第137話 カナリアの能力 解体新書② 授かりし禁忌の力は全てのハンデを無効化する
「ワシは冗談は言うがメリハリはつける性格じゃぞ?」
「えーっと、纏うですね……わ、わかりましたっ」
(纏うっていってもな~、普段なにかを纏うって習慣なんかないし、服を着るイメージでいいのかな?)
私は浅く息を吐いて、目を閉じた。
そして、庭園を舞う黒雪に意識を向けた。
ふわふわと漂っていた粒子たちが、私の意志に応えるように動き始めたのがわかる。
まるで、風に乗ったタンポポの種子のように――
ゆっくりと、でも確実に、私の周囲へと集まってくる。
(……お、来てる、来てる。いい感じ、いい感じ)
肩、腕、背中……黒雪の膜が、私の肌すれすれを撫でていく。
熱さも冷たさもない、絹のような感触。
でも、その内側には魔力の流れがあるのを、はっきり感じた。
よし、ようやく纏えた! たしかに今、黒雪は私を包んでいる。
けれどその一片一片が、まるで独立した意志を持っているように――少し気を抜けば、すぐにほどけて飛び去ってしまいそうだった。
「……できました! けど、結構、維持が大変です!」
(集中してないと……勝手に体から離れそうになる。動かすと崩れちゃいそう)
「……ふむ、なるほどのう……」
フウゲツ師匠が魔眼を輝かせながら低い声で呟く。
「おかしな感覚じゃ。左目では、たしかにそこに“現実として”映っておる。だが、時折ゆがんで見える……まるで、お主がブレて、薄れてゆく蜃気楼のようだ」
(多分、動画やディスプレイに入る映像のノイズのような感じかな?)
「……だが不思議なのは、右目の“向後天吹眼”で見たときじゃ」
フウゲツ師匠は私を見据え、重々しい口調で続ける。
「お主は、そこに“いない”。魔眼の視界では、黒雪もお主の身体も、まったく映っておらんのだ。存在しておらぬかのように、完全に……」
(え……? つまりそれは、透明状態みたいな感じ?)
私は思わず自分自身を触ってみた。
顔、手、足。自分では問題なく触れられる。
(全ての流れーー物体や魔力の流れまで読み取る先生の魔眼でさえ、捉えられないってことは……)
顎に指を置き考え込んでいると、急に視界が暗くなったことに気づく。
「……って、師匠!? なんで木刀を振り下ろそうとしてるんですか!!」
そこには太陽を逆光に、木刀を持ち振り下ろさんと構えるフウゲツ師匠の姿。
「よいか、カナリア。ワシを信じろ。そして絶対に動くなよ!」
(え、ええ!? マジで来るの!? 説明くらいして)
「ちょっ……師匠!? ……し、信じますからねっ!?」
瞬間、私の中の本能がざわつき、たまらず目をギュッと閉じる。
――木刀が、空気を裂く音とともに、私の肩口めがけて振り下ろされてくる!
バシュッ、と空気を裂く音が響く。
痛みは……ない。それどころか、何かが触れた感触さえ感じない。
「まさか本当に……こんなことが!?」
師匠の驚愕の声が届いた。
私はおそるおそる目を開ける。
フウゲツの木刀は、たしかに私の肩をめがけて振り下ろされていた。
そして今――その木刀は、私の心臓の位置でピタリと止まっていた。
まるで幻のように、木刀だけが、私の中心を“すり抜けて”存在していた。
「よかったー痛くないや!……じゃなくて、早く振り抜いてくださいっ! 怖いですから!」
(何これ!? 恐怖映像過ぎる! でも、……これってつまり、物理攻撃を無効化してるってことじゃない?)
