第136話 カナリアの能力 解体新書① 黒雪(くろゆき)
「なーに、そんな難しい顔をしおって! 急に考え込む必要も心配もわい! カナリア!」
フウゲツが笑いながらバンッっと私の背中を叩いた。
「稽古をつけながら、お主に相性の良さそうな技は――要所要所で教えたるわい!」
「あ、痛でっ! って本当ですか!? ありがとうございます!」
私は思わず背中の痛みを忘れ身を乗り出してしまった。
そうだ、たとえ私がすでに基本の“型”を会得していたとしても、
草叢流から“何も学べない”なんてことはない!
しっかり修行すれば、きっと新たな武の境地が――
(……ん?)
でも、“要所要所で”って、つまり。
「……で、普段はあたし、なにやるんですか?」
フウゲツは、ふっと微笑んだかと思えば、次の瞬間、その目が静かに細められた。
穏やかだった表情が、静かに“師の顔”へと切り替わる。
「……それを答えるには、まず聞かねばならんのぉ」
低く、しかしはっきりと響く声。
「お主が、こないだの稽古で見せた――あの“黒雪”と、すべてを断ち切る“黒刃”……」
その視線は、まるで剣のように鋭く。
「――あの力。どこまで、使いこなせるんじゃ?」
私は、“転生者”であることや“女神”との関係については伏せつつ――
知っている限りの、《異世界の門》に関する能力について説明をした。
フウゲツは、静かにうなずいた。
「なるほどのぉ……つまりは――お主自身、使った回数も少なく、きちんと理解もできておらん。そういうことじゃな?」
「……そう、なりますね」
我ながら、自分の能力について知らなさすぎてるなと、改めて思う。
“黒雪”は、視界に捉えた位置に瞬時に移動できる“転移術”であり、
そこに通した刃は、実体を持って分裂・出現する。
“黒刃”は放てば全てを断ち切る。けれど、使ったあとは一日まるまる動けなくなる。
正直、それ以外は何もわかっていない。
そんな私の説明を聞き終えるなり、フウゲツが自分のお腹を太鼓のようにボンッっと叩く。
「方針は決まった!」
「おおっ!?」
私は思わず声を上げる。
さすが刀仙。たったこれだけの情報から、修行の方針を即座に導き出すとは……!
(よかった……ただの強い呑んだくれじゃなかった!)
「ズバリ!」
「ズバリ!? なんですかっ!?」
フウゲツは誇らしげに胸を張り、
「考察、実験、そして検証じゃ!」
「……」
(いや、科学者か! 少なくとも侍っぽいくはないですよ先生)
思わずツッコミが脳内で炸裂する。
大柄な老侍から飛び出したその言葉は、まるでマルシス先生が言いそうなやつで――私はそのギャップに軽くめまいを覚えた。
だけど……未知の能力であることは、確かに間違いない。
一人で試していたら、魔力切れを起こして倒れてしまう危険もある。だからこそ、これまで本格的に実験できずにいたのだ。
(確かに考えてみればフウゲツ師匠の提案、理にかなってるのかも)
「わかりました! よろしくお願いします!」
私は姿勢を正し、深く一礼した。
「うむ、ではさっそく能力を発動してみるのだ」
フウゲツの声にうなずき、私は座禅を組みながら静かに目を閉じる。
刀神の聖印が刻まれた左腕が、ぽうっと光を放ち始めた。
その鼓動はまるで心臓のように脈動し、“門”の文字が浮かび上がる。
「……見たことのない字じゃのぉ」
フウゲツが、目を細めて私の左肩を凝視する。
やがて“門”がひとりでに開き、そこから――
黒い雪が、ひらひらと空間に舞い降りていく。
音もなく、空気も凍らせず、ただ淡く、黒い雪が庭園を染めていく。
(……あれ?)
私はすぐに異変に気づいた。
(黒雪の……量が、増えてる!?)
