アルベルティーヌに、作者の処女作を読ませてみた
【作者】
新企画です。
【アルベルティーヌ】
急ですわね。
【作者】
ということで、お越しいただきました。
アルベルティーヌさんと、侍女のマルタさんです。
【マルタ】
お招きいただき、ありがとうございます。
【アルベルティーヌ】
なんで呼ばれたん?
【作者】
これまで私が書いてきた作品を、お二人に読んでもらおうと思いまして。
【アルベルティーヌ】
作者本人がおるのに、わたくしが読む必要あります?
【作者】
私が読むと、当時の事情とか思い入れが混ざるでしょう。
【アルベルティーヌ】
わたくしなら、容赦なく読めると。
【作者】
はい。
【アルベルティーヌ】
即答すんな。
【マルタ】
お嬢様。蜂蜜飴をご用意しております。
【アルベルティーヌ】
まだ一頁も読んでへんやろ。
【マルタ】
今後に備えております。
【作者】
では、記念すべき第一回はこちらです。
【アルベルティーヌ】
もう始めるん?
【作者】
読んでもらった方が早いかなと。
【アルベルティーヌ】
まあ、それはそうやけど。
【マルタ】
作者様。作品名をお願いいたします。
【作者】
はい。
作者は、手元の原稿へ目を落とした。
【作者】
『ダンジョン・ストリーマー:配信は命がけ』――虚構演出ドラマティック・リアライザーを持つ少女――。
【アルベルティーヌ】
長いな。
【作者】
最後まで聞いてから言うて。
【アルベルティーヌ】
もう聞き終わったやろ。
【作者】
そうでした。
【アルベルティーヌ】
題名だけで、二度ほど息継ぎが必要ですわね。
【作者】
当時は格好いいと思ってたんです。
【アルベルティーヌ】
当時は?
【作者】
これが、小説家になろうへ初めて投稿した作品です。
【アルベルティーヌ】
処女作ですのね。
【作者】
はい。
【アルベルティーヌ】
でしたら、大切な作品でしょう。
【作者】
大切ではあります。
【アルベルティーヌ】
歯切れが悪いですわね。
【作者】
今見ると、だいぶ荒いんです。
【アルベルティーヌ】
荒い。
【作者】
説明は多いし、文章も詰まってるし、今ならやらへん書き方もいっぱいあるし。
【アルベルティーヌ】
なるほど。
【作者】
正直、読み返すのはちょっと恥ずかしい。
【アルベルティーヌ】
それを、わたくしに読ませるため呼んだん?
【作者】
感想をいただこうかなと。
【アルベルティーヌ】
言い換えても、作者が恥ずかしい原稿をわたくしへ渡す構図は変わらへんで。
【マルタ】
お嬢様。こちらが原稿でございます。
【アルベルティーヌ】
ほんまに渡すんやな。
【作者】
手加減は要りません。
【アルベルティーヌ】
後悔しても知りませんわよ。
【作者】
その覚悟で企画を始めました。
【マルタ】
作者様にも、蜂蜜飴をお出ししましょうか。
【作者】
たぶん必要になるのは、喉やなくて心です。
【マルタ】
そちらには効きません。
【作者】
知ってます。
アルベルティーヌは、受け取った原稿の表紙を改めて見た。
【アルベルティーヌ】
では、拝読いたしますわ。
【作者】
お願いします。
アルベルティーヌは、冒頭から静かに読み始めた。
【アルベルティーヌ】
……十年前の冬から始まりましたわね。
【作者】
世界が変わったところから説明せんと。
【アルベルティーヌ】
東京湾の地下に、最初のダンジョンが出現しました。
【作者】
うん。
【アルベルティーヌ】
物理法則が歪み、モンスターと未知の資源が存在する。
【作者】
大事な世界設定です。
【アルベルティーヌ】
各国が迷宮管理庁を設立しました。
【作者】
必要でしょう。
【アルベルティーヌ】
覚醒者が生まれました。
【作者】
うん。
【アルベルティーヌ】
スキルの属性、系統、発動条件、成長要素まで分類されております。
【作者】
分かりやすくしとかんと。
【アルベルティーヌ】
ユニークスキルは、一人に一つ。
【作者】
そうです。
【アルベルティーヌ】
やがてダンジョン配信という文化が生まれ、各国政府が配信者をライセンスで管理するようになりました。
【作者】
そこも必要。
【アルベルティーヌ】
登録者五万人で、投げ銭が解放されます。
【作者】
収益面も大事やから。
【アルベルティーヌ】
日本のダンジョン産業は、世界では中堅よりやや下。
【作者】
国際的な立ち位置も。
【アルベルティーヌ】
……主人公はまだですの?
