0-1 ほの暗いその先
初めまして、城戸慎太郎と申します。
これが初投稿……というわけではないのですが、どうかこれを初投稿として読んでいただけるとありがたいです。
これも思いつき作品なので、何時まで続けられるかわかりません。
まだまだ初心者で不慣れな筆ではありますが、最後まで読んでいただければ幸いです。
生まれ育った街。ここでなら知らない場所などないと断言できる人は多いのではないか。
自分しか知らない路地裏の近道。子供の頃、心躍らせながら友と作った秘密基地。普通だったら誰も入ってこないような場所にあるお洒落な喫茶店。どれもこれも、自分の脚で歩き偶然と必然の出会いによって構成される自分の街の形。
しかしそれは、あくまで個人の知識内でのみ形成される街でしかない。
自分自身の見たもので大体を置換し、それが全てであるように錯覚する。
故に、初めの断言は間違いである。どんなに生まれ育った街といえど、知らず知らずの内に回避してみなかったことにしてきた場所が存在する。
そんな意識を利用しその店は存在している。
だから誰も知らない。
知っているのは唯一、見えない者だけ。
そんな店に招かれざる客は、ほとんど来ない……。
私は街を歩いていた。
見知った街の商店街をふわふわし感覚の中で歩いてく。
何度か人にぶつかりそうになるが、周りの人が気にした様子もなく、ぶつかることは終ぞなかった。
「それにしても、今日は人が多いなぁ……」
都市というほど都市でもなければ、田舎というほどの田舎でもないこの街だが、見た感じ商店街のアーチ道内を埋め尽くすほどの人がいたところなど、私は過去見たことは無い。街の住民全員を集めたら起こる可能性もあるが、今日は平日の火曜日、しかも正午前だ。会社員も学生も普通に学校へ行って自分の仕事に従事している時間帯。つまりこれ程の人が居るのは不自然である。
「……お腹すいたなぁ」
朝から何も食べていないし、さすがに昼時。お腹の虫は鳴りを潜めているが、栄養が足りていないのか肌は何時もより白い。
「どこがいいかなぁ……この時間だと、丁度牛丸精肉店のメンチカツが揚げたてなのよねぇ……。あ、でもがっつり行くならファーム小島かなぁ……あそこの勝カレーおいしいもんなぁ……三年ぐらい食べてないし、久々にいいかも……—―――――—――――」
などと考えていると、ふと商店街の隙間に出来ている薄暗い路地に意識が向いた。
しかしその路地へ視線を向けたまま数分考え、首を傾げた。
「こんな路地……あったっけ?」
この商店街には保育園の時からよく来ていた。今年17歳で、五年前から少し足が遠のいていたが、それでも十二年間通っていて見たことの無い場所など今更あるのかな?という疑問が浮かんだゆえに首を傾げた。
だが、知らない場所があるのであれば、これを機会に知るだけだ。
知らないものを知る時、それは偶然によって発見し、その機会を避けない時だ。
未知のモノへ足を踏み入れる時、それは人に大きな恐怖を与えその一歩はなかなか踏み出すことが出来ない。それでも踏み出せる人は、何かをもって変わろうとしている人だ。
一抹の不安を抱えつつも、私はそちらへと一歩踏み出して路地奥へと向かった。
両隣は—―——というか商店街内にはそこまで大きな建物などないはずなのに――——その路地には一切の陽光が差し込んでおらず、雨が数日降っていなかったにも関わらずじめじめとしていた。
「こんな所にお店なんて入ってるのかな……?」
入っていたとしても錆びついてちゃんとお店と機能しているのかどうか……。そんな別種の不安を抱きながら進んでいくと、急に目の前に壁が現れた。
「行き止まり—―—―――——―――――――——……きゃっ!?」
行きついた行き止まりの壁に片手を触れた刹那、ポッと二つの明かりが灯り小さな悲鳴を上げて後ろに二歩後退する。
灯った場所は壁の彼女よりも頭一つ分高い場所に二つ。どちらも浪々とした炎が入ったアンティークなランタンの明かりだ。妖しく揺れる光は不安を一層濃くし、警戒心を倍増させる。
次いで、すうー……と蜃気楼の中に現れる幻覚のように現れた扉。揺れる炎が強くなり、何かを訴えかけてきているように感じてきた。
「……なんなのよ一体、入れってこと?」
そう呟くと、それに呼応するように炎の大きさが少しだけ強くなった。
