その5
「ほらほら、大人しくしてくださいっす!」
「やめて、離して!!」
「大人しくしろって!」
「いやー、拐われるー!!」
……まるで悪役の様だ。
いや、まるでもなにも、彼らにとってはまさしく悪役なのだろう。
人の群れに駆け寄り、最初に近づいた肩を掴んで、振り向かせる。そうしてその体にいくつか打撃を入れるも、少しも大人しくなってくれない。
それどころか、逃げ出そうと暴れられてしまう始末だ。
「クソ!埒が明かない」
マークがこぼす言葉にも頷くことしかできない。
幸か不幸か、ドラゴンには人がアリの様に群がり、碌に動けていない。それ自体はいいのだが、あまりに人が多すぎる。
一人捕まえているうちに、二人が逃げ出す様な始末。それではいくらやっても意味がない。かと言って気絶させれば、それは大きな荷物が一つ増えるだけだ。
ーーと。
キュルルル、キキィ!!
少しばかり甲高い音。車のブレーキが聞こえてくる。
「こちら輸送班、現地に到着した。……そこの二人、聞こえるか? こちらには鎮静剤の用意がある。一人ずつでもいい、連れて来てくれ!!」
「待ってました!」
車のドアが開き、そんな声が聞こえてくる。それは、今の俺たちにとっての救いの言葉。ドラゴンに群れる人たちにとっての恐怖の声だった。
「まず一人、頼みます!」
「いや、やめて、わたしは、ぁーー」
一人確保。
奇しくも、その最後の声はメガネの男のものと似ていた。
「よし、どんどん頼む。まだ空きスペースはあるからな」
「了解っす」
無言で頷く。次だ。とにかく今は一人でも多くーー
(しろ、な……?)
振り返り、ふと、その姿を見る。いいや、違う、ありえない。だって白奈は既に。
そう思いながらも、その似姿に近寄る。肩に手を置き、そして。
「やめてください」
「っ、やめろ」
違った。当然だ。なぜなら彼女は既に死んでいるはずだから。
それでも、今目の前の人は生きている。肩に置いた手は、まだ離れていない。
「ちょ、離してください!」
「落ち着け、馬鹿なことはやめろ!!」
「そうよ、馬鹿よ! 馬鹿だから死ぬの!!」
「馬鹿だから死ぬ? それは流石に甘えすぎっすよ」
目の前の彼女に手を振り払われた後、突然、横からマークの声が飛んできた。
直後にバヂッ、という音がしたかと思うと、急に彼女の体から力が抜ける。
目も閉じられ、まるで気絶でもしたかの様な……。
「マーク、それは?」
「これっすか? さっき借りて来たっすよ」
言って、自慢げにマークは手の中の黒い物体を見せつけてくる。
一対の突起がついたそれは、マークがスイッチを押すたびに、青白い光を産みながら、バヂ、バヂヂ、と音を立てている。紛れもなく、スタンガンそのものだ。
「いやーやっぱ便利っすね、こういうの」
そう言いながら次々と人を気絶させていくマーク。そうして気絶した人たちはそのまま車まで運ばれ、そして知らない場所で目を覚ます、というわけだ。
やはり俺たちは悪役なのだろうか。
ーー
「ここまで、っすね」
現在、ドラゴンは未だに、人に群がられている。が、地上に残っている人は全て回収した。流石にそれ以上は俺たち自身の命に関わってくる。
それをわかっているのか、ナツメも続けろ、とは言ってこない。
加えて、彼らをドラゴンから引き剥がすと、まず間違いなくこの車も襲われるだろう。なにせ、人の命をたくさん積んだ、宝箱のようなものだ。
一人救うために、これまでの成果を無駄にしてしまっては意味がない。
「ああ、行こう」
俺たちは踵を返し、車に乗り込む。
二台来ていた車も、俺とマークが乗り込めば、二台ともほぼ満席だ。よくもまぁ、これだけの命を運び込んだものだ。
俺たちが乗り込んだのを確認すると、車は静かに、それでいて迅速にその場を後にし始めた。俺たちが助けきれなかった、人たちを置いて。手の届いた人たちを助けるために。
「どうした? さすがの裕二も疲れたのか?」
「ああ。少し、な」
マークの軽口に答えるのもそこそこに、目を閉じる。
全ては救えなかったが、それでも俺は確かに人を救ったのだと、そう思いながら。
後日。
その埠頭にはいくつかの水死体が散見されたらしい。
無論それは、俺が諦めた命、俺たちが見捨てた命だったのだろう。