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紗夜の記憶
私の母は死んだ。
私を庇ったからだって周りは言っていた。
電車の事故だったらしい。正直その瞬間のことはよく覚えていない。
音も、匂いも、怖さも。
あとから「大変だったね」と言われて、そういう出来事だったのだと知った。
母がいなくなってから家は変わった…というより、父が変わった。
前はどんな人だったのかもう思い出せない。帰ってくる時間が遅くなって、声が大きくなって、家の中がうるさくなった。
私はそれを見ていただけだ。何かを感じていたのかもしれないけど、名前をつけるほどの感情はなかった。
学校でも同じだった。笑う理由も泣く理由も分からなかった。
人と話すのは面倒じゃないけど、楽しくもなかった。
驚くことも期待することも、いつの間にかしなくなっていた。
そうした方が静かだったから。
母の墓だけは今でも場所が分かる。そこに行くと、少しだけ落ち着く感じがする。
母は何も言わないし、私も何も言わない。ただそこに立っている。
それだけでいいと思っていた。
だからあの時も、特別な気持ちはなかった。
たまたま霊感を持ち合わせていた私だから、そこに見えるはずのないものが見えただけ。
話しかけられたから返事をした。
ただそれだけ。
私の人生は壊れたわけじゃない。最初から、どこか欠けたまま続いていただけだ。




