第十四話「姉」
チャイムの音が響く。
「起立! 気をつけ。礼!」
「ありがとうございました」
その号令の後、教室にざわめきが起きる。
「ねぇ、幻花! この後どっか寄ってこ〜よ!」
「それい〜〜!! あたしアレ食べたい! スタバのさ、最近出たやつ!」
「あ〜、あれ美味しかったわ〜。マジあれは食べないと損!」
「え、リコもう食べちゃったの!?」
「え? うん。お腹空いちゃってつい」
「え〜、一緒に食べたかったのにぃ〜」
幻花が机に突っ伏す。
すると横からもう一人の友達がやってくる。
「あーあ、幻花拗ねちゃった〜」
「ごめんごめん。なんかしらでお詫びすっからさ、許してよ」
「え〜? ん〜……じゃ〜あ、今日のスタバ奢ってっ?」
手を重ねてながら首を少し傾げ、あざとくお願いする。
「はぁ〜……ま、しゃ〜なし」
「マァジ!? やったぁ〜! そうと決まれば行こっ! 早く早く!」
幻花が荷物を持ち、席を立った。
友人達が幻花の後に続いていく。
すると近くにいた男子が幻花に話しかけた。
「お、なになに? どこいくん?」
「スタバスタバ。新作飲み行こうと思ってさ」
「まじ? 俺らも行ってい? 奢るわ」
「え、ガチ!? 奢ってくれんの!?
あ、でも今日はリコに奢ってもらうから良いよ。さっき約束したんだー」
「えー、まじかぁ〜。せっかくこの前のお礼しようと思ったのに」
「この前って、あぁ〜! 別にいいよ〜、あんなん」
「じゃあ……今度どっか行こうよ。スタバ以外の場所だけどさ、良いトコ知ってるから。お礼、させてよ」
「ちょっとぉ、ウチらは〜?」
幻花の友人達が野次に似た茶々を飛ばす。
幻花は少し笑って肩をすくめた。
「ま、空いてたらねっ! とりまあたしらは行くわ。場所はインスタで送っとくから来たかったら来てね〜」
幻花の言葉を残し、一行は、教室を出ていった。
先ほどの男子に他の男子が肩を組む。
「ま、ドンマイ」
「うっせ、いつか絶対堕とす」
ーー あたしは東京の高校に通う普通の高校生だった。
小さい頃から陸上をやってて短距離が主戦場。
何回も大会で入賞してたし、運動神経は良い方だったと思う。
人より友達は…多い方だったかも?
いや、どうなのかな、普通かも。
まぁどっちでもいいんだけど、とにかくあたしの周りには性別関係なく常に人がたくさんいた。 ーー
***
「おいひー!形も可愛くて味も良いとか最強じゃん!」
幻花は学校帰りは最寄駅のすぐ近くのパン屋で買い食いして帰るのが日課だった。
彼女がよく買っていたのは、ハート型のパン、いちばんのお気に入りだった。
玄関の扉が開き、幻花が帰宅する。
「ただいま〜」
途端、奥からドタドタと騒がしい物音がする。
それが玄関に近づいてきた。
音の正体は幻花より歳上らしき女性だった。
「おっかえりー!!幻花ぁ〜!!」
そう言いながら女性は幻花に抱きつく。
「ちょ、お姉ちゃん!暑い、離れて…!」
「え〜、愛する妹が帰ってきたんだよ〜?離れたくないよォ〜。」
幻花を抱きしめる力がより一層強くなる。
「ほんとに痛いから! ちょ、マジで離してってばぁぁ!」
ーー このウザいぐらいシスコンなのがあたしのお姉ちゃんの早乙女静。
名前と性格が面白いぐらい正反対なんだよね。
あたしの家族はパパとママ、お姉ちゃんとあたしの四人家族。
仲はとても良いんだけど、みんな似たような性格をしてた。
パパもママも明るくてうるさい。
お姉ちゃんはもっと酷かった。
みんなしてあたしに何かと絡んできてはちょっかいだしてきてさ、もうほんとにやめて欲しかった。
……でも、それも含めてほんとに毎日が楽しかった。
陽気な家族と良い友達に囲まれて、毎日、ほんとに……
その日常がどれほど儚くて尊いものだったか、この時のあたしは知る由もなかった。ーー
***
(現在)
「泰平、三ヶ月前の5月1日のこと、覚えてる?」
「その日は確か…東京で局地的な地震があった日だよね?確か被害にあったのは板橋区だったって…」
「そう、そしてその地震を5.01って名付けて大きく報道してたでしょ?…あたしが住んでたのは板橋区、被災地なんだ」
