第六話 コタツを囲って
暖房器具は、コタツだけなのか。この部屋は妙にしんとしている。その分コタツはとても暖かく感じる。
「はい、コーヒーどうぞ。お口にあうか、わからないけど。どう?寒くない?大丈夫?」
「あ、コタツであったまっちゃって、なんか眠くなっちゃいました」
「一応ストーブもあるんだけど、電気ストーブ。でも、あんまり使わないんだ」
「コタツだと、寝ちゃわない?」
「うん、寝ちゃう。ベッドに入る前にそのまま寝ちゃう」
「風邪引くでしょう?」
「うん、風邪引いちゃうね」
僕が何を言おうとも、あなたはある一定の距離から動こうとしない。でも、時々、僕が全く予想していないことに反応する。僕はそのたびに、あなたに惹かれてしまう。あなたと同じ形のマグカップ。可愛らしいというよりは、機能的。どこかのお土産か何かだろうか?何か書いてあるけど少し薄くなっていて読みづらい。
「食器、あんまり持ってないのよ。家にあるものを適当に詰め込んできたんだけど、今度買い換えないとね」
「一人暮らしをして、そんなに日がたってないんですか?」
「そうね、まだ、3ヶ月くらいかな。良く覚えていないわ」
「そうなんだ」
「さ、食べましょう」
「食べよう。もう、さめちゃったけど、ここのたこ焼きはそれでも美味しいんですよ」
そういうものか、と思うしかなかった。あなたはまるで、僕とは違うところ、違う世界の人のようで、でも、もしかしたら、僕がおかしいのか。ともすれば笑ってしまうような会話のやり取りは、おかしな緊張感と妙な居心地のよさを感じる。おいしいといいながら、あなたがたこ焼きを食べ、僕は、一生懸命にこのたこ焼きの美味しさについて、ほかのどんな店の、どんなたこ焼きと食べ比べて美味しいとか、何度か買おうと思っていったら売れ切れ直前だったとか、そんな話をした。最後の1個を、僕が食べ、あなたはティッシュで口の周りを吹き、僕にも一枚渡してくれた。
「で、あの銀座に映画を見に行くって話なんですけど、調べてみたら、まだ公開が先で――」
「えーっと、お正月映画だったんだっけ、その映画」
「そうそう、年が開けて最初の土曜日からなんだ」
「まだ、先ね」
「うん、だから、他の映画にしようかなって思ったんだけど」
「いいわ、待つわ。私、その映画見てみたいし……なんか面白そうなんだもの」
「うん、面白いのは間違いないよ」
「すごい自信ね」
「昔から映画は好きでさ、新聞に映画の広告とか出てるのを切り抜いたり、映画のチラシを集めたりしてたんだ」
「へぇ、そうなんだ。ねぇ、一番好きな映画は何?」
「そうだな……」
そのとき、なんと答えたのか、全く覚えていない。『スターウォーズ』と答えたかもしれないし、『2001年宇宙の旅』と答えたかもしれない。或いは、『大脱走』や『タワーリング・インフェルノ』。いずれにしても、僕は正直には答えなかったのだと思う。少しだけ、大人びた作品の名前を挙げようとして、失敗したのだと思う。
「私は、『哀愁』が好きなの。何度見ても素敵よ。あの映画」
「けっこう古い映画だよね『哀愁』って、確かハリウッドを代表する恋愛映画の一つだっけ」
「そう、さすが詳しいのね」
「多分、映画は見たことないけど、映画音楽を集めたレコードの中にあったような……」
「そうね。音楽も素敵よ。でもストーリーがとても素敵なの」
僕は、次にあなたが『哀愁』がどんな映画で、どういうところが好きかという話を始めるかと思って、一瞬身構えた。でも、あなたはあっさりと話を変えてしまう。
「じゃあ、映画はお正月の楽しみね。そのときにおいしいケーキをご馳走するわ」
話が終わってしまう。いや、次なんて、ないかもしれない。正月まではまだまだ時間がある。ありすぎる。テレビがないことを疎ましく思った。こういうときテレビがあれば、テレビをつけながらだらだらと時間を潰しながら、条件反射的な話題で間をつなぐことができるだろうに。
「普段は、食事とかどういてるの?料理とかするの?」
「するわよ。なに?疑ってるの?」
「そういうわけじゃないけど、なんとなくどうなのかなぁと思って」
「作るわよ。私だって」
「本当ですか?」
「えー、信じてくれない?」
「食べてみるまでは……」
「いいわよ、今度作ってあげる。何が食べたい?」
「そうですね……魚料理とかどうです?僕、魚大好きなんです」
「えー、魚なの?」
「もしかして、魚、触れないとか」
「そんなことないわよ。ただちょっと、レパートリーが少ないだけよ。普通、こういうとき、男の子はカレーとか肉じゃがとか、言うんじゃないの?」
「すいません。変わり者なもので」
「違うでしょ。意地が悪いんでしょう」
「そう、意地悪。男の子は好きな女の子に意地悪するっていう、アレです」
自分で言って、少し驚いた。あの時、どんな顔をしていったのかは、想像するだけで叫びたくなる。でも、あなたはそんなことは気付いていないか、気にしていないのか、すぐに手帳をカバンから出してスケジュールを確認した。
「いいわよ。来週でいい?」
「多分、大丈夫です」
「じゃ、もし、都合が悪かったら前の日にでも電話してね。番号教えるわ。それから……」
「え?」
「あ、いいわ。ちょっとうちの留守電変わっているから」
「変わっているって?」
「聞けばすぐにわかるわ」
そういってあなたは後ろを振り返った。ベッドの横のラックにおいてある電話機を操作しだした。それは、今でも忘れることのできないあなたの声。留守番電話に録音された、あなたの肉声。
「Please , tell me your name?」




