6 気づいたこと、私の選択
私を呪縛していた物が消え去り、解放される。
その後に残されたのは、ただの精霊であり何の肩書きも持たない私だった。
ライトとの繋がりを失った私は、しかし目の前のライトに釘付けになる。
こちらへ頭を垂れ、情けなくも懇願してくる少年。私よりも驚くくらい背が高くて大きい。
人間でいうと子供ほどの大きさしかない私は、背伸びをして彼の鼻先に乗っていた妖精を優しく掴む。
顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいたディープは「うわ、うわ!」などと叫びながら、私の掌の上へ。
「……。アンジュ、さっき、この男と!」
「しちゃったみたい。ディープごめんね?」
した、というのはもちろん口づけのことである。
彼には本当に申し訳ないと思った。でも、もう決めたから。
私は頬をわずかに赤く染め、ディープににっこりと微笑んだ。
「本当にごめんなさい。そしてありがとう。……幸せだったわ」
そしてそのまま、そっと地面へ下ろす。
当の本人であるディープはしばらく呆然としていた。
「アンジュ……?」
「私ね、気づいたの。ディープのことは好き。だけど、私はディープの相手にはなれないんだってこと」
正直に言って、ライトの熱意に負けてしまった。
……いいや、私はおそらくずっとずっと彼のことを慕っていたのだと思う。この森に来てからもずっと恋しく思っていたから。やっと今その理由がわかった。
私に幸せをくれたディープ。
もう二度と会えないと思っていた古馴染みたちとの再会を果たし、妖精の国で楽しく過ごして。
けれど私は、私を愛してくれる彼のことが好きだったから。
「そなたは我が息子との永遠の愛を誓わないと、そう言うのだな?」
「はい。本当によくしていただきながら、身勝手で申し訳ありません」
様子を傍観していたらしい妖精王がそんな声をかけて来たので、静かに答えを返した。
精霊王はゆっくりと頷く。そして一言、
「精霊アンジュ。そなたをこの森より追放する。横の男共々、ただちに出ていけ」
私の選択を受け入れてくれたのである。
△▼△▼△
私はディープに手を振る。
もう二度と会うことがないであろう妖精の少年。私を好きでいてくれて、しかし私はその気持ちを無碍にしてしまった。
怒っているだろうか。
きっと怒りに震えているに違いない。そう思って彼を見たのだけれど――。
ディープは微笑んでいた。
「行ってらっしゃい」
まるで散歩に行くのを見送るような平凡な調子で。
彼はそう言って、私を見送ってくれた。
私も彼に負けないくらいの笑顔を見せて、ライトに抱かれながら森を立ち去る。
この森での日々は私にとってかけがえのない思い出となるだろう。例え、こんな形で終わってしまったとしても。
「さようなら、ディープ! 元気で」
去り際、ライトが私に問いかけた。
「これで本当に良かったのか」と。
私は答えなかった。答えないままで少年の頬に口づけを落とす。
ライトが愛おしいと初めて心から思った瞬間だった。
△▼△▼△
私は森での平穏な生活より、ライトという一人の少年を選んだ。
あれから数年の月日が経った今でもなお、『本当にこれで良かったのか』というあの時の言葉が時たま頭に浮かぶことがある。けれど、きっとこれが運命だったに違いない。
私は今、ライトとの子を三人設けている。
精霊と人間のハーフがどんな子供たちになるかとても楽しみなのだ。
「この子たちも私のように、どこからともなくぽわんと生まれてくるのかも知れないわね」
「いや、そんなわけは……。でもわからねえな。もしそうだったらびっくりだが」
私は人型精霊のアンジュ。
相変わらず幼い少女のような見た目ではあるが、今はライトの妻として生き、そしてこれからは母となるのだろう。
きっとディープと共に生きていく道もあったのだと思う。けれど私は決して後悔していない。
これは契約に縛られているものでなく、本当に私が得た愛なのだから。
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