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第五話 あなたの部屋

 それを殺風景といえば、そうなのかもしれない。シンプルな生活感。ドアを開けると、部屋の奥まで通して見えてしまう。ダイニングキッチンと言うには少し狭く、ひとり暮らしのキッチンには広すぎる空間。思ったよりも少しひんやりしている。角部屋だからなのか?


 玄関にはおよそ必要最低限のものしかない。彼女は、ヒールやブーツと言ったものはあまり履かないようだ。

「どうぞ」

「おじゃまします」


 玄関のすぐそばに電気のスイッチがあり、ダイニングキッチンの明かりは、十分すぎるくらい明るい。天上が少し低いのか。およそすぐに使うのだろう、或いは使っだばかりの食器が数点、目に入った。僕は何をしている。この部屋に他に誰かが出入りしてるのではないかという、そんな目で見ている自分が忌々しかった。でも、それをやめることはできない。奥の部屋は6畳、セミダブルのベッドにはベージュ色のベッドカバー、少し地味な感じがした。この部屋には、およそ女の子らしいものがない。目にするものは、少しばかり大人びた感じのするものばかりだった。タンスも木目調のかなり落ち着いたもので、女性の一人暮らしは、案外とこういうものなのかと、不思議な感じがした。生活感がないと言うよりは、あまりにも飾り気がない、どこか無防備で、素朴な感じ。


 意識するなといわれても、やはりベッドがすぐそこにあるというのは、どうしようもない。ベッドとダイニングキッチンの間、つまり奥の部屋に入ってすぐのところに小さなコタツがある。ベッドとコタツの間には、人一人がやっと通れるほどの隙間しかない。そこを案内されるままに通り、僕は部屋の置くに腰掛けた。白いクッションはそれほど使用感がない。まだ新しいのか、全く使っていないのか。


 あなたは僕を座らせると、台所でやかんに水を入れ、火にかける。僕はたこ焼きをレジ袋から出しながら、ひとり部屋の中を観察する。ちょうど目の前にラックがあり、そこにミニコンポやちょっとした小物が収納されている。ラックの一番上に、この部屋で一番似つかわしくないものを目にした。小さい子供の人形――それは目のパッチリ開けた可愛らしさと裏腹に、どことなく不気味さにもにた、違和感を感じる。何よりもおよそ全く同じに見えるその人形がまるで双子のように2体、並べて置いてあるのである。唯一、女性らしい飾り?いや、それにしては、どこか腑に落ちない違和感がある。


「お砂糖とかミルクはいる?」

 あなたの声は、どこまでも落ち着いていて、よどみがない。

「あ、ブラックで」

「あら、大人ね」

「友だちの影響です」

「そうなの」

「えぇ、まぁ、そうなんですけど」

「そう……」


 そう、僕は会話のきっかけを掴もうとして、部屋の中をいろいろ観察してたんだ。でも、何一つ思い当たらない。かわいいとか素敵とか、きれいとか、そういう何気ない御世辞をこういう場合は、言うものなのだろけど、何一つ見当たらない。妙に静かで、正直居心地がよくない。気になるのは人形の事ばかりだった。


「今、お湯を沸かしてるから、もう少し待ってね。どう、殺風景な部屋でしょう?」

「え、そうですね。ちょっとビックリしたというか、あー、テレビ、ないんですね?

「そうなの、テレビはね、一人暮らしするときに、いらないって……でも、パパがね、あ、パパってお父さんね。パパがテレビくらいって、無理に買おうとして、喧嘩になりそうになったのよ」

「へぇ、テレビ、ないと不便じゃないですか?」

「ないと、静かでいいわよ」

「まぁ、確かにそうですけど」

「バラエティ番組とか、ワイドショーとか好きじゃないのよ」

「でも、ほら、最近は音楽番組とかもいろいろあるし、僕はやっぱりMTVとか見たいから」

「あ、音楽は良いわよね。でもラジオがあるから」


 そうじゃないのだろうと思った。どうしてそう思ったのかは、わからないけど、なぜか、そうじゃないと思った。でも、疑う根拠は何もないし、何より僕には経験がなかった。そう、なにもわかってないし、なにも知らないのだ。ただ、感じることだけは、できた。あなたと出会って、僕は、恐ろしいほどに感覚が研ぎ澄まされて行くのを感じていた。この静かな空間の中で、あなたの体温を感じるかのような、あなたの匂いを嗅ぎ分けるかのように、あなたの言葉の震えを感じるかのように。


「あの、人形……」

「え?あ、あれ、あの人形ね。もらい物なの。かわいいでしょう?」

「あ、もらい物なんだ……なんだろう、なんだか気になっちゃって」

「人形の目とか、怖がる人?」

「あ、それあります。ウルトラマンとか怪獣なら平気なんですけどね。リカちゃん人形とか、ちょっと苦手かもしれないです」

「わたしも、あんまりリカちゃんは好きじゃなかったかなぁ……どっちかっていうとバービーだったかなぁ」


 ピィーーーー


 台所でやかんが二人の会話をさえぎる。いや、むしろ、それで都合が良かったのかもしれない。これ以上、この話はしたくないのかも、とそのとき僕は感じていた。あなたが席を離れた後、僕はもう一度、人形を眺める。その表情は、どこか僕を歓迎していないような感じがしていた。だけど僕には、それを無視するしかなかった。目の前のたこ焼きは、冷めてしまい、少しくたびれてきていた。それでもここのたこ焼きはおいしい。僕はあなたが戻ったとき、何か別の話題がないかと、もう一度部屋の中を見回した。部屋の空気に慣れてきたのか、僕は少しだけ、眠たくなってきていた。


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