第145話 ノア君は転生者なの?5年ぶりの2度目
「じゃあまたね~」
「うん。ありがとう、キュモ」
ノアの使い魔――モコモコ姿のコウモリ、キュモが夜の空中庭園へ、スイーッと滑空していく。
ふわふわした翼を揺らしながら、満足そうに夜の闇へ消えていった。
先ほど窓をコンコンとノックしてこの部屋を訪れ、ノアにメモを渡したことを教えてくれた。
まるで伝令役を果たした小さな使者のように、誇らしげな顔だった。
私はちらりと壁掛けの時計に目を移す。
秒針がチッチッチッ……と時を刻み、流れゆく時間に胸の奥がほんの少しだけ強張る。
少し遅れてくると聞いてはいたけど、そろそろノアが来る頃だ。
私は、確かめなくちゃいけない。
ノアは……もしかして、私と同じ“転生者”なのかもしれない。
私が創り出す“転移門”黒雪に、適応できるのは転生者の私だけのはずだった。
けれどノアは、魔将ダウロとの戦いでは気絶はしていたものの、あの門をくぐり、空間転移さえ受け入れた。それが何よりの証拠。
だとしたらなぜ、今まで黙っていたの?
なぜ、私に……教えてくれなかったの?
真実を聞かなくちゃいけない。
だけど……怖い。すごく。
これまでずっと、双子として仲良く一緒に過ごしてきた。
喧嘩もしたし、笑い合ったし、秘密も共有してきた。
それに、何度も戦いと修羅場を命がけで共に、生き抜いてきた。
彼の秘密に気づけたのは偶然。でも、もしそれが……ノア自身の“意志”によって隠されていたのだとしたら――
(もしかしたら……これをきっかけに、関係が変わってしまうかもしれない)
胸の奥に、ズキンと痛みが灯る。
けど、それでも。
それでも私は聞かなくちゃいけない。
たとえ、この絆にひびが入るとしても。
私にとっては大事なことなんだ。
コンコン――静かな部屋に響く来訪者の知らせ。
(……来たな)
「いるよ」
ノアはいつも通りの元気な声と表情で部屋へと入った。
「姉さんお疲れ様! フウゲツ先生との特訓、どうだった?」
「うん。それは後で話すから、まず座って」
自然と、私の声が少しだけ硬くなる。
ノアはピタリと動きを止め、ビクッと小さく肩をすくめた。
「ま、まぁ……小腹も空いたでしょ?」
そう言って、バスケットから香ばしいパンを取り出して、私の前へ差し出す。
焼きたてのいい匂いが、ふわりと部屋いっぱいに広がった。
(美味しそう……。特訓のあとってお腹すくんだよね~……流石、私の弟! 気がきく。……じゃなくて!)
私はパンパンと両ほほを軽く叩き、心に気合を入れ直す。今の私は“追及モード”なのだ。
「ありがとう。後で食べるね」
「ええっ!? 焼きたてだし、今たべようよ~」
「……じゃあ、早く食べたいのなら、答えてノア」
握った拳にほんの少しだけ力を込めて、問いを放つ。
「正直に言って。私に隠し事してるよね? それも、すっごく大事なやつ。もう……全部わかってるから。ちゃんと、ノアの口から説明して」
一瞬、ノアの表情がこわばる。
やがて観念したように小さくうなずくと、静かに立ち上がった。
「……わかったよ。もう隠し事はできないね」
(やっぱり……そうだったんだ、ノア……)
確信と不安が、胸の内でせめぎ合う。
ノアは部屋の棚へと向かい、奥の方から何かを探るように手を伸ばす。
そして、大きめな箱を取り出して、私の前に差し出した。
(え? なぜに棚? ……なにその箱)
「……これのことだよね? 姉さん、本当にごめんなさい!」
「なにこれ?」
私は戸惑いながら箱のフタを開けた。
中からぎっしりと詰まっていたのは――
「……私あての、手紙?」
厚みのある束が押し込まれるように収まっていた。
私は一枚を無作為に取り出し、便箋をそっと開く。
「リック……? って、村の教会学校の男子だ」
Dear カナリアへ
君が剣を振るう姿、いつも君の家の前を通るたび見てました。
まっすぐで、強くて、かっこよくて、でも笑うとすごく綺麗で……
君が好きです。
よかったら、いつか一緒に村の花畑に行きませんか?
でも一番の花はきみなんだけどね
――リックより
「へっ……ラブレター!?」
驚愕とともに、次の封筒に手が伸びる。
セルア、ローレン、ダウエル、ファルト、シュウ――
どれもこれも、どこかで聞き覚えのある男子の名前ばかり。
便箋の束が“雪崩”のようにテーブルに散らばり、私は驚きの声と共に立ち上がった。
「……な、なにこれ!? 全部、私あてのラブレターじゃん!!」
「みんな、“直接渡すのは恥ずかしいからノア経由で”お願いって言われて……」
「なんで、隠してたの!?」
私の驚きと混乱に対し、ノアは少しうつむきながら、もじもじと答えた。
「だって……なんか、姉さんが取られちゃう気がして。嫌だったんだもん」
はああああああああ!?
なにそれ、可愛すぎかよ、我が弟!!
反則すぎる。どこでそんな尊さを覚えたの!?
誰に教わった!? お姉ちゃんにも教えてほしい!!
「……そんな心配しなくても、誰とも付き合うつもりなんてないから。安心して、ノア」
「本当!? よかったぁ~」
ノアはぱあっと笑顔を咲かせた。
頬の筋肉がゆるみきって、まるで安心しきった子犬のよう。
……やばい。可愛い。反射で許しそうになる。
「って、ちがう!!」
「へっ?」
「ちがーーーーう!! そういう話じゃないの!!」
話の展開が本筋とずれ過ぎていて、思わずツッコまずにはいられなかった。
「これじゃないよ! もっと大事なこと!」
「ええっ!? 本当にもうないよ!? あっ! こないだお母さんが作ったハニーシュリンプのフライ、姉さんが見てない時に一本多く食べちゃったの見てたの!?」
あまりに的外れな回答の連続に、私はガクッと体勢を崩してしまった。
この状況で、なぜそんな的外れな告白を全力でぶつけてくるんだろう……。
(……これなんだよなあ)
この素直すぎる感じ。五年前と同じだ。
嘘をついているようには、到底思えない。
八年間、ずっと一緒に過ごしてきた。癖や口ぶり、目の動きや間の取り方……
どれをとっても、嘘をついてるときの素振りじゃない。
そうなると……やっぱり別の線を考えるしかない。
転生して生まれ変わる間に、なんらかの影響で“記憶を失っている”とか……?
それなら転生してても覚えてないから嘘をついているわけではない、って事になる。
でも、そんな偶然を利用して、他者への秘密を都合よく隠せるなんて……そんなうまい話が――
(……って、それ、完全に私じゃん!!)
思わず深いため息をつく。
――何やってんだ、私。
自分自身、転生したことは覚えていても、前世の生活の記憶なんて、まるで覚えていない。
記憶を失くしたあの事件は不慮の事故だったけど……でも、そんなことが双子そろって起こるなんて、確率低すぎる。この線は多分ないかな。
それにしても、ノアを疑っておいて、この結論。完全にブーメランじゃないか。
ノアを見て、心の中で呟いた。
「なんかゴメン……」
当の本人はキョトンとして私を見ている。
思考推理ゲームのサイコロが、「振り出しに戻る」を指していた。
第一勝負はKO負け。私は倒れるようにベッドに突っ伏して頭を抱えた。




