第二話 真実の階段
「アルバイトのほうはどう?」
なぜ聴きたくない事を聴こうとしているのか、僕には理解できなかった。でも、それは僕の内側から湧き出る素直な感情なのだ。知りたくないのに、聴かずにいられない。見たくもないのに見ないでいられない。それが僕の未熟さゆえならば仕方がないことだし、あなたがそうさせるというのであれば、なおさらに僕にはどうすることもできないことだったに違いない。
「面白いわよ。いろんな人がいて……でも、つまんない。案外と普通というか、世の殿方というのはみんな同じなのね」
「同じ……たとえば?」
「自慢話しかしないとか、女を低く見ているとか、エッチなことしか考えていないとか……かな」
「そうなんだ……結構口説いてきたりするんだ」
「紳士的に振舞ってみても、露骨に態度にあらわしてみても、方法が違うだけでみんな同じよ。それをかわいいといえばそうだし、情けないといえばそれもそうだわ。まぁ、口説いて口説けたら儲けものって感じかしらね」
僕はなんとなくあなたの店での振る舞いがどんなものであるのか想像ができた。きっとあなたが思っている以上に、男たちの視線は好奇な目で見ているに違いない。それ以上のことを想像するには、僕にはいろいろなことをあなたに聴かなければならない。それが嫌で、それ以上話をしようとはしなかった。
「大変?」
「そうでもないわよ。それなりに面白いこともありそうだし、ママが結構気を使ってよくしてくれるから居心地は悪くないわよ」
「へぇ、そうなんだ……今度こっそり言ってみようかな」
「それはダメ。だってあんな姿見せたくないもの」
「あんな姿って?」
「ほら、私ってあんまり女っぽいって言うか、色気のある格好しないじゃない。スカートとか苦手だし」
「ああ、確かにお店ではそれなりの格好しないといけないか」
「短いスカートなんてほとんど履くことないから」
「でも、そう聞くと益々見たくなっちゃうよ」
「ダメよ。絶対笑うわよ」
「笑わないよ。絶対」
「嘘、だって私が笑っちゃうのよ」
あなたはなんともいえない儚げな笑顔で微笑む。僕の心を捉えて離さない魅惑的なその表情は、目元は子供っぽく、口元は妖艶に肌の色は妙に透き通って見える。あなたの短い髪の毛はあなたの笑顔を隠したり曇らせたりすることがない。あなたは何も隠さない。でも同時にそれは『本当の自分』『素顔の自分』をたくさんの嘘に紛れ込ますようにして僕の詮索を許さない。
あなたはいつも真実。そしてあなたはいつも虚無。
本当のことがわからないのではない。本当も嘘もない。ただ、そこにあなたは存在し、僕はあなたを見ていただけなのかもしれない。でも、僕は本当のあなたを見ようとして、本当のあなたに触れようとして、目の前のあなたの存在をまるで立体ホログラムのように感じていたのかもしれない。
あなたは何を考えているのだろう
あなたは何を思っているのだろう
あなたは何を見ているのだろう
あなたは何を求めているのだろう
そして、僕は一つの結論を得ていた。
あなたは きっと『本当の自分』を探し求めているに違いない。
僕がそうなのだから
あなたも きっと そうに違いない
だから、僕は、あなたにいやだと言えなかった。僕の気持ちを伝えることができなかった。あなたが真実の階段を一段一段上り、やがて『本当の自分』にたどり着いたとき、そのときに僕はあなたのそばにいよう。そしてあなたがそのとき、僕を選んでくれるのなら、僕を受け入れてくれるのなら、そのときは……
「あっ、もうこんな時間。そろそろ準備しなきゃ」
「あぁ、じゃあ、帰るね」
「うん、ごめんね。ゆっくりできなくて」
「……駅まで一緒に行く?」
「だめよ。ふー君には見せたくないから」
「でも、スカートはくところは見てみたいな」
「似合わないわよ」
「小学生のころ、スカートめくりってはやってたけど、やったことないんだ」
「ぷっ、ふふふふ……そうなの、私なんかしょっちゅう男の子にやられてたわ」
「だから、一度やってみたいなぁって」
「はいはい、わかりましたよ。今度好きなだけ……」
僕はその後のあなたの言葉を、僕の唇で塞いだ。あなたは少しだけ戸惑い、でも僕を受け入れてくれた。あなたのぬくもりが残っているうちに僕はあなたの部屋を飛び出した。僕はあなたを困らせることで、僕の本当の気持ちを伝えたいと思ったのかもしれない。感情を押さえつければ気がふれそうになり、解放しても何も満たされない。僕には真実の階段すら見えていなかったのかもしれない。




