1-2 旅の結末
遅くなりました。
前話を少しだけ修正しているのでそちらから見ていただきたいです。
7月の中旬頃は、学生にとって胸躍る時期だろう。
何故なら———世の学校では夏休みという、薔薇色の青春の一幕にして最重要のイベントへと入るからだ。
その心躍らせるリアルJKの中に眞壁 簗も当然含まれる。
しかし今現在、彼女はと言うと—————
「おえぇぇ…………」
高速道路のパーキングエリアで朝食として食べたモノを全て吐き出して、最悪の気分を味わっていた。
「大丈夫?」
お店の入る建物の後ろにある木陰で両手両膝をつきキラキラと汚物をさらに重ねる私の背を摩りながら、蔑兎が心配そうに尋ねてくる。私はなんとか微笑みを浮かべて頷く。
「うん……もう全部出た」
口元をタオルで拭うが、しかし口の中にはまだ気持ち悪いすっぱさが残っている為に顔を顰める。
「あ、飲み物———」
「蔑兎」
と、私の背後から声が掛かる。
背後の声、母は前もって持ってきていた財布を弟へと放り、視線で建物の方を指した。
「飲み物買ってきてくれる?——————二人分」
「オロロロロロ…………」
その母に背を摩られながら、私同様に木の根元へ汚物をキラキラと吐き続ける父の姿がそこにあった。思いっきり顔は青ざめ完全に私よりも重症である。
「あ、うん……分かった」
苦笑いを浮かべながらもすぐに建物内に設置された自販機へと向かった。
「私エチケット袋の中身を捨ててくるわ」
そう言って片手に車内で父が吐いたモノの入った黒い袋を掲げトイレへと駆けていく。
残された私達二人は、とりあえず汚物の匂いが届かない場所へ退避しようと提案し、父は顔色はそのままに頷き、兎に角露店の並ぶ前にあるベンチへと移動した。
2人揃って空を仰ぎ見て、「あー……」と魂の抜けるような声を洩らす。
「……私の車酔いってさ、完全にお父さんの遺伝だよね」
「……すまん」
「いや、謝る必要はないけどさ」
私は顔のパーツこそ母似だが、性質というか体質のようなモノ全般は父に似ている部分が多い。現に、父は重度の車酔いを発症しているが母はぴんぴんしている。……そこは似ないで欲しかったなぁ、とため息交じりに思う。
「あ、そうだ」
「何?」
突然思い出したように此方へ振り向き頭を下げてきた。
「ありがとう」
「…………………え、なんで?」
いきなりの謝辞に困惑する。この状況で何故お礼を言われるのか、意味が分からない。首を傾げていると、父は何故か正面を向きながら理由を語る。
「この旅行。蔑兎の受験前最後の楽しむチャンスというのが主目的だったのは事実だ。———ただ、それだけじゃない。お前のお疲れ旅行って目的がこの旅行には付随しているんだよ」
「そ、そうだったんだ……」
そういえば、そんなことをやるって入学式後に言ってたような……今の今まで忘れてた。
入学直後から部活や勉強に遊びと忙しかった日々が続いていたので、それをする時間がなかったからそれもしょうがないと思う。
「ま、この提案をしたのは蔑兎なんだけどね」
「え?」
父は心底嬉しそうに、微笑みのまま続ける。
「『僕も楽しみたいけど、姉さんの受験お疲れも労ったら更に皆楽しいよ』ってね。でもこうも言っていた。『でも、姉さんの休みを邪魔したくはない』って。だから、ありがとう。自分の先約を破棄してまでこっちに来てくれて、本当に、ありがとう」
父らしからぬその言葉に目を丸くする。……いや、それだけじゃないか。
弟がそこまで自分のことを考えてくれたこと。そして、自分よりも家族が楽しむ方を選んでくれたことにも驚き私は目を剥いたのだ。
次いで頬を赤く染める。嬉しいやら恥ずかしいやらで、顔が火照ってしまう。
「そっか……なら……来てよかったかも」
「まだまだ旅行は始まったばかりだぞ?」
「分かってるって!」
ぐーっと両手を空へ向けて伸ばし全身を伸ばす。いつの間にか酔いは何処かへ行ってしまっていった。
と、
「————……ん?」
