シケモク狂い、転移する
ある一軒家のベッドでうーうー呻きながら眠っているこの男は、その界隈に精通する者なら誰もが知っているという現代日本最強の殺し屋、飛鷹楓弦、その人だ。
そんな彼は今、なんと危機に瀕していた。
「う〜ん………はっ!」
まずい。寝すぎたかもしれない。
急いで時刻を確認する。
7:15分。
今日最初のターゲットをこの世から居なくならせる時刻は7:35分。
残り20分しかねえ。
「やべぇよやべぇよ……」
ベッドから洗面台へ三秒程で移動する。
これからは時間との勝負だ。
俺が遅刻してターゲットを殺り損ねるか、間に合って殺りきることができるかの二択。
それが俺のこの後の行動によって決まる。
幸いこのターゲットとの距離は遠くない。
急がねえと。
「ナイフ取ってっ、と。あ、あとタバコ!あれがないと俺は生きられないからな!」
タバコの箱とライターを胸ポケットにねじ込み、俺は身支度を完了させた。
時計を確認する。
長針は5を指し示していた。
いける。
俺は家を飛び出した。
今から起こることなんて、予想していなかったから。
「は?」
見知らぬ森が広がっていた。
そして立っている場所は森の中の舗装された道の真ん中。
後ろを恐る恐る振り返る。
すると案の定、俺の家はなかった。
思わず頭を抱える。
「どうすんだよ、これ………」
俺が思案に耽っていると、どこからか声が聞こえてきた。
『ごっめ〜ん!!君が家を飛び出した時に、時空に歪みができちゃって!!!もうその歪みは直したんだけど、君を元の世界に送還するのに結構時間がかかりそうなんだ!だからしばらくの間、頑張ってて!お詫びに特典を今から送る!特典は2つあるからね!』
「いやあんた誰だよ」
『神様、みたいな感じだね!そして僕はもう君が元の世界に送還出来るまで話せないから、ここで1つこの世界で生きるヒントをあげる!この世界はかの有名な、オークとかスライムとか魔物がたーくさんいる、いわゆる異世界って所だよ!それじゃ、頑張って〜〜!!あ、この世界の人間が話す言葉と文字は理解できるようになってるからね!』
「あっ、おい、待て!!」
自称神様の声が聞こえなくなった。
つまりは話し終えたということだろう。
そしてそれを暗示するかの如く、身体から何やら力が湧いてきた、ような気がする。
俺は思いっきり悪態をつき、近くに生えていた大きめの木を蹴った。
「チッ、はあ………ッ!」
すると俺の足と木のぶつかった部分から凄まじい音が鳴り響き、足が木から振り抜けてしまった。
つまりはどういうことかというと、生身で木を思いっきり蹴っただけで切り株に進化させてしまったのだ。
「え?………え?」
当の木にぶつかったはずの左足は全く痛くも痒くもなく、残っているのは横たわっている木の前でキョトンとした間抜け面をしている俺の姿だけだった。
ちょっと待て。一旦心を落ち着かせよう。
俺はタバコを1本取り出し、冷静を装いながらライターで火をつけ、口につけた。
焦げ臭い俺の大好物の匂いは周囲へ、煙は空へと過ぎ去っていく。
「フーッ………。やっぱこれだな」
ぼく、たばこ、すき。
………ガサガサ。
「ん?」
シーン………。
「………気のせいか」
ガサッ、ガサガサ。
「………気のせいじゃねえなこの音」
何かがここにいる。
俺は音がする方向へ向かい、せっかくの一時を邪魔された怒りもあってか、少し強めに草を払いのけた。
「……なんだお前」
草を払った後の俺の目には、ぐったりとしている丸っこくて赤色のスライムみたいな奴の姿が映った。
見ると少しだけだが地面との接地面がとろとろと溶けていっている様だ。
なんかぐで〇まみたいだな、と正直思った。
スライムは潤んでいる瞳のようなもので俺を見つめ続けていた。
「キュ〜〜〜…………」
とろとろ、とろとろ。
「キュ〜〜〜………」
とろとろ、とろとろ。
「そんな目で見るなよ。俺はお前を一緒に連れていくつもりは無いからさ。……あ、そうだ(唐突)。タバコ吸うか?」
スライムは少しだけ首を傾げた……ような気がした。
「大丈夫だって。危ない物じゃない。吸えば分かるさ」
自分でも何言ってるのか分からない。
見ず知らずのスライムにタバコを勧めているのだ。
ここに誰かがいた場合完全に不審者扱いになってしまうだろう。
とりあえず俺はライターでタバコに火をつけてスライムに近づけてみた。
スライムはタバコよりライターの方が意識が寄ってそうだったが、それはいい。
とうとうスライムとタバコの距離が目と鼻の先くらいになった時、スライムが迷っているような瞳をしていることに気がついた。
「とにかく吸ってみろ。吸ってみないと分からないぞ?」
この言葉が効いたのか、とうとうスライムはタバコに口をつけた。
「よし!そうだ。少しづつ、ゆっくりと吸ってみろ。限界まで吸ったらフーッと息を吐くんだ。」
スライムはタバコの煙を吐ききると、潤んだ瞳から力強い瞳に様変わりし、溶けていたスライムと地面の接地面はいつの間にかとろとろしなくなっており、スライムはタバコだけで完全復活を果たしていた。
するとここで、俺はあることを思い浮かべる。
スライムって基本的に人襲ってくるよな?と。
流石に命の恩人であろう人を襲うなんて真似はしないと思うが、それは人間に限っての話。
こいつは人外なので何をするかわかったもんじゃない。
咄嗟にスライムから距離をとる。
しかしスライムはもぷっ、もぷっ、という不思議な擬音を鳴らしながら高くジャンプして俺に向かってきた。
俺は少し恐怖を感じ、今度はダッシュで逃げてみた。
足が異常に早くなっていることを風を受けながら感じているのにも関わらず、スライムは更なるスピードで目を爛々と輝かせながら悠々と俺を追いかけてきていた。
「もう何もねぇってぇーー!!タバコしかないから許してくれよぉーーー!!!」
「キュッキュキュ〜〜〜!!!!!」
そんな感じでしばらくスライムとの攻防を繰り広げていると、俺はある光景を見て絶句し、急ブレーキをかけて立ち止まってしまった。
その頃スライムは急に立ち止まった俺にびっくりしてしまったらしく、俺の足に凄まじい勢いで激突してきた。
「キュエッ!!!!」
「うわっ!?」
思わず前方へ転んでしまう。
しかし何とか手をつけて立ち上がり、再びその光景を見つめた。
スライムは仁王立ちしている俺の横で爛々としたエメラルドグリーンっぽい目を更に輝かせ、目を瞬かせていた。
「おぉ〜〜………」
「キュイ〜〜〜………」
俺とスライムには、巨大な町に聳え立つ豪奢な城が見えていた。
いつかエタりかけると思います。