【作者】
もうすぐ出ます。
【アルベルティーヌ】
先に世界の説明書を、最初から最後まで読ませる形式ですのね。
【作者】
当時は、先に全部説明しとかんと不安やってん。
【アルベルティーヌ】
読者が迷わないよう、入口で地図と規則と産業構造をすべて手渡したと。
【作者】
今なら、もうちょっと削ります。
【アルベルティーヌ】
もうちょっと?
【作者】
だいぶ削ります。
【アルベルティーヌ】
よろしい。
ようやく主人公が現れた。
十七歳の少女、風見こより。
難病で入院している母。
保育園児の弟。
進学する余裕もなく、母の治療費と弟の生活を一人で背負っている。
【アルベルティーヌ】
……ずいぶん背負わせましたわね。
【作者】
当時は、主人公に重い事情がある方が、動機が強くなると思って。
【アルベルティーヌ】
十七歳の少女が、母親の入院費と弟君の生活を一人で背負う。
【作者】
はい。
【アルベルティーヌ】
行政や親族、福祉制度は?
【作者】
そこまで考えてなかった。
【アルベルティーヌ】
でしょうね。
【作者】
即答すんな。
【アルベルティーヌ】
ですが、作者らしさはすでにございますわ。
【作者】
どこに?
【アルベルティーヌ】
家族のために役割を背負わされた少女が、自分ではない何者かを演じなければ価値を発揮できないところです。
【作者】
そこまで考えて書いてへんかった。
【アルベルティーヌ】
作者が理解していなかっただけですわ。
【作者】
今日は、私が言われる側なん?
【マルタ】
そのための企画かと。
【作者】
味方がおらん。
こよりが得たユニークスキルは、《虚構演出》。
感情を込めた演技、台詞、演出行為によって能力が発動する。
演技に失敗すれば、効果はない。
副作用は、羞恥心と自己演出への依存。
【アルベルティーヌ】
この能力、ずいぶん残酷ですわね。
【作者】
そう?
【アルベルティーヌ】
この方は、人前で話すことも、見られることも苦手なのでしょう?
【作者】
うん。
【アルベルティーヌ】
なのに力を得るためには、最も苦手なことを、人前で成功させ続けなければならない。
【マルタ】
失敗すれば、戦闘能力も得られません。
【アルベルティーヌ】
しかも配信です。失敗も。羞恥も。逃げ出した姿も。
すべて記録され、視聴者の評価へ変換される。
【作者】
急に怖い話にするやん。
【アルベルティーヌ】
最初から怖い話ですわ。
【作者】
ダンジョン配信ものやで。
【アルベルティーヌ】
いいえ。
アルベルティーヌは、こよりが最初に発した台詞を指した。
「たとえ、舞台が地獄でも……私の魂は幕を下ろさない──!」
【アルベルティーヌ】
これは、生活のために、他人が求める人格を演じ始めた少女のお話です。
【作者】
そんなつもりで書いてへんかった。
【アルベルティーヌ】
この少女は、素のままでは配信できない。
【作者】
うん。
【アルベルティーヌ】
感情を演じなければ、力も出ない。
【作者】
うん。
【アルベルティーヌ】
演じた結果、視聴者が増え、反応が返ってきて、初めて世界と繋がれたように感じる。
【作者】
……うん。
【アルベルティーヌ】
でしたら、この先で問うべきなのは、強くなれるかではございませんわね。
【作者】
何になる?
