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四つ葉の永光(クローバー・エバーライト) ―30年前の英雄たち―:アルケリア・クロニクル 外伝  作者: アズマ マコト


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EP11_聖女の覚醒

 退路は断たれた。

 背後の扉はリッチの障壁によって完全に封鎖されている。壁際へ追い詰められた彼らに残された空間は、刻一刻と狭まっていた。

 押し寄せる白骨の波。


「……前だ」


 アルフレッドが絞り出すように呟いた。

 ここで留まれば圧死する。後ろには下がれない。ならば、生き残るためのルートは、この死の軍勢を正面から食い破った先――リッチの座す玉座だけだ。


「くそっ……!」


 アルフレッドは奥歯を噛み締め、自身の内側にある魔力回路マナ・サーキットを意識した。

 枯渇寸前の感覚。まるで乾いた雑巾をさらに絞り上げるような、神経をやすりで削られる不快感と痛みが走る。

 だが、やるしかない。


 彼は杖を石畳に突き立て、肺の中の空気をすべて吐き出しながら詠唱を紡いだ。


「凍てつけ! 雑魚どもに構っている時間はない!」


 言葉は魔力となり、現象へと変換される。

 杖の先端から放たれたのは、絶対零度の波動。

 それは指向性を持った吹雪となり、地面を舐めるように疾走した。


 パリパリパリッ、と空気が悲鳴を上げる。

 迫りくるスケルトン・ジェネラルの足元、その重厚なグリーブが、瞬く間に白霜に覆われた。

 関節部分の水蒸気が凍結し、巨人の動きがギギギ、と強制的に停止させられる。

 完全な拘束ではない。数秒、あるいは十数秒の足止め。

 だが、この戦場において、それは永遠にも等しい好機だ。


「今だ! こじ開けろ!」


 アルフレッドの叫びは、しかし、別の咆哮によって掻き消された。


「あはっ! あははははッ!!」


 狂気じみた、それでいて鈴を転がすように軽やかな笑い声。

 セシリアだった。

 彼女の状態は、客観的に見れば限界を超えているはずだった。

 純白の神官服は返り血と泥で汚れ、肩で息をするたびに、肺が悲鳴を上げているのが見て取れる。額から流れる汗が、血の混じった頬を伝い落ちていく。


 だが、その双眸は。

 爛々と、不吉なほどに輝いていた。

 恐怖ではない。絶望でもない。

 そこにあるのは、魂を焦がすほどの戦闘への歓喜エクスタシー


「泣き言は墓場で聞き届けてやるわ! 今は、歯ぁ食いしばって私の背中についてこい!!!」


 戦場の空気を裂くような女の咆哮が、地下空洞に轟いた。

 それは祈りなどという生易しいものではない。

 死地においてのみ許される、生への渇望と暴力への肯定。


 セシリアが愛用の六尺棒を旋回させる。

 ブォン、と重い風切り音が鳴ると同時に、鋼鉄の棒身が眩い黄金の光を帯びた。

 神聖魔法の付与エンチャント

 本来ならば癒やしや守りのために使われるべき聖なる光が、今は破壊のためのエネルギーとして凝縮されている。


「邪魔よッ!」


 踏み込み一閃。

 彼女はジェネラルの足止めによって生じたわずかな隙間へ、自らの体を砲弾のようにねじ込んだ。

 六尺棒が横薙ぎに振るわれる。

 切断ではない。粉砕だ。

 聖属性を帯びた質量兵器の一撃は、行く手を阻むスケルトン・ナイトの頭蓋を、まるで熟れた果実のように容易く破裂させた。


 衝撃波と共に、浄化の光が周囲の闇を焼き払う。

 飛び散る骨片。舞い上がる塵。

 その中心で、セシリアは恍惚の表情を浮かべていた。

 手首に伝わる強烈な反動。筋肉が断裂しそうなほどの負荷。

 そのすべてが、彼女にとっては「生きている」という実感そのものだった。


「あはっ! 重い! 硬い! でも、最高に滾るわねぇ!!」


 彼女の背中から立ち上る湯気のような熱気が、男たちの本能に火をつけた。

 恐怖に凍りかけていた思考が、熱狂によって溶かされ、獰猛な覚悟へと変質していく。


「……ったく。あの尼、後で説教だ」


 前衛のガンダルが、凶悪な笑みを浮かべて大盾タワーシールドを構え直した。

 その瞳からは、もはや守勢の色は消え失せている。

 あるのは、セシリアの狂気に中てられた獣の光。


「オラァッ! 道を開けろ骨屑ども!」


 ガンダルが突進する。

 筋肉の塊のようなタックルが、凍りついたジェネラルの側面を打ち砕き、包囲網に風穴を開けた。

 分厚い氷が砕ける音と、金属がひしゃげる音が重なる。


 その一瞬の亀裂。

 そこへ、音もなく滑り込む影があった。

 斥候のライナスだ。

 彼は言葉を発しない。ただ、口元を三日月のように歪め、獲物を狙う猛禽のような鋭さで、開かれた「道」を疾走した。


 アルフレッドの氷結が作り出した時間。

 セシリアの狂乱がこじ開けた突破口。

 ガンダルの膂力が確保した空間。


 それらすべてが一本の線となり、最奥に鎮座する死の王――リッチへと繋がった。


「チェックメイトだ」


 誰かがそう呟いた気がした。

 あるいは、それは彼ら全員の共通認識だったのかもしれない。

 数の暴力に対し、個の暴力が牙を剥く。

 狂乱の舞踏は、クライマックスへと加速していった。

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