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98.プロポーズへの返事

 ケイトさんとの戦いからちょうど五〇日。

 この日を迎えるまで、わたし達はほんとに忙しい日々を過ごしていた。

 クリフト王を初めとする大勢の王族が亡くなり、魔鉱石と魔装具が使えなくなって、国中が大混乱に陥ったのだ。

 危うく周辺国から戦争を仕掛けられそうにもなったけど、それでもたくさんの人の頑張りで何とか立ち直り、やっと国としての形を整え直して、今日という日を迎えられた。

 寝る暇もないほど多忙を極めた日々も、きっといい思い出になると思う。

 今日、ついに新しい王様が戴冠し、新生ゴルドニア王国が生まれるのだから。

 そんな記念すべき日に。


 わたしは、王国から旅立つことに決めていた。


 眩い陽光が差す街道を、わたしは一人で歩いていた。

 王都はすでに地平線の向こうに沈みかけ、あたりは青い草原と畑とが広がっていた。

 東の国境までは徒歩でおよそ7日。

 長い旅路の先に待ち受ける出会いと風景に、胸をときめかせていたわたしに。

「リース……」

 という声が、かけられた。

 その声を。

 わたしは無視した。


 声をかけてきたのが誰なのか、すぐに分かったから。


「どこに、行くつもりなんだ?」

 明後日の方を見て歩くわたしに痺れを切らしたのか、その人物はわたしの肩に手をかけ、ちょっと強引に引っ張った。

「あれー、こんなところで会うなんて奇遇だねー」

 と、すっとぼけたわたしを見据えるアレクは眉間にしわを寄せ、とても不機嫌そうな顔をしていた。

 彼が身に着けているのは、とても高そうな青の礼服。

 ぼさぼさだった黒髪もきちんと整えられ、光り輝く装飾品に彩られた彼はほんと、惚れ惚れするほどのいで立ちだった。

 対するわたしも、とても渋い顔をしていただろう。

 この日を狙ってこっそり抜け出すつもりが、簡単に追いつかれてしまったのだから。

「ていうかっ、今日の主役がこんな所にいていいの!? 戴冠式はもう始まってるんじゃないの!?」

 と、わたしは大声でまくしたてた。

 まさに今日、新王となるアレクサンダー様が大切な式典をほっぽり出したら、それこそ国中が大騒ぎになってしまう。

「俺が戻るまで、開始を遅らせてもらったんだ。だから時間は心配ない」

「遅らせた、って……外国の偉い人も来てるのにっ!」

 東の大国ゴルドニアの新王誕生は、世界中で話題となっていた。

 どんな人物なのか見極め、必要とあらば同盟や条約を結ぶため、周辺国からはもちろん、大陸北部や南部の大国の使節まで来ているのだ。

 そういう人々を無駄に待たせてしまったら、それこそ外交問題に発展しかねないのに。

「俺の人生がかかっているんだ。そのくらいはしたっていいだろう」

「それくらいっていう話じゃ……」

 というわたしの抗議を無視して、アレクはわたしの手を取った。

(顔が近いっ! 近いって!)

 ずいっと迫ってきたアレクがすぐそばにいて、わたしは心臓がドキドキいっているのを感じた。

 顔が赤くなるのも感じた。

「あのお話はお断りしたよ? 聞いてなかったの?」

「あんな断られ方で、納得できるわけないだろう?」

 視線を逸らし、辛うじて紡ぎ出した言葉を、アレクは真っ向から切り捨てた。

 イヤだと一言だけ告げて逃げ出しちゃったのは、さすがにまずかったかもしれない、けど。

 次の言葉が怖くて、わたしは耳をふさぎたかった。

 アレクはわたしの抵抗を封じるかのように両手を握り締め、どこにも逃がさないようにしているみたいだった。


「リース。俺と結婚して欲しい。君を、王妃として迎えたいんだ」


 もう一度、真摯な彼のプロポーズを受けて、鼓動がさらに速くなった。

 心臓が破裂しそうで、今にも倒れそうで、意識を保っているのがやっとの状態だった。

 わたしだって、アレクのことは嫌いじゃない。

(嫌いじゃないけどっ!)

