第146話 結局、姉さんは僕の何を疑ってたの?
「急に呼び出したかと思えば、今度はいきなり寝転んで……結局なんだったのさ!?」
「ちょっと待って、今、考えをまとめてるの!」
私はベッドに突っ伏したまま腕で顔を隠すようにしながら、必死に考えを整理していた。
でも、何をどう考えても納得できる答えにたどりつかない。
私はゆっくりと体を起こし、ベッドに座り直した。
ジト目でノアの頭のてっぺんからつま先までを注意深くじ~っと観察する。
ノアは私の視線にビクッと肩をすくめたり、アハハと愛想笑いを浮かべたりとどうも落ち着きがない。
けれど、それはあくまでいつものノアの行動範囲内。
私が知りたい“転生者”なのか?というような秘密を抱えているようには、とても見えない。
「ね、姉さーん……?」
それに、ノアが転生者ではないといえる根拠もある。
このイクリスという星では、異世界から来た魂すなわち転生者は、属性を宿せない。魂がこの世界のものではないため、魂に属性を宿せないからだ。
実際、私がそうだしね。
「姉さん?」
なのに、ノアはどうだろう。
魔法が使えないどころか、全属性の魔法を扱えるという、まさに規格外の才能の持ち主。この星に祝福された存在。正にメイド・イン・イクリス。
どう見ても、転生者の条件には当てはまらないのよね。
それなのに。
私が創り出した転移門“黒雪”に、ノアは適応できてしまっている。
この門は、私自身の異質な魂にしか反応しないはずの代物。
転生者でなければ、あの空間をくぐることはできないはず……なのにノアはまるで、当然のように、何の苦もなく通っていった。
魔法が使えるなら、転生者ではない。
でも、転生者でなければ、なぜ黒雪の転移門になぜ適応できたのか?
この二つの事実は、明らかに食い違っている。
まるで、どちらかを認めた瞬間にもう一方が否定されるような、相反するこの矛盾。
最初から両立できないように作られた、二枚のピース。
……う~んだめだ。このロジックだけは、どうしても崩せない。
「姉さんってば!!」
「うひゃあっ!? 急に大きな声出さないでよ!」
私は反射的に声を上げ、ビクンと肩を跳ねさせた。
ぐるぐると回っていた思考の迷路が、ノアの一言で一気に現実に引き戻される。
「もうっ! 昔からさ考えごとに集中すると、周りのこと全然見えなくなるんだから!」
ノアは呆れたようにため息をつきつつ、心配そうにこちらを見つめている。
(ごめんねノア。状況整理に考え込むのは癖なの)
私は、その視線に耐え切れなくなって、少しだけ目をそらした。
時期尚早だったのかもしれない……いや、証拠不足というべきですか。
ノア自身が転生者という自覚を持っていないなら、この圧迫面接みたいな追及自体に意味がなくなってしまう。
そもそも、今のやりとりを通して、逆に転生者じゃないって可能性が濃厚になってしまった感も否めない。
気づけば、問いただす理由も、根拠になっていた考えも気持ちも、自分の中で崩れかけていた。
感情だけで、先走ってしまったなぁ。
ちゃんと伝えないと。
「……ごめん、ノア。私の勘違いだったのかも」
静かに、でも確かな声で謝ったつもりだった。
――けれど、返ってきたのは、逆に私へ向けられた最大級の疑念のジト目だった。
「……そんなんじゃ許されないよ。僕だけ、秘密をしゃべらされたんだからね!」
ノアの目が、まっすぐに私を射抜く。
怒っている、というよりお前は何を知ってるんだ?と問い返すような、疑いの瞳。
「結局、僕の何を疑ってたの?」
その言葉は、感情的な怒りではなくただ、真正面から切り返すための、率直な問いのように聞こえた。
そりゃそうだ、疑ってかかったのは私なんだもんね。
胸の奥、良心にチクリと小さくて鋭い針が、心に刺さったような痛みを感じた。
(げぇっ……てっきり、ノアが“自白”するもんだと思ってたから、この展開は完全に想定外だ……まずい)
でも、改めて思う。
本当に酷い奴なのは、私の方なのだ。
自分は転生者っていう事実を隠しておきながら、
先にノアのことを疑って、問い詰めて、しゃべらせようとして……順番、違うじゃん。本当は私の方から話すべきだったのに。
だけど、とりあえず今の正直な気持ちは、ただひとつ。これを正直に伝えよう。
「答えるためには……ノア、まず、そこに動かずに立っててくれる?」
「……? わかった」
私は深く息を吸い、意識を解放する。
黒雪――私の魔力から生まれた黒の粒子を、二つ。
一つは、ノアのすぐ足元に。
もう一つは、ノアのベッドの真上へ。
次の瞬間。
ヒュッと音を立てて、ノアの身体が黒雪に吸い込まれる。
そして現れたのは、ベッドの空中。
ふわりと重力が戻ったノアの身体が、そのままベッドへと跳ねた。
「えっ? すごい! 黒雪って他の人も転移できたの!?」
ノアは、さっきまでの険しい空気なんてどこ吹く風でぱあっと顔を輝かせて、私の両手をがっしり握ってきた。
その目をキラキラと輝かせながら。
(この無邪気な反応、ほんと子供なんだよねぇ……)
「うん……でも、これができるのは今のところノアだけなんだ。全員試したわけじゃないけどでも、間違いないと思う」
「やったー! やっぱ双子だからかな!? って……もしかして僕を疑ってたのって、これに関係することなの?」
ノアの声に、また少しだけ空気が変わった。
さっきまで純粋な好奇心だったはずの目が、私の本心を探るように揺れたのを感じた。