「まだじゃ! まだ終わっとらん! そのまま維持しろ!」
フウゲツ師匠が短く告げると木刀を抜き、ふっと私の前から跳躍して後方へ離れた。
その動きは素早く、まさに疾風の如し――。
「師匠! 一旦待ってください! 状況整理しましょう、冷静に話し合って、次もっかいがんばりますから!」
「“また次やろう”は馬鹿野郎! いまやれるべきことは今やるのだ! 魔刀技を試す! 絶対に解くなよ、生身でくらったらケガじゃすまんぞ!」
「あーもう! 無茶苦茶だよ、この人!」
叫んだ直後、私は慌てて構えを取り直す。
黒雪をより濃密に、そして精度を高めて纏い直す。
今、少しでも集中が途切れたら、すべてが崩れそうで――私はただ、全神経を研ぎ澄ませた。
「――鎌鼬!」
フウゲツの声が鋭く空気を裂いた瞬間、斬撃の風が何本も生み出され、私めがけて殺到してくる。
空間が唸る。空気が裂ける。
(私の黒雪ちゃん達……お願い……!)
私は奥歯を噛みしめ、黒雪の膜を意識で締めるように制御し続けた。
――スッ スッ スッ スッ……
鋭い軌跡を描きながら、無数の鎌鼬が私に殺到したその刹那。
……すべての風刃が、私の身体をすり抜けた。
まるで、私という存在そのものが、そこに“存在していない”かのように。
風の斬撃は何ひとつ触れることなく、背後の空間へと消えていった。
「通り抜けた!」
私はその場から動けず、呆然と立ち尽くしていた。
目の前で起きたことを、まだ頭がうまく処理できていなかった。だが――
「もうっ限界っ!!」
次の瞬間、私は膝から崩れ落ち、四つん這いになった。
魔力的にも黒雪の維持も限界だった。
肩で荒く息をしながら、深く深く、何度も呼吸を繰り返す。
フウゲツ師匠が、静かに私に歩み寄ってくる。
その表情には、驚愕と――わずかな恐怖が混じっていた。
「……そうやもとは、思っておったが……まさか、本当にこんなことが……」
その低い声は、いつもの飄々とした調子ではなかった。
仮説が“現実として証明された”ことへの、畏怖の混じった声色だった。
「カナリアよ。お主、これまで“己に属性がないこと”で、魔法に対して無力だと、そう思っておったな?」
私は、息を切らしながら、小さくうなずいた。
「もはや……そんなもの、全く関係ない。結果、お前にとっては取るに足らない問題だったのだ」
フウゲツ師匠は、私の肩に手を置き、確信に満ちた瞳で見つめてくる。
「お主は……魔法も、物理も。ありとあらゆる干渉を、無視している。“無力”なんかじゃない。逆だ。お前が“すべての攻撃を無力化している”」
「え……?」
頭が、一瞬、追いつかなかった。
でもさっきの木刀の斬撃も、魔力を帯びた風の刃も……たしかに、私に“触れる事さえできていなかった”。
「師匠として命名させてくれ。名付けて――《断界纏衣》」
フウゲツ師匠の声が、凛と響く。
まるで自分のことのように、嬉しそうな声だった。
「全ての不利を覆すお主だけの、最強の防御術じゃ」
その言葉を聞いた瞬間、私は――頭が、真っ白になった。
(属性がなくて魔法に対して、まるで無力なはずのこの私が?)
私は、いままでずっと思っていた。
属性がなくて、魔法が使えなくて。
周りの人たちが火を出し、水を操り、風で空を舞うのを見て――私は、何も持っていないんだと思っていた。
(私だけが、この世界で“唯一の無属性者”。魔力はあるのに、何もできないって)
でも――違った、違ったんだ。
(私だからこそ……この世界で私だけが、できる!)
違う世界の魂を持つ無属性だからこそ、私はこの力を持てた。
魔法にも、属性にも染まらず。何者にも干渉されない“異界の力”を。
すべての空間を操る異世界の門の力――
女神から授かりし禁忌の力は“すべてのハンデ”を、無効化する!




