第六話 眠れない夜
4畳半の僕の部屋には不釣合いな大きなスピーカー。お付き合いのあったご近所が、引越しをする際に譲り受けた家具調のステレオ――中には真空管が使われているが、レコードプレイヤーは壊れていた。中学生になってから3LDKのうちの一番狭い部屋を半ばなし崩しに僕は占有していた。その部屋には、大きなステレオと小学校の入学祝に祖父母に買ってもらった勉強机と母の嫁入り道具だったタンス――子供の頃にお菓子のおまけや駄菓子屋で買った特撮ヒーローやアニメのキャラクターのシールがベタベタ張ってある。頭の上にステレオ、右に机、左にタンス。その真ん中、ぎりぎりのスペースに布団を敷いて寝ていた。夜、アルバイトから帰ると、マンションの廊下側の窓を開け、冷たい空気で部屋を充たす。ステレオのスイッチを入れるとボッっという音――真空管が温まってくる。部屋の明かりは消して、家具調のステレオの青白い光に買ったばかりのカセットデッキのデジタルピークメーターが、まるで生き物のように闇の中を這う。
あなたが、どんな女で、今、どこで、何をしているのか。
そんなことを考えているうちに、あなたの存在が少しずつ無視できないものになってくる。タバコに火をつけ、メンソールを含んだ煙が、身体のかなに忍び込み、次には逃げるように吐き出されていく。シンとした部屋の中に、70年代後半のクロスオーバーがステレオから流れてくる。不意に誰かと話がしたくなる。こんな時間に電話なんかできるはずもなく、ラジオのチューナーを回してみる。でも僕の今の気分にあう番組には行き当たらない――そんな夜。冷たい布団の上に寝転がり、天井を見つめる。
年上、だよな。社会人か……
学生であることは、ある一定の自由――管理された範囲での制約された、それでも余りある無為な時間を持てあまし、何かに依存して生きている。学生と社会人とでは、生きるという行為自体に能動的か受動的かという違いがあるのかもしれない。
でも恋愛においてはどうなのか?
妹のようなタイプの彼女や少し大人びた雰囲気を持った同級生と付き合った事はあるが、価値観や生活パターンを共有している部分は大きい。学校が一緒なら親といる時間よりも長いということもあるし、親と電話で話すことは1分も必要ないが、友達や彼女との電話は1時間や2時間じゃ足りなかった。
社会人――大人はどうなのだろう。
わからない。わからないから気になるし、気になるから忘れられない、忘れならないということと、好きになるということは、似ているけど違う。好きという言葉では、どこか幼稚な気がしてならない。ただ……そう、ただ、会いたい。会って話をしてみたい。そうすれば、何かわかるかもしれない。
でも、どうやって?
次にあなたに会えたとして、僕は何をすればいいのだろう……いや、なにが、できるのだろうか?
そんな自問自答を繰り返すうちに、布団にもぐりこまなければならないほどの寒さを感じ、窓を閉める。いつもよりも少しだけステレオの音量を大きめにする。明日は朝からはずせない講義がある。それには出席しないと……でも、まぁ、そういうこともある。あの無味無臭な大学の講義は、想像していたよりもはるかに退屈で、何のために大学にいったのか、希望を打ち砕くのに余りある退屈。そう。僕の今の生活には緊張感がない。大学に進んだこと、周りの人はみんな喜んでくれたし、羨ましいとも言ってくれた。新しい出会い、新しい刺激、そういうものに期待を寄せた錯覚は、3ヶ月もすればすっかり色あせてしまい、ほとんどの学生はただただ受身に回るしかなくなる。だから僕は……
だから、僕はバンドを始めた。講義をサボって、そういうことに時間を費やすことで、何かに閉じ込められているような感覚から逃げ出そうとした。そして、そんなときに、あなたは現れたのだ。そこに何らかの意味を求めることに、なんのためらいが必要なのか?
僕は布団を頭から被り、意味の無い言葉を呟いた。眠れないと思っているうちに、いつの間にか窓の外が青白く明るんでいる。ぼんやりとした空間は、夜と昼とが交差する異次元のような不思議な感じがする。1日ごとに外の空気はひんやりとして、秋の終わり、冬の到来を予感させる。ぼんやりとした意識の中で、窓を開け、外の空気を吸い込む。冬は、もう、すぐそこまで来ている。そしてまた、想う。
あなたに、会いたいと……




