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4.セシーリアからの手紙

「何か楽しい知らでもあったのか?」

 護衛相手に行っている剣の訓練から居間に戻って来たイェルドは、ブリットが手紙を読みながら微笑んでいるのを見て訝しそうに尋ねた。

「セシーリア様がね、お兄様のことを可愛いって書いてあるのよ。庭を散歩中に躓いて転びそうになった時お兄様に抱きついてしまって、セシーリア様が謝っても、『いえ』しか言わないから怒っていると思って見上げると、お兄様ったら、耳まで真っ赤になっていたのですって。それがとても可愛いと感じたらしいの」

 ブリットはセシーリアから届いた手紙をイェルドの方に向けた。文字まで美しいのはさすがだとイェルドも感心する。


「あのごつい男が『可愛い』って? セシーリア様の感覚はちょっと理解できないな」

 二十歳のフレデリクは父親である騎士団長ほどの筋肉はついていないが、背が高く大柄であることには変わりない。真っ赤な太い眉が目立ち、三白眼ぎみの目つきと高い鼻梁のあまり感情を表さない顔も、可愛いとは程遠いとイェルドもブリットも感じていた。

「本当よね。お兄様を可愛いと評する人に初めて会ったわ。あの湖畔で、子どものように泣いたからかしら? とにかく、お兄様がセシーリア様に嫌われていないようで良かった。急に抱きついても余裕で支えてくれて、とても逞しくて頼もしかったとも書いているの。可愛いはともかく、逞しいなら大丈夫よね?」

 イェルドの方がもっと逞しいと感じるブリットだが、フレデリクを逞しいと言っても誰も反対しないだろうとも思う。


「そうだな。それにしても、愛しい女性に抱きつかれて、『いえ』しか答えないなんて、フレデリクも大概だな」

 以前、女を誘うこともできないとフレデリクに馬鹿にされたイェルドだが、こんな場面で気の利いた言葉一つ言えないなんて、フレデリクの方が余程不器用だと感じる。


「お兄様は長男だったので、爵位や団長職を継がせるに値するような男にしようと、お父様がとても厳しく育てたの。小さい時から倒れるまで剣や馬術の訓練をさせられ、九歳の時には先輩騎士の従騎士として家を出された。おそらく、お兄様は女性との粋な会話なんて楽しんだことがないと思うの。お父様は私にはとても甘いのに。弟のペータルはちゃっかりしていて、私への甘さを理由に父の厳しさから逃げていたわ。私の方が早く産まれていれば、お兄様はもっと楽に生きられたかもしれない」

 いつも限界まで努力を強いられてきたフレデリクを見ていて、ブリットはドリスに騙されても仕方ないと思った。誰だってこんな生活から逃れたいはずだと感じたのだ。だからこそ、ドリスの取り巻きだったと信じてしまった。


「ブリットは本当に優しいな。でも、あんな風にひたすら努力できるところがフレデリクの個性だと俺は思うぞ。不器用だけど、人を思いやる優しさも持っているしな。俺は理想の騎士の姿を追い求めれば良かったが、将来の団長として、フレデリクはそれだけでは許されなかったはずだ。でも、苦しさの中でも優しさを失わないフレデリクは、平和な時代の騎士団長して相応しいと思っている。俺はそんなあいつの補佐をしたいと考えていた」

 巨大な組織の長としては優しすぎるフレデリクなので、イェルドは騎士の誇りを捨て暗部を担ってでも、友として、そして部下として彼を支えたいと思っていた。


「旦那様は騎士を辞めなければならなかったことを悔やんでいますか?」

 フレデリクが利き腕を斬り落としたので、イェルドは騎士ではなくなった。理想の騎士の姿を追い求めていたイェルドにとってそれはどれほど辛いことだろうとブリットは感じている。

「いや。ブリットが傍にいる限り、俺は騎士として在り続けることができる。敬愛を捧げるのに値する女性が妻となり、隻腕の黒竜を刺繍したハンカチを贈られたのだ。誰が何と言おうと俺は貴女の騎士だ」

 片膝をついたイェルドは左手でブリットの手を取り、そっとその手の甲に口づけを落とした。誰よりも騎士であろうとした彼が捧げる敬愛の誓いだ。

「旦那様、嬉しいです。私も誰よりも旦那様のことを尊敬しています」

 ブリットは頬を赤く染め、跪いてようやく目線が合う程に逞しいイェルドの顎にキスを返す。そこにはまだ消えぬ火傷の痕があった。


「貴女を守るためには、立派な領主にならなければならない。午後からはまた一緒に勉強をしよう。この地を豊かにして、領民たちがいつでも笑って過ごせるようにすることが俺の目標だ」

「はい、旦那様。それは私の目標でもあります」

 夫婦がお互いに敬愛しあい、同じ目標を持つ。それはとても幸せなことだと二人は感じていた。

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