 本心では、そのまま流されてしまいたかった。

 一言「はい」と言えば、きっと幸せに包まれるだろう。

 でも……


 わたしは自分の気持ちを、歯を食いしばって抑えこんだ。


「だから結婚なんてできないって言ってるの! そんなの、できないよ!」

 わたしははっきりと、もう一度お断りした。

 面と向かって拒絶するのはとてつもない気力が必要で、今にも泣きそうだった。

「元グリミナの、しかも外国人とのハーフの女と結婚したら、いろんな人から怒られるんだから!」

 王妃とは、国を代表する象徴的な存在なのだ。常に国王と並んで立って、国民の視線を受けなければならない。

 そんな大切な立場に、わたしがいちゃいけないのだ。

「俺はそんなことは気にしない。心無い批判なんて、無視すればいいだけだ」

「血筋とか生まれとか家柄とか、そういうことを気にする人はいっぱいいるの!」

 アレクの拠って立つ基盤は、とても弱かった。

 有力ないくつかの貴族に担ぎ出されているだけで、彼らの機嫌を損ねたらすぐに崩れ落ちてしまう。

 ゴルドニア王家の血を引く人はまだ何人もいるから、アレクの代わりはすぐに用意できる。

 できてしまうのだ。

「好きなだけじゃどうにもならないことは、世の中にはたくさんあるの! あなたもそれくらい分かるでしょ!」

 それにわたしが王妃様としての生活なんて、できるはずがなかった。

 テーブルマナーさえ、ドレスの着方さえ、挨拶の仕方さえも知らないのに。

「だからお願い。こんなわたしをお妃に迎えようとしないで。あなたの立っているところは、すごく脆い場所なの。ちょっとしたことで簡単に崩れて落ちてしまうの」

 アレクにもたらされている支持なんて、些細な失言やや簡単なミスにより、あっけなく失ってしまう。

 そして支援を失くした王様なんて、すぐに殺されてしまうだろう。

 アレクのお父さんのように。

「わたしは、あなたが殺されるのを見たくないし、ただ傍にいるだけなんて耐えられない」

 自分の思いを話しながら、本当に、涙が出て来た。

 笑顔でお別れなんてできないって分かっていたから、黙って出ていこうと思っていたのに。

「わたしはきっと、王妃様とかじゃない方が、あなたやみんなの役に立てると思うの」

 アム・クラビスなくなってからしばらくして、母さんは意識を取り戻していた。

 今では話せるようにも歩けるようにもなっていて、ようやく普通の生活ができるようになっていたのだ。

 わたしがやるべきことは果たせたし、母さんも笑顔で送り出してくれたから、次は他の苦しむ人を助けようと思ったのだ。

「都市同盟に行って、囚われた人達の助けになれれば、今している交渉だって上手くいくようになるよ」

 ゴルドニアの隣国である自由都市同盟には、今も数百万人の奴隷がいる。

 その大半がゴルドニアから買ったグリミナで、都市同盟が彼らを買うのに支払った金額と同じ額をゴルドニアが補償して、帰還に結び付けようと交渉しているところだった。

 でも、そんな話がいつまとまるかも定かではなく、帰還が果たされるまで、彼らや彼女らの生活は相変わらず悲惨なものだった。

 だからわたしは、その人達を少しでも助けたかった。

「それに、ケイトさんの故郷にも招待されているの。そこで魔法の勉強をさせてくれるって」

 その国――イニティウム王国は、父さんの故郷でもあった。

 魔法式のベースとなった言語を母語としているその国は、ゴルドニアよりもはるかに魔法が発達しているらしい。

 きっとわたしの知らない魔法が、治癒魔法が山のようにあるに違いなくて、それを勉強できればもっと大勢の人を救えるようになれるだろう。

「だからお願い。わたしを行かせて。治癒術師としての力は、世界のどこでも必要なんだから」

 わたしは涙をぬぐって、アレクに懸命にお願いした。

 アム・クラビスが無くなってからというもの、わたしの持つ魔力が少し増えて、中級の治癒魔法くらいは使えるようになってきた。

 もう、役に立たない魔法なんて誰にも言わせないし、立派な治癒術師にだってなれるのだ。

「分かった……」

 ようやく理解してくれたのか、アレクはやっと手を放してくれた。

「君の言う通り、今の俺には力が足りない。王としての資格があるのかどうかを、周囲に示せてないからだ」

 受け入れがたい現実を受け入れる苦しみに、彼は顔をしかめていた。

「でもな……」

 と、アレクは付け加える。

 まっすぐ、わたしを見つめて。


「それは、今だけだ。俺は必ず、誰にも批判なんてさせないだけの実力を証明してみせる!」


 アレクの高らかな宣言は、国中に響き渡るような大きさだった。

「その上で、君にもう一度プロポーズをする。だから、その時は……」

 わずかに震えた彼の声には、ほんの少しの怯えが混じっていた。

 それでもダメな結果になるかもと、恐れているのだ。

 だけど……


(そんな心配は、いらないよ)


「うん。そうだね……その時は……」

 それ以上は、言葉にならなかった。

 別の種類の涙と嗚咽があふれてきて、声が出せなかった、から。

「ほんとに、頑張ってよね。待ってるから」

「もちろんだ。君の期待に応えられるように全力を尽くすよ」

 そう言って、太陽のような眩しい笑顔を浮かべたアレクがわたしの肩を抱き寄せて。


 わたし達は、そっと唇を重ねた。






最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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作者は泣いて喜びます。


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