【アルベルティーヌ】
仮面を外した時にも、誰かが彼女を見てくれるのか。
作者は少し黙った。
【マルタ】
お嬢様。
【アルベルティーヌ】
何かしら。
【マルタ】
ご自身のお話と、重ねておられますか。
【アルベルティーヌ】
まさか。
【作者】
優雅な仮面を被らんと、人前に出られへん令嬢が言うてるけど。
【アルベルティーヌ】
わたくしの仮面は、百円均一の品ではございませんわ。
【作者】
値段の話ちゃう。
こよりの初戦闘が始まった。
「貫け! 真実の剣よ……!」
【アルベルティーヌ】
……。
【作者】
何。
【アルベルティーヌ】
作者、こちらを声に出してくださいませ。
【作者】
嫌や。
【アルベルティーヌ】
御自分で書いた台詞でしょう?
【作者】
書くんと、声に出すんは別やろ。
【アルベルティーヌ】
こより様は、生活のために言ったのですわよ。
【作者】
私は今、生活かかってへんから。
【アルベルティーヌ】
覚悟が足りませんわね。
【マルタ】
録音の準備はできております。
【作者】
せんでええ。
【アルベルティーヌ】
では、次を。
「舞い踊れ、偽りの刃よ!」
【作者】
読まへん。
【アルベルティーヌ】
まだ台詞が残っておりますわ。
【作者】
その煽り方やめて。
【アルベルティーヌ】
見せ場を奪わないでいただけます?
【作者】
使いこなすな。
コメント欄が流れ始める。
演劇部か。
芝居口調が癖になる。
本当に初心者なのか。
動きは本物ではないか。
【アルベルティーヌ】
皆様、お優しいですわね。
【作者】
最初は軽く茶化しながら、だんだん評価してくれる感じです。
【アルベルティーヌ】
初配信で、ほぼ全員が作者の意図どおりに反応しております。
【作者】
そこはまあ、演出や。
【アルベルティーヌ】
荒らす者も、関係のない話を始める者も、同じ質問を何度も繰り返す者もいない。
【作者】
理想のコメント欄やねん。
【アルベルティーヌ】
ダンジョンより幻想的ですわ。
【作者】
刺すなあ。
【アルベルティーヌ】
ですが、役割は明確です。
【作者】
コメントの?
【アルベルティーヌ】
ええ。視聴者が反応することで、こより様の演技が独りよがりではなく、誰かへ届いているものだと示している。
【作者】
そこまで悪くはない?
【アルベルティーヌ】
悪くはございません。
【作者】
珍しく優しい。
【アルベルティーヌ】
同じ意味の反応を、何度も書いているだけです。
【作者】
やっぱり刺した。
こよりは、演技を続ける。
台詞を叫び、ポーズを取り、視聴者へ見せるために戦う。
戦いが終わった時、思い浮かべるのは母と弟の顔だった。
稼がなければならない。
食べさせなければならない。
守らなければならない。
【アルベルティーヌ】
この方、自分のためには戦っておりませんのね。
【作者】
家族のためです。
【アルベルティーヌ】
自分の人生を使い、家族を守る。
【作者】
うん。
【アルベルティーヌ】
それを美談として終わらせてはいけないことは、今の作者なら分かっておりますわね?
【作者】
分かってる。
【アルベルティーヌ】
守りたいと本人が望んだことと、十七歳へすべてを背負わせてよいことは別です。
【作者】
今なら、そこを書くと思う。
【アルベルティーヌ】
ええ。
アルベルティーヌは、もう一度冒頭へ戻った。
ダンジョン。
覚醒者。
配信制度。
ライセンス。
投げ銭。
世界中から注目される舞台。
【アルベルティーヌ】
当時の作者は、世界の仕組みを説明することには熱心です。
【作者】
まあな。
【アルベルティーヌ】
ですが、その仕組みが少女へ何を強いているのかまでは、まだ見ていない。
【作者】
そこが今との違いか。
【アルベルティーヌ】
今なら、迷宮管理庁がなぜ十七歳の少女へ単独配信を認めたのか。収益を誰が管理するのか。母親の治療費を支える制度は、なぜ機能していないのか。
主人公が生活のために危険な迷宮へ入らなければならない社会は、何を見落としているのか。そこまで書くでしょう。
【作者】
主人公が配信始めるまでに、一万字かかりそう。
【アルベルティーヌ】
そこは削ってくださいませ。
【作者】
どっちやねん。
【アルベルティーヌ】
説明するのではなく、困らせればよろしいのです。
【作者】
今の私やな。
【アルベルティーヌ】
ええ。制度を語るのではなく、制度の隙間へ人間を落として、何が起きるかを見る。
【作者】
言い方は怖いけど、そのとおりや。
やがて、アルベルティーヌは後書きまで読み終えた。
「初めまして。月白ふゆと申します。
小説家になろうでの投稿は、これが初めてです」
アルベルティーヌは、そこで少しだけ表情を変えた。
【作者】
何。
【アルベルティーヌ】
いえ。
【作者】
言えや。
【アルベルティーヌ】
ずいぶん素直ですわね。
【作者】
最初やからな。
【アルベルティーヌ】
「拙い部分も多いかと思いますが、ようやく形にできたことを嬉しく思っています」
【作者】
読むな。そこは今読むと恥ずかしい。
【アルベルティーヌ】
「お気に入りの演出、気になった部分など、ぜひ気軽に教えてください」
【作者】
やめろて。
【アルベルティーヌ】
「あなたの反応が、こよりの次なる演目の原動力になるかもしれません」
【作者】
もうええやろ!
