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人生屋  作者: 城戸 慎太郎
ヒヤシンス
2/21

1-1 旅の前章

ここからは女性の回想に入ります。

―――—―——始まりは2018年の7月22日。

何の変哲も無い普通の家族。

今日も、いつも通りに学校へ通い、いつも通りの優しい友達と遊び、いつも通り弟の勉強を見ながら両親の帰りを待ち、いつも通り四人で食卓を囲む。

だが今日は違った。

いつも通りではないことが一つ。

「えっ、旅行?」

口に運びかけた豚カツが箸から落ちる。私の問い返しに父がこくりと頷き返してくる。

「ああ、四人で熊本まで。四泊で考えているんだ」

「阿蘇にあるファームランドの予約をもうとってあるの」

「それ拒否権なくない?」

既に四人で予約を取っているってことは、もしこれで行かないと言っても無駄になってしまう。

そんなことを、この二人が良しとしないだろう。かなりケチだし。

「どうだ?丁度明日から夏休みだろう?」

「そうだけど……蔑兎(ないと)はどうなの?」

私の隣で黙々とごはんに箸を伸ばし続けていた弟は、何気も無く「いいんじゃない?」と同意した。

「サッカーの練習は無い日取りだし、問題ないよ」

「でもほら! 友達と遊んだりとか—―———」

「そんな予定受験生には無い」

「それこそ、旅行に行っている場合じゃないと思うんだけど……」

弟の蔑兎は現在15歳で翌年には高校に入る。志望先は私と違って工業高校だが、それなりに偏差値が高く今から勉強を始めなければいけないはずなのに。

何故?と問おうとする前にその答えは返ってきた。

「受験勉強はちょこっとずつしてたし、これからはさらに力を入れる。その前に楽しんでおきたいんだ」

その言葉は何よりも覚悟の籠ったものだった。

サッカーと勉強の両立。

それを以前からこなしていた時点でかなりの努力をしてきたと分かっている。これからそれ以上の努力を積み重ねなければならないと言うのならば、確かにこの夏休みが中学最後の遊ぶタイミングだ。

私はため息をつき、懇願するようなまなざしを向けてくる3人へ向けて頷いた。

「……分かった」

食卓にほっとした安堵の雰囲気が満ちる。


翌日。学校での終業式を終え、帰路の電車に揺られながら私はため息をついていた。

「どうしたの?」

それを心配してくれた幼馴染でクラスメイトのみっちゃん―——三ツ(みつや)(かおる)が訝し気な表情で訊ねてきた。

「うん……ちょっとね。夏休みが始まったらすぐ熊本に行くことになりそうで……」

「夏休み最初って、あれ?てことは宇津美(うつみ)先輩との約束は……」

「はは……キャンセルした」

「えー!?」

大声を上げて立ち上がってしまった為に驚いた表情で多くの乗客がこちらへと視線を向けてきた。

みっちゃんは恥ずかしそうに顔を真っ赤に染め上げながら座りなおす。

一度大きく電車が揺れてからやっとみっちゃんは口を開いた。

「せっかくアタックするチャンスだー!って張り切ってたのに……いいの?」

「うん。弟たっての願いなら無下には出来ないかなって。しばらく家族旅行なんて行ってなかったし」

「そっかぁ、蔑兎君も高校生かぁ」

「受験に成功したら、だけどね」

「大丈夫でしょ。最悪、サッカーでなんとかなるんじゃない?」

「あー……その可能性もあったか」

でもそんな話はあまり聞かないな。実力は小学校から折り紙付きだったんだけど、あまりそれに頼って進学するつもりというのは彼の口から聞いたことがなかった。勿体ないと以前から思ってたんだけど、口にするのは何となく違う気がして今まできいてこなかった。

「……今日は準備あるから無理だけど、旅行中なら聞く機会あるかな」

「何か言った?」

「いや、何でもない。それより帰ってきてから遊ぼうね」

「うん!」

駅に着き乗客が流れていくのに合わせてみっちゃんも降りて行った。

それとすれ違うように入ってくる乗客の中に、蔑兎の姿があった。こちらに気づいたらしい蔑兎も人の波に流れて空いていた私の隣へ座った。

「今の三ツ矢姉ちゃん?」

「そうだよー。懐かしいでしょ」

「別に、1か月前も来てたし」

「もう……ドライなんだから」

プシュウという音の後に扉が閉じ電車がまた揺れ始める。

その後、電車の中で何かを話したりせず二人並んで、私は自転車を押しながら家に帰った。

「ただいまー」

しかし家の中からの返事はなく、それが当たり前になっている私たちはそのままリビングへと向かった。

「蔑兎、キャリーバック持ってたっけ?」

「修学旅行の時に買ってもらった」

「今日中に準備しときなさいよ?明日になって慌てても遅いんだから」

「姉さんもね」

「ぐっ……古傷が……ッ」

中学の修学旅行では楽しみすぎて旅行の準備を忘れてみっちゃんと話していたために翌日の朝、泣きながらお母さんに準備を手伝ってもらったという忌々しい記憶がある。……あれは散々な旅だったなぁ。

