第144話 マルシスを賭けた戦い 後半
剣の一撃を受けたのは、ノアそっくりに形作られた氷の分身だった
「……なっ……!?」
ライゼルの動きが、一瞬、止まる。
全く予想していなかった光景。
眼前で砕け散る“氷像”を前に、思考がわずかに凍結する。
その視界の中、顔は正面を向いたままその眼が、僅かに横を向いた。
氷盾の背後に、ただならぬ“気配”があった。
浮遊する“もう一つ”の氷盾の影――
その背後に身を沈め、姿勢を低くしたノアが、鋭くこちらを見据えていた。
「いつ入れ替わった!?」
「先生が最初の盾を壊した瞬間! 僕を一瞬見失った時ですよ!」
完全詠唱中と思わせていたノアが――
実際には、“氷像”を創り出し、自らは盾の裏に潜んでいたという事実
(……攻撃の完全詠唱に見せかけて、囮に使っていたというのか……!?)
雷の剣速をも欺いた、その“ひとつ上”の一手。
「感知はできても、魔法の中身までは、わからなかったみたいですね!」
ノアは声とともに、右手を伸ばす。
瞬間、その手元から氷の根が伸び、左腕を絡め取った。
“バチバチッ”と雷の魔力が暴れ、抵抗する。
だが、冷気がその根の奥深くまで染み込み、凍てついていく。
そして――
「《青薔薇》ッ!!」
ノアの叫びが、空気を震わせた。
ライゼルの左腕に絡みついた氷の根から、蒼き薔薇が咲き誇る。
ひとつ、またひとつと、静かに、美しく。
けれどその青薔薇は、美しさとは裏腹に、固縛と凍結を兼ね備え魔力と体温を吸い上げる封じの魔法。
雷の奔流すら許さず、静かに、着実にライゼルの左腕を凍結させていく。
「くっ……ぅぅ……!」
雷の魔力が炸裂するが、薔薇はなお咲き続け、ライゼルの左腕が、完全にとまった。
その瞬間、ノアの剣が、ライゼルの刃を絡めとるように弾く!
キィンと甲高い金属音と共に、ライゼルの剣が大きくはじかれ、空中を舞って地面に突き刺さった。
ノアの目が、ハッと見開かれる。
そして、ようやく自分が成し遂げた現実を理解したその瞬間、彼の身体が跳ねるように動いた。
「やった……やったあああああああああ!!!」
「先生から、はじめて1本とった!!」
跳ねて喜ぶノアの姿を、ライゼルは静かに見つめていた。
「魔法で攻撃されたのは、いつが最後だったか……」
ライゼルはぽつりと呟いた。
思い出せない。
いや、あまりにも遠い、記憶の彼方。
(……かつてのアルセイル平原での、エルフの精鋭魔術師団との戦い……あの時でさえ、私は“無傷”で帰還したというのに)
左腕に目を落とす。
そこには――未だ凍てついた蒼い薔薇が、堂々と咲き誇っていた。
まるで、ノアの魔法を“認めろ”と、主張しているかのように。
静かに息を吐き、ライゼルは残った右手で雷の魔力を巡らせる。
電流が皮膚の下を走り、薔薇の氷を内側から溶かすようにして、ゆっくりと解除していく。
しゅう……と小さな蒸気が立ち昇り、蒼い花弁は跡形もなく溶け消えた。
そしてライゼルは、ノアに背を向けた。
「……興が削がれた。私は帰還する」
「……えっ、先生?」
思わずノアが声を上げるも、ライゼルは振り返らない。
背を向けたまま、静かに言葉を残す。
「約束は守る。……あのエルフの女との魔法の授業は、続けろ。文句は言わん」
それだけ言い残すと――
ゴロロ……ッ!!