【アルベルティーヌ】
作者も、反応がなければ力を出せないユニークスキルをお持ちだったのですね。
【作者】
投稿者は、だいたいそうや。
【マルタ】
副作用はございますか。
【作者】
反応への依存。
【アルベルティーヌ】
こより様と同じですわね。
【作者】
せやな。
アルベルティーヌは、原稿を静かに閉じた。
【作者】
総評は?
【アルベルティーヌ】
粗いですわ。
【作者】
はい。
【アルベルティーヌ】
世界設定を先に並べすぎです。
【作者】
はい。
【アルベルティーヌ】
同じ意味の説明も多く、コメント欄は作者に都合よく働きすぎております。
【作者】
はい。
【アルベルティーヌ】
主人公の家庭環境と、それを取り巻く社会制度も、かなり曖昧です。
【作者】
はい。
【アルベルティーヌ】
ですが、核はございます。
【作者】
核?
【アルベルティーヌ】
素顔では誰にも届かなかった少女が、仮面を被り、自分ではない言葉を口にした時だけ、力と観客を得る。
アルベルティーヌは、白い仮面の少女が描かれた表紙を指した。
【アルベルティーヌ】
この作者は、最初から仮面の話を書いていたのですわね。
【作者】
今も書いとるな。
【アルベルティーヌ】
ええ。
【作者】
成長してへん?
【アルベルティーヌ】
違いますわ。
アルベルティーヌは、わずかに笑った。
【アルベルティーヌ】
最初は、仮面を被れば強くなれる話だった。
【作者】
今は?
【アルベルティーヌ】
なぜ、その人が仮面を被らなければならなかったのかを、書くようになった。
作者は答えなかった。
【マルタ】
お嬢様としては、高評価でしょうか。
【アルベルティーヌ】
作品としては、まだ未熟です。
【作者】
そこは、はっきり言うな。
【アルベルティーヌ】
ですが、捨てる必要はございません。
【作者】
何で?
【アルベルティーヌ】
今の作者が、どこから来たのか分かりますもの。文章も。構成も。人間の見方も変わりました。
ですが、誰かに見つけてもらうために仮面を被る少女を書いたことだけは、嘘ではなかった。
【作者】
……せやな。
【アルベルティーヌ】
ところで作者。
【作者】
何。
【アルベルティーヌ】
最後に一度だけ、こちらを声に出していただけます?
「終幕はまだ早い……私の演目、これからが本番です──!」
【作者】
絶対嫌や。
【アルベルティーヌ】
処女作を否定なさるの?
【作者】
そういう追い込み方すんな!
【マルタ】
録音を開始いたしました。
【作者】
止めろ!
【アルベルティーヌ】
終幕は、まだ早いそうですわよ。
小説家になろうへ初めて投稿した作品を、久しぶりに読み返しました。
文章も構成も今とはかなり違い、直したいところはいくらでもあります。
それでも、当時から「誰かに見つけてもらうために、別の自分を演じる人」を書いていたことには、少し驚きました。
昔の作品をなかったことにはせず、これから時々、アルベルティーヌたちと一緒に読み返してみようと思います。
なお、処女作の決め台詞を音読する予定はございません。
【マルタ】
録音は継続しております。
【作者】
まだ止めてへんかったん!?
お読みいただき、ありがとうございました。