自室へ戻りクローゼットから中学以来使っていなかったキャリーバックを持ち出す。

「さ、始めるかな」


両親が帰宅したのは夜の12時を過ぎてからだった。

どうやら、5日間の休みを取るために今日でほとんどの仕事を終わらせてきたらしい。

さすがに遅すぎたため、私と蔑兎は二人で夕食を済ませ、蔑兎は生活習慣のせいか既に就寝していた。

私も丁度寝るつもりだったが、疲れて帰ってきた二人を見てご飯をあっためるぐらいはしておいてあげようとキッチンに立っていた。

「ふいーさっぱりしたー」

上下灰色のスウェットを着て髪の毛にタオルを被せた父が湯気を上げながらリビングに入ってきた。

「ご飯できてるけど、食べる?」

「お、ありがてえ!もうペコペコだよ~」

ソファーでグデーっと脱力していた父だったが、料理を並べるとその香りに釣られてテーブルにやってきた。

父が座ると同時にまたリビングの扉が開き、同じ姿でこちらも湯気を上げながら母が入ってきた。

「あーさっぱりしたー」

ここはさすが夫婦というか……同じようなこと言ってる。

「お母さんもほら、食べちゃって」

「ありがとね、(やな)

ダイニングテーブルの席へ着きながら母がそう言ってきた。

気恥ずかしくなって料理を全部出し終えてからもキッチンへ戻り朝食の準備を始める。

「そういえば簗、あなた準備は終わった?」

「うん。蔑兎もちゃんと終わらせたよ」

「中学生の時みたいにならないでよー?あの時は本当に肝を冷やしたんだから」

「うう……」

ズン、と肩を落とし包丁を止める。

あの時は本当にやらかしたって自覚があるし、それにそれを覚えているのだから2度目の失敗はない。

「そういうお母さんたちはどうなの?まさか今からとか言わないよね?」

「おう、今からだぞ!」

父は事も無げにそう返してきた。

私は危うく自分の指を切りかけ、ギリギリのところで避けた。

「ちょッ!?私よりも二人の方が危ないんじゃん!?」

「まあまあ、そこは大人の余裕というか。経験豊富だから大丈夫だよ」

本当かな……。

自身に胸を張る父の姿に一抹の不安を感じながら、私は下準備を続けた。

2人が食べ終わった食器は洗浄機に入れ、下ごしらえも丁度終えたので自室へ戻り就寝した。それでもやはり、不安を完全に払拭することはできなかった。

「大丈夫かな……」


そして翌日―——実際には就寝した時には翌日になっていたが—―——朝を迎え、感じていた不安は見事的中した。

「……遅いね、二人とも」

「…………」

2人に言われた時間に間に合うように早めに起きていた二人は、準備万端でリビングに降りてきていた。

にも関わらず、二人は約束の時間を30分過ぎた今なおなかった。

「私、起こしてくるわ」

「昨日も遅かったんでしょ?だったらもうちょっと休ませてあげても……」

「そうしたら到着が遅くなっちゃうでしょ。それじゃあ遊ぶ時間も減っちゃうじゃない。それは駄目」

何よりも楽しむための旅行なんだから、そこを妥協するのは駄目だと思う。

「だから起こすわよ!」

「う、うん……—――――……ありがとう」

「ん?」

「ううん、何でも。でもあの二人ってそう簡単に起きないんじゃなかった?」

そうだった……。一度ガチの睡眠に入った二人は、かなりの時間眠り続ける。以前、それを起こそうとした時は一時間かかってやっと半覚醒状態にもっていくのが精一杯だった。

「や、やってみなきゃ分からないわよ!」

「それ、所謂フラグってやつなんじゃ……」

張り切る私は嘆息する蔑兎を引き連れて二階の両親の寝室へと向かった。


「お父さーん、お母さーん。起きてるー?」

まずは扉の前で大声で呼び掛けてみる。しかし応答は無い。

蔑兎の方へ視線を向けコクと頷き、扉に手をかけた。

「入るよー」

扉を押し開けると同時、室内からガラガラン!と何かが落ちたり倒れたりする音が響いてきた。

一瞬開けかけて止めた扉を、意を決して完全に開く。

室内は—―—台風が通り過ぎた後の街のような大惨事になっていた。

タンスからはみ出した衣類が床に散らばり、クローゼットの中も靴やバックなどが倒れごっちゃごちゃ。挙句の果てに姿見の鏡など完全に倒れてしまっている。

そしてその現状を作り出した台風……基二人が、叫びながら準備をしていた。

「おい!俺の歯ブラシがないぞ!」

「知らないわよ!それぐらい自分で持ってきなさいよ!!」

2人の目元には深く黒い隈が刻まれており、徹夜で準備したか、それともすぐに眠ってしまい早くに起きて準備していたかのどちらかだろう。

とりあえず悲惨な二人の現状に、私は静かに扉を閉めた。

「……下で、待ってましょうか」

「……そうだね」

私たちはこの時、久しぶりに姉弟共通の思いを抱いていた。


『本当にこの旅……大丈夫かな……』





ちなみに簗達一家の苗字は眞壁まかべです。


父親:眞壁まかべ 敏行としゆき

   三十八歳でIT関係のエンジニア。里沙とは職場の同僚に誘われた社内合コンで出会った。

   優しく大雑把な性格ではあるが人情に厚く部下からの信頼も厚い。この頃抜け毛が酷くなってきた   のが密かな悩み。


母親:眞壁まかべ 里沙りさ

   三十二歳で夫の勤めるIT企業の人事部。お金に関しては職場でも家でも効率主義。一切の無駄を   許さないが、お金以外の部分はかなりルーズでおっちょこちょいな部分もある。夫の人情に篤いと   ころに惚れている。悩みは抱えないタイプ。


文の中で語らない部分はここに書いていこうと思っています。

次回投稿は月曜日を予定しています。



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