以前までのそれとは、比べものにならない。
視界の奥まで、黒雪が満ちていく。まるで“牡丹雪”のように。
「にらんだとおり、ここで修行の成果が出たのぉ!」
フウゲツが嬉しげに笑う。
「お主の魔力量が上がれば上がるほど、この雪の量も増えると踏んでおったのだ!となれば、“展開範囲”も、“効果持続”も、伸ばせるというわけじゃ!」
黒雪が舞い始めてからも、フウゲツはじっと私の様子を見つめていた。
その右目には、うっすらとした翠の光――
右目の眼帯の奥で、かすかに青白く滲む光が漏れ出す。
“向後天吹眼”が、静かに感応している。
風の流れ。その微細な変化すら捉える“風の眼”は、私の体内に渦巻く魔力の流れを正確に読み取っている。
そして、次のように問いかけてきた。
「……もうひとつ、確かめておきたいことがある」
その声音は穏やかだが、真剣だった。
「この黒雪――“それに触れれば、別の黒雪の位置に転移できる”……そういう認識で、合っておるのか?」
「はい! それは間違いありません!」
私は力強くうなずいた。
「黒雪の“発生時”に、意識で位置を捉えていれば――どこに出したものでも、“触れた瞬間”に、そこへ転移できます」
「なるほどのぉ……」
フウゲツは再び顎を撫でながら、思案気に黒雪を見渡した。
「ならば入ってみせい。実際に、この身で確認してみたい」
「わかりました! しっかりと見ててください」
私は庭園の真ん中で立ち上がり軽く手を掲げ、ひとつの黒雪の塊へと触れる。
黒い粒子が一瞬、風に散るように舞い――
その姿は、ふっと空間から消えた。
「うーむ……何度見ても不思議じゃ」
次の瞬間、はるか頭上――見上げるほどの高空に、私は姿を現した。
「ここでーす!!」
位置を示すように手をブンブン振りながら、私はそのまま落下していく。
だが――地面へ落ちるよりも先に、再び別の黒雪の中へと身体を滑り込ませる。
闇の粒子が包みこみ、ふわりと姿がかき消えた。
そして――フウゲツが反応するよりも早く、私の姿が彼のすぐ背後のわずか三歩の至近距離に、ひょっこりと現れた。
「……はいっ、成功!」
ドヤ顔で右手を挙げる私に、フウゲツはほんの一瞬だけ目を見開いた。
だが、すぐに真剣な表情へと切り替わる。
「……お主の今の、転移。見事じゃったが……」
彼は低く、そして静かに言葉を続ける。
「普通、“転移魔法”というのはな、転移陣を展開し、そこに入ってからようやく別の転移陣へと飛ぶ。どんなに早くとも十数秒。事前に転移陣を仕込んでおったとしても……数秒はかかる」
フウゲツはゆっくりと私に目を向けた。
「じゃが……お主のそれは、まるで違う。黒雪に触れた瞬間――“消える”と同時に、もう“別の場所”に出現しおる」
その声音に、わずかに重みが増す。
自分の常識に当てはまらない、私の転移挙動に困惑しているかのように感じた。
「これは……異常といってもいい。転移魔法の概念すら飛び越えた、言うなれば瞬間移動……そんな表現が合うかの」
私は言葉に詰まりながらも、小さくうなずいた。
(やっぱりこれ……ちょっとチートじみてますよね)
奇襲の性能が高すぎる――そう思った。
仮に自分が暗殺者だったら、これほど都合のいい力はない。
……だが、黒い雪が舞っていればさすがに相手も警戒するとは思うが。
「ちなみに、この黒雪……操ることはできるのか?」
「……できます。見ててください!」
私は姿勢を正し、右手をすっと掲げた。
すると周囲に舞っていた黒雪が、ふわふわと私の指先へと集まり始める。
魔力を静かに込めると、黒い粒子たちは応えるように、淡く震えながら密度を増していった。
私は試すように、指先を左へ――そして右へ、ゆっくりと動かす。
すると、黒雪はその動きにぴたりと追従し、まるで生き物のように宙を滑っていく。
指をくるりと回せば、黒雪も円を描き、リズムに合わせて舞うように動く。
空間に描く私の動きが、そのまま“形”になる。
(やった事なかったけど、こんなこともできるのかも)
私は指先で、空中をくるりと円を描くようになぞった。
すると黒雪がその軌跡に沿って集まり――
ふわりと、小さなハートマークが浮かび上がる。
淡く滲む黒い粒子でかたどられたそれは、儚げながらも、しっかりと“可愛らしい形”をしていた。
「……どうですか! かわいくないですか?!」
私は肩で息をしながら、ハートを指さしてドヤ顔でフウゲツを見た。
フウゲツはそのまま、じっと無言でハートを見つめ――
「……器用じゃのぉ。魔力の無駄遣いにも見えるが、ようここまで緻密に」
――あ、かわいさについてはスルーですか。
そうですよね……共感してほしいとか、ちょっと期待しちゃった私がわるいんですよね……。
……はぁ、はぁ。
ふと、自分の息が少し上がっていることに気づく。
(……あれ? なんか……ちょっとキツいかも、いまので、けっこう魔力使ってた……?)
それを見たフウゲツは、興味深そうに目を細めてつぶやいた。
「なるほどな……」
彼の右目の魔眼――向後天吹眼が、微かな光をまた滲ませる。
「この黒雪の操作にも、魔力を消費するようだな。それに、どうやら“集中”せんことには――すぐには動かせんみたいじゃのぉ」
ゆっくりと腕を組み直しながら、続ける。
「魔法でいうところの“詠唱”みたいなものか。じゃが……」
そこでフウゲツはわずかに口元を緩めた。
「訓練を重ねれば、“無詠唱”のごとく、自在に操れるやもしれん。……そうなれば、戦術の幅が一気に広がるのぉ」
私は、ようやく安定してきた呼吸を整えながら、そっとうなずいた。
(隙なく黒雪を自在に! それ、めっちゃカッコいい!)
その想像に胸が高鳴った直後――
フウゲツは腕を解き、まるで風の気配を察知するように一歩踏み出した。
その眼差しは、これまでの戯けた雰囲気とは違う。
「――さて。ここからが本題じゃ」
いつになく重みのある口調だった。
「その黒雪、お主の“身体”に――纏えるか?」
「……纏う、ですか?」
私は思わず聞き返した。
たしか、古代兵器テルヴオルド・ジェミニとの戦闘で、一度だけ咄嗟に使った。
でも、あのときは必死すぎて、あまり意識してなかった。
「うむ。わしの考えが正しければ――お主は、防御面ではまさに“無敵”ともなれるやもしれぬ」
(……無敵ねぇ、格ゲーの対空技じゃないんだから。それは、さすがに大げさすぎません?)
そう内心で照れ隠しのように思いながらも――私をまっすぐに見つめるフウゲツ師匠の眼は、冗談など一切ない、真剣そのものだった。




