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LV999の村人  作者: 星月子猫
第七部
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繰り返す-3

「ふぅ……今までで一番疲れたかもしれん。戻ってきていきなりで悪いが、來栖のとこに行くから昇降路を動かしてくれないか?」


 その時、めんどくさそうに溜息を吐きながら、テントのドアを開けてバルムンクが顔を出す。


 中に入ると、バルムンクの肩の上に乗ったピッタも姿を現した。


「……戻っタカ、ピッタを連れテどこに行っテイた?」


「ピッタがいないとできないこと……と、誤魔化したいところだが、隠したところで最早何の意味もないからな。先に言っておくが……暴れるなよ?」


 バルムンクはそう言うと、テントのドアを開いて合図を送る。直後、テントをくぐって現れた存在を前にして、ウルガは飛び退き、横になっていたペスも跳ね起きて「フー!」と威嚇した。


 現れたのは、霧のような黒い靄のかかった人の形をした化け物を担いだデビッドだった。


 気絶しているのか、いつも眩しく光を放っている眼は閉じており、よく見れば身動きが取れないように拘束具がとりつけられている。


「何故……ソイツを連れてイル⁉」


「こいつらも戦力にするためだ。お前たちと同じようにな」


「正気か? ウチにはソイツが素直に従うトは思えん」


 眠っていてもその危険性を肌で感じとっているのか、血走った眼で二人はバルムンクを睨む。


「落ち着け……二人とも、憎しみを抱くのはわかる。だがここはグッとこらえてくれないか? まあ……俺が言っても説得力はないんだろうが。こいつらも、本来はお前たち獣牙族と同じく……デミスと戦うためだけに作り出された生物なんだ」


 申し訳なさそうに言いながら、バルムンクはデビッドの担いでいる喰人族に視線を向けた。


「堪えるトカ堪えないトカの問題ではナイ。ペスの言葉通リ、従ウトは思エン……危険スギる」


「安心しろ。それについては問題ない。喰人族が人間や他の者を喰らうのは……そういう風にしたからだ。つまりそういう風にしないこともできる」


「ドウイウ意味だ?」


 言葉の意味が理解できなかったのか、ウルガは眉間に皺を寄せる。


「喰人族を作ったのは來栖だ。戦闘データを取るために無差別に他を襲うようにしたのもな。なら……そうしないようにすることもできるということだ。以前のテストで知性もそこそこに備えることにしているから……連携もきっととれるようになる」


「馬鹿……ナ」


「あいつは手段を選らばない。世界を救うためならどれだけ非人道なことでもする。だが俺は少なからず、あいつの目的に一直線なところは評価していた。悪趣味なのは間違いないがな」


 ハッキリと「ふざけるな」と憤らず、ウルガは複雑な顔で押し黙った。デミス、あの脅威と戦う戦力を整えるのに、えり好みしている場合ではないことくらい理解していたからだ。


「今は……喰人族の力も借りたいくらいに戦力が必要な時です。喰人族の脅威をその身で経験していない私の言葉など耳に入らないとは思いますが、ここは耐えていただくしかありません」


 厳しい顔を見せるウルガを宥めるようにデビッドが声をかける。


「イヤ……気にスルナ。ワカってイル」


 だからこそ、こんな危険な仕事も嫌な顔一つ見せずにピッタは協力しているのだと一人で納得すると、ウルガはバルムンクの肩から降りてきたピッタの頭を優しくなでた。


「ウルガ様にご理解いただけて幸いです。バルムンク様の前ですのであまり言葉にしたくはないのですが……これ以上、険悪な状況は作りたくありませんので」


 そう言いいながら、デビッドはテントの外にいるレジスタンスたちへと視線を向けた。


 デミスを倒す目的とはいえ、レジスタンスを騙し、異種族と戦わせることで強い生物を生み出そうとしていたことが明らかになってから日はまだ浅い。


 一度グリドニア王国へと向かう際、鏡は來栖たちを連れてノアへと戻っていた。そして、時同じくして少しでも戦力が必要だと、バルムンクも解放されていた。


 当然の如く怒りをぶつけてきたレジスタンスを説得するため、デミスの存在を伝え、今は倒すために怒りの矛を収めてほしいと鏡が直々に頭を下げたが、納得している者は少なかった。