空に雷鳴が轟いた、その瞬間。
そこにあったはずの姿は、もうなかった。
雷とともに、ライゼルの気配は空中庭園から一閃のごとく消え――彼は、ひとり飛び立っていった。
残されたノアは、しばらくその空を見上げたまま、ぽつりと呟く。
「……先生の気持ちも考えないで、我がまま押し通しちゃったかな……」
少しだけ寂しそうに、笑みをこぼす。
「おこっちゃったかな、先生……」
そんな呟きが空へと消えたその時――
「ノア〜〜!!」
ふわりと風を切って、空から小さな白い影が飛び込んできた。
あまりの勢いに、ノアは思わず目を瞬かせる。
ノアが顔を上げると、テイム契約を交わした使い魔――キュモが翼をぱたぱたさせて舞い降りる。
「ノア、すごかったね! ライゼルに勝っちゃったね!! でもあの竜、怖くない? ガオーってしてたし……大丈夫なの!?」
「大丈夫だよ、あれは僕の魔力そのものだから。半分は僕みたいなものなんだ、安心して」
――その瞬間、キュモの満面の笑顔が、じわじわと青ざめていく。
「ノアも半分は竜なの……?」
ぷるぷる震えながら、キュモはじりじりと距離を取る。
「も〜違うよ! あの竜とは仲良しだから大丈夫ってことさ!」
「仲良しなの!? ならよかったぁ~! あ、そうだ! ノア、リアがこれ渡してって~!」
そう言って、ぷくっと首元に空気を入れるように膨らませると、立派な白毛の奥から、くるんと巻かれた一切れのメモがもこもこと浮かび上がってきた。
ノアがそれを受け取って開く。
「話したい事がある。部屋でまつ カナリア」
「……え、なんかそっけない。いつもならグラスラビットとかの可愛い絵のおまけつきなのに」
「リア、なんか怖い顔してたよ〜? ムスーッてしてた! ケンカした〜? ノアが悪いことしたんでしょ~?」
「ええっ!? 喧嘩はしてないはず、だけど……」
正直、思い当たる節は多かった。
もしかして、まさかアレがばれた?
小さく息を吐く。
(そうだとしたら、部屋に行く前に――)
「……ルルエさんの所、寄っていかなきゃ」
ノアは腰の剣に軽く手を添えて、キュモに向かって言った。
「キュモ、姉さんに、ちょっとだけ遅れるって伝えておいて!」
「わかった〜!」
元気よく羽ばたいたキュモは、ひゅっと空へ舞い上がっていった。
◇――
空を裂く雷光の中に帝都へと帰還する途中の、空中を駆ける男の影があった。
ライゼル・トールガルド。
その全身が、かすかに震えていた。
寒さによるものではない。恐怖でもない。
――それは、魂の奥底から湧き上がる“武者震い”だった。
(ノア・グレンハースト)
蒼き瞳で笑い、氷の魔法で自分を封じ、剣で打ち破った少年の姿が、脳裏から離れない。
(間違いない。あいつは“天賦の才”を持っている)
(剣と魔法、その両方の頂を目指すことができる、本物の“逸材”だ……)
ふと、帝国内で幅を利かせる名門家の顔がよぎる。
(図に乗ったウォーブレイブ家、クインフィッド家……)
(“槍”と“杖”の名を笠に着て、威張り散らしているあの連中にも目にもの見せてくれる)
視線の奥で、雷が煌めく。
(私をも超えるかもしれん……いや、“超えてほしい”と思わせるほどの存在……)
(だからこそ私は、すべてを叩き込む!)
剣術、魔術、戦術、精神、鍛錬、経験。
私の過去の生き様そのものを、惜しみなく授けよう。
あの少年を、この手で育て上げると、今ここで決めた。
「ノア・グレンハースト!!」
稲妻のような声が、雷鳴とともに天空に響く。
「お前は、私の“弟子”だ!!」
静かだが、燃えるような熱を帯びた声で、はっきりと言い切る。
「世界最強にしてみせる……お前は、その価値がある!!」
まるで“宣誓”のようなその叫びは、
雷光とともに夜空を駆け抜け――そのまま帝都の彼方へと消えていった。