「え!?大丈夫だったの!?あの地震、尋常じゃ無いぐらい被害出したって…」
「…おかしいと思わないの?」
「え?」
「そんな局地的な地震なんてあり得る?しかも周りの地区には被害無かったって…おかしいと思わない?」
「そ、それは思ったよ。ネットでもよく議論されてたし…でも専門家チームが科学的な根拠を元に解説してて…それでみんな納得してたし…」
「……地震なんて嘘だよ」
「ッ!?」
「地震なんて…全部政府が作った嘘。あたしはあの日、あの場所ではっきり見た」
「な…なにを見たの?」
***
ーー 5月1日はいつもと別に変わらなかった。
いつも通りの朝がきて太陽が街を照らしてた。
朝11時からあたしはお姉ちゃんと一緒に出かける約束をしてたからその日は早起きして準備してた。 ーー
(お姉ちゃんはズボラだし、早起きとは無縁だからなぁ……起こしに行くかぁ……ほんと、年上とは思えない)
「うわぁ〜、汚ったな〜…」
幻花が静の部屋に入り、そう呟く。
あちこちに脱ぎっぱなしにした衣類が放置され、床には大量の空き缶が転がっていた。
空き缶の間に足を入れ、静のベッドへと向かう。
「お姉ちゃん、起きな〜。そろそろ準備しないとやばいよ〜」
静の体を揺する。
静は瞼を擦ると、大きく伸びをした。
窓から差し込む朝日を見ながら静が言った。
「幻花、今日は最ッ高の朝だね」
「え、なんで?」
「愛しの妹によるモーニングコールで朝を迎えることができたからさ」
「シスコンキモ」
「だってぇ〜!幻花みたいな可愛い妹に起こされるとか全人類の夢じゃーん!!」
「わーかったから早く準備して!」
「はいはーい♪」
***
昼ご飯をちょっとオシャレな店で済ませた後、二人は水族館に行き、その後ショッピングをした。
帰る頃には夕日が街を淡く照らしていた。
「あ〜、今日は幸せだった〜…」
帰りの電車に乗りながら静がそう呟く。
「大袈裟だなぁ。ただのお出かけじゃん」
「デートね??」
「圧やば」
「いやでもマジな話さ、幻花とこうやってデートできるのって貴重だと思うの」
「なんで?」
「だって、私21だよ!? あともう少しで社会人なんだもん! 社会人って時間無いし、一人暮らし始めたらもっと幻花と一緒にいられる時間減るジャン!」
「まぁそうかもしれないけど……てかお姉ちゃん一人暮らしする予定ないじゃん」
「分かんないじゃん! "お前はもう成人なんだから出てけ"ってパパママに言われるかもぉ!」
「いや言わないでしょあの人たち」
静が幻花に抱きつく。
「と〜に〜か〜くぅ! もし仮に一人暮らししたときは助けてよぉぉ! 私朝弱いし、自炊できないし片付けも苦手だしぃ!」
「それぐらいできるようになれっての!れ・ん・しゅ・う!」
「え〜、鬼! 幻花が来てくれればそいつらぜーんぶ解決するし愛しの妹に毎日会えるしで一石二鳥なのにぃ!」
「あたしになんもメリットないじゃん! いいから離れろっ!」
幻花は静を引き剥がすとため息をついた。
「まぁでも、お姉ちゃんずぼらだし? 朝弱いし? まぁ、たまになら、やってあげないことも、ない……けど」
「エ"?まじ?」
「うん、約束ね」
「イヤッホォ〜イ!!」
「ちょっとここ電車! 静かに!」
「しずかだけにってか?」
「殺すよ?」
その時、静の目線が上がる。
幻花の後方、車両と車両を繋ぐ結合部に目がいった。
「…ちょっと別の車両行こっか」
「え、なんで? なんかあった?」
「うーん…気分?」
「え、なに? どゆこと?」
「まぁまぁ細かいことはいいじゃん。ほらほらいくよ」
そう言って静は幻花を立ち上がらせ、背中を押しながら、逆方向に向かっていった。
ーー お姉ちゃん、昔から時々こういう変な事を言って、道を変えたり急にどっか移動しようとする。
あたしがいくら理由を聞いても誤魔化して何も教えてくれなかった……
何かあるのかって振り返っても、いつもお姉ちゃんは体であたしの視線を遮ってくる。そのせいで何も分からなかった…… ーー




