「しかし、お前さん達いいのか? もうすぐ遠征だっていうのに、こんなところで油を売ってて」
「僕は下っ端で、この街の警備役でしかありませんからね。それとはあまり関係ないのですよ」
青年はロマーナ王国兵士ではあるものの、新入りで実戦経験もなく、力も素人に毛が生えた程度の実力しかないことから居残り組なのだ。
青年もその事に安堵しており、こうして暇ができる度に彼らと酒を酌み交わしているのであった。
「俺達は手伝うなと、お偉いさんから通達があったからな。こうして、自分の実力向上のためにコロッセオに通いつめているのさ」
「本当にそれだけかぁ?」
「本当さ」
白々しく口笛を吹くが、半分は賭博目当てだった。
だが、アーブとてコロッセオに通った後は、彼らのデュナミスを参考に自分のデュナミスを昇華していったのだ。アーブとてここに来てから実力が増したと確信している。
「そうらしいですね。僕達の噂でも、勇者様達は遠征に行くなと、上から通達があったと聞いています」
「手伝ってもらえばいいのに、何を考えているのかねぇ?」
「僕の様な下っ端にはわかりかねます。アーブさんは分かりますか?」
アーブは、自分が『勇者』達に同行している事を話してはいない。
要らぬ厄介事に巻き込まれかねないと師から釘を刺されたので、黙秘しているのだ。彼の今の立場は、商品の流通などを学び、各国にコネを売る事を目的としている商人の息子兼傭兵である。
「聞いた話だと、国の威信ってやつらしいぜ。自分達がフレイス王国よりも優れているのだと、諸外国に示したいらしい」
「そんなもんかね? 確かにフレイス王国とは昔から争っていたけどよ」
「北部の方では、フレイス王国からの穢魔の流出に恨みを抱いている方は大勢いるそうですからね。それもわからなくはないです」
「しかし、遠征に失敗しちまったらそれまでだろ?」
「大丈夫ですよ。軍の実力は皆が知ってのとおりですし、負ける筈がありません」
アーブはつまみであるチーズやサラミ、ハムを喰いながら、コロッセオには民衆の不安を取り除くという効果もあったんだな、と感心した。
「そうだな。俺達は信じて待つくらいしかできないんだし、信じて待つとしようか!」
「では、その景気祝いと行きましょうか」
アーブ達はもう一度酒を酌み交わし、祝杯を挙げた。
** *
アタルは今、猛烈に後悔していた。
顔は愛想笑いを張りつかせ、胃はキリキリと音を立てながら痛みを発し、冷汗はとめどなくアタルの頬を滴り落ちる。
どうして、こうなった?
アタルはこうなった原因を探るべく過去に思いを馳せた。
依頼が終わり、ラローマに戻ったアタルは時々アーブと共にコロッセオに通い、師やレイア達と共に訓練したり、時には観光したりして、来るべき時まで暇を潰していた。
彼もレイアと同じく、遠征に共に行けない事に頭を悩めていたが、国の誇りというものをレイアよりは理解していたので、なんとか自分を騙し、遠征までの日々を待っていた。
彼が久しぶりにこの街をゆっくり眺めてみると、何故かカップルが増大していた。それも人目も憚らずにいちゃつくバカップルが。元々この国の男性も女性も恋愛には積極的なため、情熱的な文句と共に異性を口説くのだが、それでも今の状況は以前よりもさらに積極的である。
それは街ゆく人々だけの変化だけではなかった。
喫茶店や菓子店もカップル専用の商品を目玉として売り出し、街にはピンク色の空気がそこかしこに流れていた。
街を離れている間に何があったのだろうと、街にある軽食店で聞いてみたところ、ある美男美女のバカップルが原因で街にカップルが続出し、店もそれに合わせた新商品を出しているということだ。
何と傍迷惑な存在なんだ。その原因のバカップルは、と憤るアタルだったが、その美男美女のバカップルの特徴を聞いたところ、自分達の仲間の特徴と類似していたことから、何も言えなくなった。
その後、軽食店を出て、ショートカットの為に裏路地に入ったところ。
嫌がる女性二人に言い寄る二人の男がいたので、アタルは自身の正義心に従い、当然の如く女性二人を庇い、男二人を撃退した。
その後だったのだ。アタルの苦難は――。
女性二人は、まるで王子様の如く助けてくれたアタルにお礼がしたいと、 謙遜するアタルを引き連れて今流行りのカップル専用の喫茶店に入ったのだ。
そして、二人は頼んだのだ――カップル専用の商品を二つも。
その後の事は形容がしがたい。
あーんと、勧めてくる女性二人の目が、獲物を前にした蛇の如くアタルを睨みつけてくるのだ。――私の方を先に食べてくれるよね、と双方睨みを効かせながら。
ちなみに、この女性二人は独り身で、このカップル続出の混乱に乗じて彼氏を作ろうと目論んでいたところ、王子様の如く助けてくれたアタルに目をつけ、自分の彼氏にしようとしていたのだ。
そんなことを知らないアタルは、ただ二人の女性に臆してしまい、こうして差し出される二つのスプーンを前に、硬直しているのだった。
どうにかできないかと辺りを見渡したところ、シヴァを目にして声をかけようとしたが、その隣に恋人の如く腕を組むフラウを見て、上げようとしていた声を失った。
アタルはフラウに一目惚れしたといってもいい。
だが、その後のシヴァとのいちゃつきや『勇者』や『聖女』の幻想を壊された。
初恋が上手くいかないのは、理想を相手に押し付ける事も一つの要因である。アタルの恋は、まさしくそれであった。
ほぼ失恋してしまったと言ってもいいが、初恋の傷はまだ癒えず、今も淡い恋心を抱いてしまっているのだ。
ちなみに、フラウ達はアタルの事を一応は気づいてはいたのだが、どうでもよかったので無視していた。
硬直しているアタルに二人は痺れを切らし、アタルにどっちにするかを迫った。
『さぁ! どっちにするの!?』
アタルにはどちらも選べず、二人に同時に口に突っ込まれるという事態が発生したのであった。
その後、エリオスがそんなアタルを目にし、助け船を出そうとしたが、レイア達に捕まり何処かへ去っていった。
彼を助けてくれたのは親友であるアーブで、二人の女性を相手に一日だけデートをする羽目になったのだが、日が沈む頃には二人の頬に夕焼けと同じ色の紅葉が見頃となったのであった。