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第二話 どうして、あなたは

 あなたと出会えたこと。それは僕の人生にとってどんな意味があるのだろうか。きっとあなたならこう言うだろう。


「意味なんてないわ。男と女、ただそれだけよ」


 今の僕には、それがわかる。でも、あの頃の僕には、あなたの言葉一つ一つが、まるでパンドラの箱のように思えたし、それをあなたに見透かされたくなくて、僕はいつも強がって見せてた。少なくともあなたの前では……


「お疲れ様」

「待ちました?」

「ううん。今来たところよ」

「じゃあ、入りましょうか?」


 外の薄暗さに比べて、店内は無駄に明るい。バイト先から店までの緩やかな坂道を、それでも少しだけ駆け足で、曲がり角まで――覗き込むようにファミレスの灯りに照らされたところにあなたの姿を探す。あなたの姿は見えない。まだ、来ていないのかと、半分安心して、半分不安になり、ゆっくりと周りを見渡しながら――あなたの姿を探しながら店の前まで来ると、あなたは不意に階段の上から声をかけてきた。ファミレスは1階が駐車場になっていて、店内には階段で2階部分まであがるつくりになっている。あなたはその階段の真ん中あたりにすこし屈みながら僕に声をかけた。それはどことなく、僕の心の裏側をくすぐるような、妙に照れくさい感覚だった。


 どうして、あなたは――どうして、あなたは階段の上にいたのだろう。まるでかくれんぼでもするかのように、『みつかっちゃった』というよな表情をする。まるで人目をはばかる様な……


「2名様、お待たせしました。おタバコは、お吸いになりますか?」

「はい、あ、僕吸うけど、いいですか?」

「大丈夫よ。私も吸うから」

「ご案内いたします」


 席に案内され、まずは二人ともタバコに火をつける。

「あ、メンソール、同じだね。でもKOOL吸っている人って珍しいよね」

 あなたはカバンも持たずに、ジーンズにスニーカー、赤いチェック柄のシャツの上に白いセーター。化粧は控えめなのか、それとも全くしていないのか、あの時の僕にはわからなかった。そして多分、していなかったのだろう。


「お腹すいている?何か食べる?」

「あ、まだそんなに好いてないかな」

「じゃ、コーヒーとケーキのセットにしよっか?今回はほら、私がたこ焼きの埋め合わせってことで、ご馳走するわ」

「あ、いいんですか。じゃあ、お言葉に甘えて……あ、あのぉ、あそこのたこ焼き、本当に美味しいんで、その、今度一緒に食べましょう」

「うん、楽しみにしてるわ。じゃあ、どれにする?えーっと、あれ?名前、聞いてなかったっけ?」

「あ、あの、風間です。風間晃司」

「風間君、ね、風間君はどれにする?」

「じゃぁ、チョコレートケーキで」

「私はチーズにしようかな……あ、でもこのチョコレートケーキもおいしそうだね。ね、一口、味見させてくれる?」

「い、いいですよ、一口といわず、二口でも、三口でも」

「あら、三口も食べたらなくなっちゃうわよ」

「へぇ、そんなに大きな口には見えませんけどね」

「女はね、デザートは別ばら、お腹も口も一つじゃないのよ」


 それはとても不思議な距離感。あなたは、僕が今まで知り合った、どんな女性よりも遠い存在なのに、まるで初めて会った気も、初めてこうしてお茶をする感覚でもない。思えばそう、僕はずっとあなたのことを考えていた。僕の身勝手な妄想は、ことごとく裏切られていく。でも、そのたびに僕はどきどきしている。どうしようもなく、あなたの事が気になって仕方がない。なんでもいい、あなたのことをもっと知りたい。そしてもっと、僕のことを知って欲しい。僕は、僕は……


 そして気付くむなしさ。そう、僕には何もない。あなたに話すようなことは、何もない。僕がどこで生まれ、どこで育ち、どんな子供だったか、どんな女の子と付き合ってきたか、どんな音楽に夢中なのか。そんなこと、話しても、ものの10分で話は終わってしまう。知ってもらいたいのに、わかってもらいたいのに、なんてちっぽけで、薄っぺらい人生なんだ。


 注文をしてから、さして時間がかからずにケーキが出てきたとき、正直僕は安堵した。あなたは、どうだったのだろう。お互いのケーキを一口ずつ分け合って食べた。ケーキを褒める言葉なんて、美味しいとか、甘いとか、そんな言葉しか知らない僕を、まるであなたは気にしない素振りで「コーヒーは3杯はおかわりしないとね」とおどけて見せながら、簡単なお互いの身の上話、学校がどうだとか仕事がどうだとか、どこに通っているのだとか、今のアルバイトはどうだとか、そんな話をした。そして3杯目のコーヒーを注文したとき、あなたは思いもよらないことを口にした。


「あのね、ケーキのすごく美味しい店があるの、銀座のソニービルのところ、一緒に食べに行かない?」

「あ、いいですね。銀座だったら、僕、いろいろと行きたいところもあるし、あ、ちょうど見たい映画もあるんですけど、映画、一緒にみませんか?」

「どんな映画?」

「ちょっと怖い系なんですけど、SFホラーって感じです」

「へぇ、私、怖い映画好きよ」

「本当ですか! えっと『ザ・フライ』って映画なんですけど、ご存知ですか?」

「へぇ、どんな話?」

「フライってなんだかわかります」

「フライって空を飛ぶとか?」

「蝿です。ハエ、ほら、ボクシングの階級とかフライ級とかいうでしょう? あれってハエみたいに素早いっていう意味なんです」

「へぇ、すごい、そうなんだ。風間君って結構物知りなのね」

「い、いや、これは、友人にボクシングをやってる奴がいて、たまたま聞いた事があるんです」

「バンドやったり、ボクシングやっている友達がいたりするなんて凄いわよ」

「そ、そうですか?」

「私なんか、本当に暗い学生時代だったんだから……まぁ、いいわ、その話は」

「へぇ、でも聞いてみたいです。その話」

「そう、じゃあ、それはそうね、今度たこ焼きをおごってくれたら時にね」

「えー、映画を見たときじゃないんですかぁ?」

「それはそれ、これはこれよ」

「じゃあ、いつにします?あ、でも、ちょっと待ってください。確か、日本での公開はまだ、これからなんだよな……」

「じゃあ、『ぴあ』とかで調べておいてくれる?」

「あ、わかりました。えっと……調べて、どうしましょうか」

「連絡方法ね、お店でって、いうわけにはいかないわよね。そういうの」

「そうですね。もし良かったら、電話を……」

「電話かぁ、じゃ、電話番号教えてくれる?来週、私から電話するわ。いつならいい?」

「明日、朝バイトをして、まっすぐ帰れば、遅くとも8時過ぎには、家にいます」


 4杯目のコーヒーのおかわりをするかわりに、僕は店員からボールペンを借りて、ペーパーナプキンに電話番号を書いてあなたに渡した。コーヒーとタバコの匂いとともに、あなたは去っていった。


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