 彼らには、どうしても裏切られたという気持ちを拭いきれなかったのだ。


 そのため、戻ってきたバルムンクたちに対する風当たりは冷たい。どれだけ罪を償おうと熱心に仕事をしたところで、裏切り者には変わりはないからだ。


「そういえば……バルムンク様。メリー様との関係の修復は?」


 デビッドの問いかけに、バルムンクは首を左右に振る。


「一度顔を見せにきたが……俺も何を言ったらいいかわからなくてな。結局、何も話せず終いだ」


「……同じ立場にいらっしゃられた油機様も、今ではすっかり仲直りされております。きっと、時間が解決してくれるでしょう……幸い、デミスとの戦いまではまだ時間はあります」


「……そうであってくれると嬉しいが」


 とはいえ、メリーと会って和解している余裕もなく、バルムンクは深い溜め息を吐いた。


「ソウ言えバ……來栖がコチラに戻っテカラ一度も顔を出しテイナイノは、喰人族を調整シテいたカラか? アイツは今、何をヤッテイル?」


「あいつは今、あいつにしかできないもう一つの仕事をやっている。確か今日が……それを一度に表舞台に出すための日だったな。ガーディアンにいるライアンにも中継して成果を見せると言っていたから……お前も気になるなら来るといい。最早、地下に獣牙族が入り込むことを否定するような奴もいないだろうから」


 言葉の意味がわからず、ウルガはペスと顔を見合わせて首を傾げる。


 そして、ここで話していても始まらないとデビッドがテント内に設置されている昇降路の起動ボタンを押してテントの外へと出ると、それに続いてウルガとペスも地下深くにいる來栖の下へと向かった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


……それから一週間が経過し、アースクリア内では、三週間の時間が経過しようとしていた――


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「おい……お前どうする?」


「どうするって言われましても……まだ実感がないというか、なんというか」


「少なくとも、夢ではないんだろうぜ。仮にこれが夢だとするなら……随分と長い夢だ」


 王都ヘキサルドリアのクエスト掲示板の置かれた広場にて、冒険者たちが一様に空を見上げる。


 演説を見たアースクリアの住民のほとんどが未だ、突然すぎる真実の打ち明けに困惑していた。


 最初は、悪い夢でも見ているのかと思ったが、演説が終わった後も残り続けた、アースクリアの空を覆う映像が、それが夢ではないことを物語っていた。


「いつになったら消えるんだろうな……あれ」


「さあ……あの鏡ってやつが、あの化け物と戦えば、勝っても負けても消えるんじゃねえか?」


 演説があった日以降、アースクリアの空は、その存在を脳内に植え付けるかのようにデミスの姿を映したディスプレイで覆いつくされていた。それだけではなく、過去にデミスと戦ったヒーローたちの映像、また、これから起こりうる可能性を説明し、協力を求めるセイジの姿が流され続けている。


 不思議なことに、空に意識を向けなければ音は聞こえず、生活に支障はない。無理やり戦わせようとはしていないのがまた、アースクリアの住民にとっては奇妙に思えてしまっていた。


 デミスを倒さなければ、アースクリアもいつまで存在していられるかわからない。そう訴えてくるくせには戦うことを強要せず、どうするかは自分で決めろと言っている。


「あんなのと戦いたくねえ……けどよ。なんていうかな、黙って見てるってのも……なんかよ」


「言いたいことはわかるぞ、俺もあんなのと戦うのはごめんだ。でも、戦わないと世界が無くなっちまうって考えるとどうしてもな、行かない自分が情けないっていうかなんていうか、胸に変なしこりが残るっつーか……でも、行ったところであんな化け物どうしようもねえしな」


「向こうの世界……アースだっけ? 向こうに行く気になったら、このアイテムを使って寝るだけでいいとか言ってたけど……本当かよ」


「噂だが本当らしいぞ? そいつを使った仲間がその日のうちに消えていなくなったらしい」


「まじかよ……そんなことができるってことはやっぱり、この世界が作られた偽物ってのは本当の話なのかよ? 俺たちにとっちゃ、こっちの世界が本当だってのに……」


 演説が終わったあと、アースクリアの住民全ての目の前に小さな小瓶が出現した。その薬を飲んで眠ることにより、デミスと戦うためにアースへと赴く意思を示したことになる。


 当然、デミスと戦いたくも、得体のしれないアイテムを口にしたくもなく、ほとんどがアースクリアに行く意思を示さずにいた。


「どうして無理やり呼び出さねえのかな? そしたら嫌でも戦うことになるのによ」


「恐らく、その葛藤を乗り越えた者でなければお呼びではないということでしょう。臆しながら戦われても邪魔なだけ、肉体的にだけではなく、心においても強い者を求めている……きっとそういうことなんだと思います」


