_再会_
数年後
本人の口から歳を聞いていないため詳細は分からないが、紗夜の年齢は10代後半になっていた。
だがその表情だけは昔と変わらない。静かで、どこか感情を閉ざしたままの顔だった
孤児院の職員達は彼女を「よくできる子」と評価していた。勉強も規則も完璧で問題を起こさない。だが一つだけ変わらない事
紗夜は誰とも話さなかった。必要な時は頷くか首を横に振る…それだけだった。
施設へ来てからの数年間、彼女が自分から声を発したことは一度もない
そんなある日のことだった。施設の集会室へ全員が集められる。新しく入所する子どもを紹介するための何度も繰り返されてきた、いつも通りの集会だった
「それじゃあ、自己紹介をお願いね」
職員に促され一人の少年が前へ出る。そして軽く頭を下げた瞬間だった
紗夜の世界から音が消えた
水色の髪や柔らかな灰色の瞳、少しだけ癖のある屈託のない笑顔
見間違えるはずも忘れるはずもない
一日たりとも忘れたことのない顔だった
添亜「ぇと…添亜です!よろしくお願いします!」
その声を聞いた瞬間、胸の奥で何かが大きく震えた。
名前は違う。生まれもきっと違う
…それでも分かる。理屈で説明できないけれど確かに理解できた
……添霧だ
紗夜の指先が小さく震える
そしてそれは紗夜だけではなかった
自己紹介を終えた添亜もまた、人混みの中から真っ直ぐに紗夜を見つめていた。
その視線だけで十分だった。時間を越えても消えることのなかった何かが、確かにそこに存在していた
やがて集会は終わり、子ども達は友人同士で話しながら次々と部屋を出ていく
しかし紗夜だけは立ち上がることができなかった
心臓だけが激しく鼓動を打っている
夢かもしれない
見間違いかもしれない
もし違ったら、
もし本当に別人だったなら、
……そう考えるだけで怖かったその時だった
添亜「さな!」
明るい声がすぐ近くで響き、紗夜の肩が大きく震える
ゆっくりと顔を上げると、そこには四年前と何も変わらない笑顔を浮かべながら立っていた
添亜「また会えたね!」
その言葉を聞いた瞬間、紗夜の瞳が大きく揺れた
添亜は少しだけ首を傾げると懐かしそうに笑って
添亜「約束したでしょ!また会えるって」
紗夜「……ぁ…」
添亜「ちゃんと会えたね!僕の能力すごいかも!」
その瞬間、四年間閉じ込め続けてきた感情が一気に溢れ出して気付けば立ち上がっていた
誰かに触れようとしたことも誰かを求めたこともなかった少女が、考えるより先に動いていた
紗夜は添亜への前へ行き、その身体を強く抱き締めた
添亜「わっ!?」
驚いた声が聞こえるが紗夜は離さない。肩が震えて涙が止まらない
ずっと押し殺してきたものが、堰を切ったように溢れ出していた
紗夜「…遅い……」
掠れた声に添亜は目を見開く。それはこれまで誰一人として聞いたことのなかった紗夜の声だった
紗夜「遅いよ……」
添亜は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに優しく微笑む。そして昔と変わらない仕草で、ぽんぽんと背中を叩いた
添亜「ごめんねさな!」
その言葉に紗夜は首を横に振り、添亜は少し困ったように笑った
添亜「いやー、ここくるの遅くなっちゃった!」
紗夜は思わず笑いそうになる。泣いていて苦しいのに、それでも少しだけ可笑しかった
……本当に、らしいと思った。紗夜は顔を埋めたまま小さく呟く
紗夜「…会いたかった……」
誰にも言えなかった言葉に添亜は少し照れたように笑って
添亜「僕もだよさな!すごく会いたかった!」
その返事を聞きながら、紗夜はしばらく何も言わず、失われた温もりを抱き締め続ける
やがて紗夜は小さく口を開いた
紗夜「…紗夜」
添亜「え?」
紗夜「紗夜、だから」
添亜は一瞬きょとんとした顔を見せたが次の瞬間には声を上げて笑い出していた
添亜「あっはは!ごめんごめん!紗夜ー!」
その名前を聞いた瞬間、止まっていた時間がようやく動き始める
崩壊する世界の中で失われた日々、二度と戻らないと思っていた時間の全てが少しずつ未来へと繋がっていく
もう一人じゃないという事実だけで紗夜は静かに目を閉じた
数年間、誰とも話さなかった少女はこの日、たった一人のために再び声を取り戻した。
そして止まっていた人生もまた、ようやく静かに動きはじめた
失われたものは戻らない
消えてしまった時間も帰ってこない
けれど、人は前へ進むことができた
誰かが残してくれた想いと共に、誰かとの約束を胸に抱いたまま…紗夜は顔を上げる。
悲しみも痛みも抱えたまま、それでも続いていく新しい日々がある。
そして隣にはもう一度出会うことのできた大切な存在がいた
春の風が窓から吹き込み優しく二人の髪を揺らしていく
長い旅路の終わりを祝福するように、新しい物語の始まりを告げるように
紗夜「ねぇ…」
添亜「なぁに?」
紗夜「……大好き。」
添亜「!!僕も!僕もだよ!紗夜!」
そうして紗夜は、ようやく前を向けたのだった




