第一話 高坂泰平
主人公・高坂泰平の身に起こる悲劇と、運命を変えることになる出会い
「泰平、朝ごはんできたわよー」
母の声。
いつもの天井。
平和そのものの朝。
階段を降り、リビングへ向かうと、父がスマホを片手にニュースを追っていた。
「おう、おはようさん」
「父さん、おはよう。……あれ、髪、少し切った?」
「ん? おお、よく気づいたな。昨日の夜、自分で少しな」
泰平は、他人の小さな変化によく気づく。
それが、彼という人間だった。
「もう、泰平。また寝癖つけてるじゃない」
母が泰平の頭頂部を、愛おしそうに撫でる。
その温もりを、泰平は何の疑いもなく受け入れていた。
――午前6時、都内の住宅街で変死体。
――金品は奪われておらず、怨恨の可能性。
テレビから流れる不穏なニュースも、どこか遠い世界の出来事のように。
「物騒だから気をつけろよ」という父の言葉も、日常の挨拶の一つとして。
17歳の泰平にとって、世界は安全な場所だった。
***
教室に入った時、担任の吉田先生の怒号が響いた。
どうやら、泰平は日直の仕事である朝の点検を忘れていたようだった。
泰平の友人たちは説教している先生の後ろで、変顔をしてふざけていた。
説教が終わり、窓際にある自席に戻ると友人たちが泰平に絡む。
「お前やってんな、吉センめっちゃキレてたやん」
ニヤニヤしながら友人が、話しかけてきた。
「うるさいな〜、ん?」
ふと窓に目をやると校舎裏の様子が見えた。
そこではクラスメイトが一つ上の学年の生徒達から絡まれていた。
「何やってんだ…あれ」
「知らねーの? あいつら、下の学年の奴狙ってカツアゲしてるって。まぁ関わっても良いこと無いしほっとけ、っておい!」
友人が言い終える前に泰平は校舎裏に走っていた。
「おい! 何やってんだ!」
「あ?なんだお前? 邪魔すんなや」
「クラスメイトが困ってんだ。見過ごせるわけないだろ」
「おまえさぁ、俺らのこと知らね〜の? なぁ?」
「…校舎裏とはいえ、見えない位置じゃない。騒ぎを起こして困るのはお前らだぞ」
「はっ、脅してきてんの?怖ぇ〜〜〜。そのぉ、大変恐縮なんですけどお、声、震えてますよお? おまけにぃ、手もぉ!」
小馬鹿にするような口調でそう言うと腹を抱えて笑った。
「と、とにかくそんなくだらないことはすんな…! お、おい、いくぞ!」
泰平はクラスメイトに呼び掛ける。
「おいおい、寂しいじゃん。もっと遊んでけ…よっ!」
「グッ…!」
上級生の拳が泰平の腹にめり込んだ。
その時、もう一人が振り返り、カツアゲしていた泰平の同級生を見下ろすように言った。
「何ボサっとしてんの?早く金出して」
「い、いや…です……!」
「はぁ? ……あ〜、ね。そういう感じか。感化されちゃったか、あいつに。俺の言うこと聞かないかぁ……」
その言葉を言い終えた瞬間、何の前触れもなく、蹴りを放った。
辺りに鈍い音が響く。
「はっ!? お前……!」
蹴りが直撃したのは、泰平だった。
二人に割って入り、同級生を庇ったのだ。
その時、遠くから中年の先生が走ってきた。
「お前ら! そこで何やってる!」
「チッ! いくぞ……!」
「はーあ、ボーナス入ると思ったのによ」
先生に追われながら去っていく。
「ったく、お前変に正義感強いとこあるよな…大丈夫か? 泰平」
「だから言ったろ、首突っ込むなって」
先ほどの連中がいなくなった後、友人たちが遅れて到着する。
同級生が、震える声で礼を言う。
「ごめん、僕のせいで……大丈夫?」
「全然大丈夫だよ、ありがとう。――自分が殴られるのは、別にどうでもいいんだ。……ただ、誰かが傷つくのを見るのは、ほんとに……」
「出た! 泰平の謎理論!」
「はは、ごめんな。こいつ変だろ?」
その時チャイムが鳴った。
「やべっ! ホームルーム始まる! 泰平急ぐぞ!」
その日の授業も無事終了。
日直日誌を書き、吉田先生に持っていく。
「先生、日誌です。あと、今朝点検を忘れてしまい、すみませんでした」
そう言って頭を下げる。
「失礼します」
「待て」
帰ろうとする泰平を呼び止めた。
「原稿用紙持ってくるから座れ」
「え、なんでですか?」
「反省文に決まってんだろ」
「は、反省文!?」
「今回は特別に原稿用紙五枚書いたら帰って良いぞ」
「ごっ…! 五枚!? そんな…」
***
反省文を書き終えると時間はもう18時を回っていた。
「クソ、確かに点検忘れたのは悪かったけど反省文書くほどの事かよ…! しかもあんな量…!」
そう愚痴を溢し、学校を出る。
「…あれ? 今日なんか暗いな。今は7月で…この時間はまだ明るいはずなのに…」
(今朝の事件といい、なんかちょっと…気味悪いな…)
そう思いつつも、急いで駅へと向かう。
道中、ふと左に逸れる細い道に気づいた。
今朝ニュースで見た事件現場は、この先だ。
(……ちょっとだけ、行ってみるか)
軽い好奇心のつもりだった。
だが、その好奇心が、泰平に一生治らない傷を残すこととなる……
初投稿になります。
これからも読んでくださると嬉しいです。