「臆さない奴なんているのかよ? 世界のために自分の命は捨てます! なんって……勇者様みたいなことをほざく偽善者は絶対にいないぜ?」


 狙いがわからず、冒険者たちの疑問は深まっていく。


 しかし、それがセイジの目的でもあった。


 アースクリアはアースで過ごすよりも三倍の速度で時間が進む。そのため、アースクリアの環境に適応した肉体はアースで活動することはできず、アースクリアの世界へと繋がるカプセルの培養液に浸り続けなければ肉体を維持できない。


 故に、肉体をアースの環境に調整する必要があった。


 だが調整には、調合に時間の掛かる薬品が必要であり、その薬品を作るための素材にも限りがある。そのため、アースへと呼び出す者は厳選する必要があったのだ。


 レベルが高いだけではなく、心の強さも兼ね備えた勇気ある者をアースへと呼び出すために。


「そういや、ニニアン様はこのことをずっと前から知ってたって話だろ?」


「え? そうなのか?」


「ニニアン様が直々に今回の騒動の話は真実だってお触れを出したんだ。そういうことだろ?」


「ならさ……前王のシモン様も知ってたんじゃないか?」


「……多分な、そのことで色々と反発してる奴らもいるみたいだぜ」


 アースクリアは、かつてない混乱に陥っていた。それはヘキサルドリア王国だけではなく、フォルティニア王国も、魔王は倒されたとされていたとなっていたグリドニア王国さえも。


 何者かが虚言を言って、わけのわからない事態を起こしていると処理してしまえばここまでの混乱は生まれなかっただろう。だが本来、否定するべきはずの各王国のトップが「空の映像の話は全て真実である」と認めているのだ。


 それどころか、戦う意志のある者は協力するようにまで願い出ていた。


 そうなると、今までこの真実を知りながら黙っていたのではないかと勘繰る者も現れるため、王城は現在、真実を究明しようとする者たちで溢れかえっている。


「でも……仮にニニアン様たちが真実だって言わなかったとしても、信じるしかないんだよな」


「ですよねー……あれ以降、魔族の姿もほとんど見ないですし、なんならモンスターだって襲い掛かってこないですからね。こちらから攻撃したら襲ってきますけど」


「この世界が作られた世界で、あのセイジって奴がコントロールしてるなら……それができても変じゃないって思うよな。魔族がいなくなったおかげでモンスターの数も減ってるらしいし」


 さらには、アースクリアという世界そのものにも変化が起きていた。


 生活基準が失われるため消えてはいなかったが、人を見失ったかのようにモンスターは人を襲わなくなり、魔族の姿も少しずつ見なくなり始めていたのだ。


 それがまた、アースクリアが作られた世界であることの信憑性を高めていた。


「戦力が欲しい状況で、モンスターや魔族に殺されるわけにはいかないってことなんですかね?」


「それにしても魔族の奴らどこに行ったんだろうな? あいつらも作られた存在だったって話だし……まさか、消されたわけじゃないよな? 魔族は俺たちにとっては害悪だからって……」


「おいおい冗談言うなよ? ようやく最近……魔族で気の合う飲み友達ができたんだぜ? この世界を作ったって奴が、さすがにこっちの世界の状況を知らないなんてありえないだろ?」


「知っててもどうでも良いんじゃねえか? リセットとかで魔族も元々は消えちまう存在だったんだろ? 向こうからしたら道具みたいなもんなんだろう」


「ふざけんなよ……この間まで敵対していた俺たちが言えたもんじゃねえけどよ。あいつらは俺たちと何も変わらない……! くそ……」


「言ったって仕方がないだろう? そう思うなら……あれと戦うしかねえんだからよ」


 世界をコントロールする者に対する自分たちの無力さに、冒険者たちは溜息を吐く。


「モンスターに脅かされることも、リセットされることもない自由な世界が手に入る……か」


 しかし、現状を変えるためにデミスへと立ち向かえるのかと問われれば、否としか答えようがなく、自分たちの心の弱さにただただ嫌悪した。


 多くが演説から三週間経過した今でも、ぐだぐだと文句を吐き、各国の王へと問題を責任転嫁するだけで心の準備を終えられていない。挑む勇気がないのであれば、変化を拒むしかできないから。


 未だ、アースへと赴く決意を示した者は、三ヵ国合わせて千人にも満たなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しく読ませていただいております。 [気になる点] 当然、デミスと戦いたくも、得体のしれないアイテムを口にしたくもなく、ほとんどがアースクリアに行く意思を示さずにいた。 アースクリアでは…
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