何か違和感というか、頭に引っ掛かるものがあった。
「……ねえ、お父さん」
「なんだ?」
それは父の言葉の一部。
「なんで……先約を破棄したって、先輩との約束を断った事、知ってるの?」
「…………」
「私一言もそんな話してないよね?蔑兎も知らないよね?ねえ、なんで知ってるの?」
「…………」
父の方へずいと顔を近づける。父はしかし、顔を真逆へと逸らし絶対に目を合わせないという意思がありありと見て取れた。顔めっちゃ汗噴き出してる。露骨だなぁ……。
とりあえず一発その横腹にコークスクリューを叩き込んで立ち上がる。隣ではベンチから思い切り顔を打ち付けるようにして倒れ、ビクンビクンと痙攣しているが、フンと一度鼻を鳴らして戻ってきた蔑兎と共に車へと戻った。
私たちが車へと戻って7分ぐらいして二人も戻ってきた。父の顔は別の意味で青い。
「あれ?お母さんが運転するの?」
「ええ、これに運転させるのまだ不安だから」
「……なんか、ごめん」
その不安は杞憂なのだが、その不安の発端を作ってしまったという思いに駆られ苦笑いを浮かべながら小さく呟く。
後部座席に私と蔑兎、運転席に母、助手席に父という位置で座り全員がシートベルトをしたのを確認し、車体がゆっくりと動き始める。
時刻は12時を過ぎ、丁度お昼を終えた車が続々と同じように出口へと向かっていた。
その中に混じり出口近くまで来ると、高速は準渋滞状態だった。
パーキングエリアから合流する位置で一度止まり左側を見る母の顔には、少しの汗が垂れているのが見えた。
無理もない。かなりの量の車が流れてくる為入り方をミスすれば大事故に発展するだろう。加えて、あまり時間を掛け過ぎても後続の車両から催促され、最悪追突を受けるかもしれない。
「む、無理しなくていいからね?」
「大丈夫よ。私も伊達に30年運転してないんだから」
母は不適に笑んで意を決した表情をする。
一瞬車の流れが3車線の奥と2番目に集中したタイミングが発生し、そのタイミングを逃さず車体を入れ込む。
その後は後ろからの追突もなく、前の車両との間隔も良好で、成功と言えた。
「ふう……」
車内が安堵の雰囲気に包まれ、誰からともなく笑い声を洩らす。連鎖的に全員が笑い声をあげて車内の雰囲気が明るくなる。
「さ、ファームランドまではもう少しだ——————」
後部座席へ振り向いてそう言ってきた父に全員が「おー!」と返した刹那だった。
正面を向いていた私と蔑兎だけが気づいていた。
フロントガラスを覆うように飛んできた————車体に。
轟く轟音。響く悲鳴。煌々と燃える炎が視界を染める。
痛む体は至る所から出血している。意識も朦朧とする中、自身の両腕で包み込む男の子を眼下に収めほっと吐息する。その少年は、私よりも軽症で今は意識を失っているが、その表情も眠っているように穏やかだ。
「よか……った……蔑……兎———————」
遂に意識が完全に暗転する。
…………ああ、私、死ぬのかなぁ…………。
「あの時は本当にそう思ってました」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて言い、コーヒーを一口を含む。
店主さんは眉を八の字にして心配そうな表情を浮かべる。
「それはそれは……お辛い経験でしたね」
この人……どれだけ入り込んで話を聞いてくれていたのだろうか。
親戚の中でも叔父さんぐらいしかここまで親身に聞いてくれた人いなかったから、なんだか嬉しいな。
店主の優しさに気づきクスリと小さく笑う。それに首を傾げ不思議そうな表情をしてきていることに気づき咳払いをする。
「さっきも言いましたけど、本当にその時は死んだかと思っていたんです。———でも生きていた」
眞壁 簗が目覚めたのは事故の日からおよそ一ヵ月後————————8月22日だった。
週2投稿を目標としていますがどうしても遅れることが御座います。ご了承ください。
次話は火曜日に投稿予定です。眞壁簗の回想パート2に入ります。