カルネ・ド・バル、ある貴族令嬢の貪欲な遍歴 その3~令嬢失踪の謎が解ける~
そして、フランツはカルネ・ド・バルの前のページもパラパラめくってみて
「これは、舞踏会で踊った男性のプロフィルをメモったんだよな?
名前、職業、身分、見た目の特徴、彼女の持った印象が書いてある。
だが、最後のページにはルーツィフェルという悪魔の名前だけ!」
驚いたように叫んだ。
レオポルトが顎に指を添え、
「母の話では、モースハム嬢は両親の死後、次々といわゆる『いい条件』の男性から交際を申し込まれたらしい。
交際相手をとっかえひっかえしていたそうだ。
社交界ではあまりにもモースハム嬢がモテることを不思議に思う人々が妙な噂を流した。
例えば、
『モースハム嬢は超常的な力を信仰し、魔女から媚薬を入手して好みの男性に飲ませた』
とか、
『魔力の込められたカルネ・ド・バルに好みの男性の名前を書くとその恋が成就する』
とか。
だが、なぜか誰とも婚約することなくモースハム嬢は失踪してしまった。
なぜだ?」
と考え込んだ。
カルネ・ド・バルの全てのページを読み終え、ヘレーネの夫候補の貴族ひとりひとりの様子を詳細に思い浮かべたフランツは、ヘレーネの『男漁り遍歴』に辟易し、ゲンナリしてため息まじりに
「ふ~~~ん。
両親を亡くして将来が不安になり、焦って結婚相手を探したんだな?
それにしてもモースハム嬢には男を虜にする『悪魔的な』魅力があったんだろうな。
だが、好条件の男が次々と交際を申し込んだのに、彼女は誰とも結婚しなかった。
もっといい条件の男が現れるとの確信があったんだろう。
チッ!
そう考えると、まったく!
なんともいけ好かない、貪欲で高慢な女だ!!」
誰にともなく怒りをぶつけるように吐き捨てた。
フランツが思い描いたヘレーネの姿は、己の美貌と才覚におぼれ、言いなりになる男を見下し縦に操り、飽きればポイ捨てし、もっと条件のいい男へと渡り歩く、目の覚めるような美女の姿だった。
鼻息の荒いフランツを見て、レオポルトが
「この話を知ってるか?
16世紀のことだ。
南大西洋の孤島セントヘレナ島(*1)に、ポルトガル人が食料確保のためヤギを放った。
天敵がいない島でヤギは爆発的に繁殖し、やがて島を覆っていた植物の芽を貪り尽くし、最後は食べ物がなくなったヤギたち自身も全滅した。
つまり貪欲は身を滅ぼすってこと。
モースハム嬢も己の貪欲に身を滅ぼされたのかもしれない。」
皮肉気な笑みをうかべ、淡々と言い放った。
フランツは何か思い当たることがあったように考え込んだ。
「ネオゴシック建築、ゴヤの『魔女の夜宴』、アウスグスの彫刻、黒薔薇と薊に蛇・・・・これらは・・・・・」
ハッ!と突然、フランツが目を輝かせ、興奮で頬を赤く染め、
「そうかっ!やっぱりそうだっ!
これらの共通点は黒魔術だっ!!
モースハム嬢は異教徒の悪魔崇拝者だ!
日ごろから悪魔を呼び出し取引してたんだ!
失踪した日も悪魔崇拝の儀式をしたんだ!
そのせいで悪魔に憑り殺され、この世から姿を消した!
おそらくこの屋敷には秘密の地下室があり、儀式の跡が見つかるはずだ!
魂の抜けたモースハム嬢の亡骸が見つかるかもしれないぞ!
おいっ!早く探しに行こうっ!」
唾を飛ばして叫び、グイッと荒々しくレオポルトの腕を掴んで歩き出そうとした。
単なる思いつきで、やっかいで手間がかかりそうな行動を無理強いされそうになったレオポルトは、不機嫌な顔で煩わしそうにつかまれた腕を振り払いながら
「そんなわけないだろっ!
どう考えても最後に出会ったルーツィフェルという男と駆け落ちしただけだろ!?」
フランツはビックリして目を丸くし
「はぁっ??!!
じゃその男は悪党だっ!
モースハム嬢を騙して、屋敷や家財道具を売り払わせ現金に換え、それを盗んだに違いない!
世間知らずの貴族令嬢を丸め込むなんて、『へそで茶を沸かす』より簡単なことだ!
モースハム嬢は全財産を奪われたうえ、その悪党に捨てられ、今頃どこかうす汚れた石畳の片隅で、ひもじい腹を抱え彷徨い歩いているだろう!
あぁっ!
なんと哀れなっっ!!
己の貪欲の結果とはいえ、悪魔のような男に騙されるなんて!」
両手を広げて目をつぶり大仰に首を横に振り、悲劇の登場人物かのように芝居がかったセリフを吐いた。
レオポルトは口の端だけで笑い、
「まさかっ!
そうじゃなく、彼女にとって正真正銘・一世一代の『恋』が訪れたというだけだ。
その熱愛の相手が貴族じゃなく庶民だった。
貴族令嬢が庶民を結婚相手に選びでもすれば、身も心も落ちぶれたとみなされ、社交界で爪弾きの笑いものになる。
だから彼女は上流階級の人々に向けて大々的に結婚を公表するわけにはいかず、駆け落ち同然で逃げ出したんだ。」
フランツが苛立ったように口をとがらせ
「だからっ!
その庶民のルーツィフェルが金に汚い悪党で、モースハム嬢を急かして財産を金に換えさせ、根こそぎ奪ったんだろ?」
レオポルトは薄い唇の口角をあげて優雅に微笑みつつ、ライトブラウンのクセのある前髪を揺らして首を横に振った。
「それなら舞踏会用のドレスや靴や銀製のシャトレーンや小物や扇子も持ち出したはずだ。
ナイトドレスや下着や貴金属や宝石と同じくね。
もしモースハイム嬢が金に汚い恋人のいいなりになっているなら、それらの高価な品を売り払って現金に換えるだろう。
彼女は持ち出すものをきちんと吟味し、上流階級と縁を切るつもりで恋人の住む世界へ飛び込んだ。
だからこそ、それらが必需品じゃなく過去の遺物になったんだ。」
と満足げに呟いた。
(*1:のちにナポレオンが幽閉された島)
最後までお読みいただきありがとうございました。
『魔法の道具』の存在を仮定するだけで、想像力の限界を押し上げてくれると思います。
何がきっかけで思い込みという枷が外れるのかは予想が付きませんよね!




