EP13_決着
【地下墳墓・深層】
視界を埋め尽くす白光。
それはアルフレッドが放った『極小の太陽』がもたらした、破滅の輝きだった。
鼓膜を圧迫する轟音と共に、絶対不可侵と思われたリッチの多重魔法障壁が、内側から食い破られる。ガラスが砕けるような繊細な音ではない。空間そのものが悲鳴を上げ、物理法則ごとねじ切られるような、おぞましくも美しい崩壊の音色だった。
熱波が吹き荒れる。
常人ならば肺を焼かれ、瞬きする間に炭化するほどの熱量。だが、その灼熱の嵐の中へ、迷いなく飛び込む影があった。
セシリア・ローレンス。
彼女はすでに、アルフレッドが詠唱を完了するその刹那、地面を蹴っていた。
仲間への信頼などという言葉では生温い。彼がこじ開けると知っていたからこそ、彼女は死地へと身を投げ出したのだ。
「――っ、あァァァッ!!」
全身の皮膚がチリチリと焼ける音を立てる。だが、焼けた端から、黄金の光が細胞を縫い合わせ、再生させていく。
彼女の肌に刻まれた聖痕とも呼べる無数の刺青が、かつてない輝度で脈動していた。それは魔力の奔流であり、彼女の命そのものを燃料とした焔だ。
リッチの驚愕が、スローモーションのように感じ取れる。
障壁を失い、核融合の余波で体勢を崩した死の王。その虚ろな眼窩の奥にある紅い光が、目前に迫る黄金の流星を捉え、恐怖に揺らいだ。
(遅い)
セシリアの意識は極限まで研ぎ澄まされ、世界は静止画の連続へと変わる。
呼吸をするように、彼女は古代の言葉を紡いだ。それは神への祈りであり、同時にアンデッドに安寧の引導を渡す聖なる呪詛。
踏み込んだ右足が、石畳を粉砕してめり込む。
大地から汲み上げた運動エネルギーが、足首から膝、腰、背骨を駆け上がり、螺旋を描いて右腕へと収束していく。
リッチが枯れ木のような腕を上げ、最後のあがきとして対象を同胞へと誘う即死魔法を放とうとする。
だが、その指先が黒い光を帯びるよりも速く、セシリアの金色に輝く領域が展開された。
「『Othoitz, Suntsipen eta Birsortze!!!(オトイツ・スンツィペン・エタ・ビルソルツェ!!! 我は祈る、破壊と再生の理を……!)』」
黄金の粒子が、彼女の右腕に集う。
それはただの魔力ではない。彼女の献身、犠牲、そして信仰心が物理的な質量を持った、聖なる暴力。
「『Hauts Hautsari, Hauts Santua!!!!(ハウツ・ハウツァリ、ハウツ・サントゥア!!!! 灰は灰に、塵は塵に、聖なる灰よ……!!)』」
最大奥義――『聖灰(Saint Ash)』。
裂帛の気合いと共に、セシリアの右掌底がリッチの胸郭、その中心にある『不死の核』へと突き刺さる。
ドォォォォォォォォォォンッ!!
接触の瞬間、地下空洞全体が揺れた。
黄金の衝撃はリッチの体を突き抜け、背後の壁面をも衝撃波で抉り取る。
「ガ、アァァァ……ッ!?」
リッチの口から、空気の漏れるような絶叫が漏れる。
だが、セシリアの攻撃はそこで終わらない。
メキメキメキッ、バキィッ!!
セシリア自身の右腕から、生々しい破壊音が響いた。
あまりの威力と反作用に、彼女の橈骨と尺骨が耐えきれず、複雑骨折を起こして砕け散ったのだ。皮膚が裂け、鮮血が噴き出す。
常人なら激痛に失神するその瞬間。
彼女の黄金の刺青が、狂気的な速度で明滅した。
その狂喜の眼差しから零れる光には一片の迷いも無い(治れッ!!)
意思の力だけで、砕けた骨を無理やり繋ぎ合わせる。
破壊と再生。砕けては治し、治ってはまた砕く。自らの肉体を使い潰しながら、セシリアはさらに一歩、深く踏み込んだ。
「逝けえぇぇぇぇぇぇえッ!!」
再生したばかりの腕で、さらなる衝撃を流し込む。
ゼロ距離からの二段、三段のインパクト。
カッッッッ!!!!
セシリアの掌から放たれた純粋な聖神力が、リッチの核を完全に掌握した。
黒い瘴気は黄金の光に飲み込まれ、浄化という名の消滅を迎える。
「馬鹿、な……人間、風情、が……こ、の我、を……」
死の王の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
核が砕け散る硬質な音が響くと同時、リッチの体は内側から溢れ出した光によって寸断される。
骨が砂のように崩れ、纏っていた豪奢なローブが灰へと変わる。
数百年の永きに渡り君臨し、数多の冒険者を葬ってきた地下の王は、ただの塵となって空気に溶けた。
あとに残されたのは、圧倒的な静寂と、舞い散る光の粒子のみ。
「は……っ、は……」
セシリアは残心をとった姿勢のまま、数秒間、動かなかった。
彼女の右腕からは白煙が上がり、衣服の殆どは弾け飛び、その美しい白磁の素肌には赤黒い血と黄金の光が混ざり合って脈打っている。
やがて、ダンジョンの天井からパラパラと、リッチの残滓である灰が雪のように降り注いだ。
「セシリアッ!!」
後方から、ガンダルの焦燥に満ちた叫び声が聞こえる。
その声が、彼女を現世へと引き戻す合図だった。
張り詰めていた糸が、ぷつりと切れる。
(あぁ……終わ、った……)
勝利の余韻に浸る間もなく、視界が急速に暗転していく。
魔力も、体力も、精神力も、一滴残らず絞り尽くした。今の彼女は、中身の入っていない抜け殻のようなものだ。
膝から崩れ落ちる感覚。
冷たい石畳に顔を打つ痛みすら、今は遠い。
「おい、セシリア! しっかりしろ!」
仲間たちの声が、水底の向こう側のように遠ざかっていく。
自身の心臓が早鐘を打っていたのが嘘のように、今は静かに、その鼓動を止めようとしていた。
深い、深い闇の底へ。
黄金の聖女は、泥のような眠りへと沈んでいった。