「…………」
その反応に〝鬼火〟という言葉が脳裏を過ぎったが、頭を振ってその言葉を追い出し、意を決して扉の取っ手を掴んだ。
木製の扉はキィ、という小さな音と扉上部に設置されたベルのカランカランという音とともに軽い感触で容易に開いた。
中は、普通の喫茶店だった。様式の古民家を改装したような様相の店内。カウンター席が六つとテーブル席が八つという配置でありながら、通路は人が二人通ることのできる程度に広い。総じて狭さを感じさせない。入り口のあった通路と違い、ここには窓枠にはめ込まれたステンドグラス風のガラスから虹色の陽光が注ぎ、全体的に明るい印象を受ける。
「意外と綺麗—――——」
「ありがとうございます」
「っ!?」
突然声を掛けられ体が跳ねる。
そちらを向くと、カウンターの中から鳴っていたゴリゴリという音が止まり、私へ向けて優しそうな微笑みを浮かべた男性が、そこにいた。陽光を受けて少し光を放つ白銀のストレートを腰元まで伸ばしており、それを下のほうで結っている。灰色のベストに白いÝシャツの第一ボタンを外し、黒いストレッチパンツの前にはネイビーブルーとアリスブルーが交互のボーダー柄の腰掛けエプロンを巻いている、いかにもなバーテンダー。
「いらっしゃいませ」
「こ、こんにちはっ……」
男性がお辞儀してきたのでこちらもぺこりとミニスカートの前で手を重ね一礼する。
彼に促されカウンター席の真ん中へ着いた。
「コーヒーは飲まれますか?」
「あ、はい」
尋ねられ咄嗟に答えてから、ミルクと砂糖が結構入っていなければ飲めなかったことを思い出す。
どうしよう……今から断るのもなんとなく悪い気が……。
などと悶々と悩んでいると、予想よりも早くコーヒーは出てきた。
「—――――――あ、れ?」
「どうかしましたか?」
「いえ、別に……」
不思議そうな表情を浮かべてくる男性に動揺した表情を戻し左右に首を振る。
出てきたコーヒーは普通のコーヒーだったが、それにプラスしてミルクと砂糖、さらにアイスまで出てきたので驚き目を丸くしてしまった。
おずおずと砂糖とミルクに手を伸ばす。
本物のお店だと、安易に出されたからって入れすぎると怒られるってどこかで聞いたような……。でもどちらかと言うと飲みきれない方が失礼になる、よね?
思い切ってダバッとミルクを入れ、さらに角砂糖も五つ入れ、スプーンで混ぜ溶かす。もう元の色は見られない。
カップに口をつける前に彼の顔色を窺うが、やはり優しそうな微笑みが浮かんでいた。
まず一口含む。あれだけの砂糖やミルクとを入れても、ほろ苦さは崩れず、しかし苦すぎずなんとも絶妙なバランスで今までに飲んだことの無い味をしていた。
「美味しい……」
「それはよかった。少しは心配事も減りましたか?」
「ほえっ?」
口からコーヒーが零れそうになり、慌ててカウンター席に常備されたペーパーを口に当てる。
「な、なんで心配事があると思ったんですか?」
「あなた、自分では気づいていなかったでしょうが、表情が疲れていますよ」
「えぇ!?もしかして隈とかあります!?」
「いえいえ、表には出ていませんのでご安心ください」
じゃあなんで分かるのよ!?と言いかけたが、彼の言葉のほうが早かった。
「肉体的疲労の表情は形として現れます。あなたの言った隈などが代表的ですね。しかし今のあなたの疲れは精神的なものですからね。そういうのは仕草に出るんですよ」
カウンターに体を乗り出してきてフッと優しい、じゃなく悪戯っ子のように笑んだ。
「当たりですか?」
青紺の双眸に見つめられ、のけぞっていた体体勢のまま天井を仰ぎ見る。
はあ、とため息をつき観念してその瞳を見返した。
「訊ねたからには、最後まで付き合ってもらいますから」
「構いませんよ。私は聞き上手なので」
「それを自分で言いますか……まあいいけど」
私はもう一度コーヒーを飲む。
「話すと言っても、何から話したらいいかな……多分始まりは、四月のあの日だったかな」
四月。
それは始まりと終わりの季節。
唯一の家族だった弟にとっては始まりの季節に、なるはずだった季節。
そして私にとって―――――――――――――――――終わりの季節。
それが、2019年4月19日。
そこから紡がれる、私の物語。
Are you ready?
次話投稿は今のところ未定です。