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アルとメリアの怪異奇譚  作者: 阿本くま(もちまる/榎本モネ)
事実は流言より奇なるもの
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森に住まう者② -謎めく隣人-



「ジョン、友達が森に入ったまま出てこないってどういうことなの?森って郊外の?なんで森に?」

「うん……今の時期、あの森でライリーが大好きなヤマブドウが取れるんだよ。この間のこともあったから止めたんだけど、入って行っちゃって……」


 よほど心配なのだろう。ジョンは今にも泣き出しそうな顔をしている。


「入ってどれくらい経ったんだ?」

「わからない……お日様があそこくらいの時に入って行ったよ」


 ジョンは斜め上の方向を指差した。


「あの辺りにあった太陽が今この位置ってことは…少なくとも2時間は経ってるな」

「2時間?!もしかして迷子になってるのかな?ローラス警官に伝えた方が…あっ今日休みなんだった」

「ああ。他の警官に言っても今の状況じゃ門前払いだろうな」


 平民の少年が1人で森にヤマブドウを取りに行って帰ってこないというだけでは、残念ながら普通の警官は動いてくれない。


「ど、どうしよう…アル兄ちゃん、メリア姉ちゃん。ライリー大丈夫かな?」


 ヤマブドウ狩りに夢中になって森の奥へ入って行き、今も帰ってきていない。もし、帰りがわからなくなり、森の奥で迷子になってしまっていると考えると、ライリー君が自力で帰って来るのは難しいかもしれない。


 よりによってあの森か……。私とアルが初めて悪魔に遭遇した、因縁の森。できれば、近づきたくはない。でも、まだ小さい子が迷子になっているのだとしたら、助けてあげないと。


「アル、助けに行こう」

「ああ、だが闇雲に入って行けば俺達も迷子になるのがオチだ。何か手掛かりがあればいいが……」


 手掛かり……。ライリー君が何か目印でも落としながら進んでくれていればいいんだけど。そんな童話みたいなことをやっているとは考えにくいよね……。


「あっそういえば、ライリーはいつも獣道を通ってヤマブドウを探しているんだよ。獣道をたどればライリーのいるところに着けないかな?」


 獣道は動物たちが通って踏み固めた道のことだ。あの森は人間はあまり入らないから人間用の道は整備されてないけど、獣道はある程度見て取れるらしい。ライリー君はいつも、その獣道を使っているとのこと。


「それなら自力で帰って来られそうじゃない?」


 私が首をかしげると、アルは少し考えてから口を開いた。


「そうだな…だがヤマブドウ探しに夢中になって、獣道から逸れてしまったと仮定すると、その近くを探せば見つけられる可能性はあるな」


 私達はその可能性に賭けて森へ入る事にした。急ぎ郊外の森へ向かうとジョンからライリーが入って行った獣道を教わる。


「ジョン、太陽があの位置に来ても俺達が戻らなかったら警察に行け。平民とはいえ子供が3人行方不明になったとなれば話を聞いてくれる警官もいるはずだ」

「うん、わかった…アル兄ちゃん、メリア姉ちゃん、気をつけてね!!ライリーをお願い」

「うん!!行ってくるね!!」


 ジョンを安心させるように笑顔でそう言うと、森の何とも言えない独特の雰囲気に気圧されそうになるのを堪え、森へと足を踏み入れた。



※※※



 あれからどれくらい経ったのだろう?私達はガサガサと草の音を立てながらひたすら獣道を進んでいた。


「ライリー君大丈夫かな?きっと心細いよね、こんな薄暗い森の中で迷子になっていたら」

「そうだな……。ていうかお前……いや、なんでもない」

「えっ何?何なの?気になるから言ってよ」

「後で言う」

「何で今じゃだめなの?!」


 アルとやいのやいの言いながら獣道を進んでいたところ、何かの音が聞こえて足を止めた。


「おい急に止まるなよ。ぶつかるかと思っただろ」

「しっ、静かにして」


 振り返りアルに向かってシーと人差し指を口元に当てるポーズをする。

 訝しげなアルを無視して目を閉じ神経を耳に集中させる。



 これはもしかして……大人の笑い声?それに混じってガサガサと草を分けるようにして走っているような音が聞こえる。



「アル、なんか男の人の笑い声と誰かが走ってる音が聞こえる。多分あっちの方向から」


 私がそう言って音が聞こえて来る方向を指差すと、何かに気がついたようにハッとした表情を浮かべたアルにすごい勢いで手を引っ張られる。


「何?!どうしたの?!」

「静かに!!いいから急げ、こっちだ!!」


 アルにぐいぐい引っ張られるようにして進むと、大きな茂みに身を隠した。


 何事かとアルに問いただそうとしたが、アルの様子を見て口を噤んだ。アルは少しの息の音すら漏らさないとばかりに、必死に手で口を押さえていたからだ。一体どうしてこんな反応を?そう疑問に思いつつ、私も同じように息をひそめる。すると男性の笑い声が徐々にこちらに近づいてくるのがわかった。

 薄暗い森に響く男の笑い声。その不気味さに鳥肌を立てながらも注意深くその声の方向を見ていると、私達のいる茂みから数メートルといった距離に何かを抱えた男の子が現れた。


 もしかしてあれがライリー君?


アルとちらりと目を合わせる。再び男の子の方に目を向けると、男の子が何かにつまずくようにして倒れ込んでしまった。慌てて助け起こしに行こうと体を動かそうとしたところ、アルに手を掴まれ止められる。アルに顔を向けると、首を横に振られてしまった。


 〈待て、メリア、まだ動くな〉

 〈なんで?!早く助けてあげなきゃ〉


 私達が頭の中で言い争いをし始めた直後、笑い声の主が姿を表した。髭を蓄え、背中に弓と大きな荷物を背負っている男。その分厚い手には、短剣が握られていた。


 〈あの男がジョンが言ってたっていう男の人?〉

 〈あいつ…ライリーの抱えてる子狐を狙っているのかもしれない〉


 アルの言葉を受けて男の子の抱えているものを見ると、銀色の毛を持った小さな狐が腕の中で鳴いていた。

 男は短剣をちらつかせながらライリーに近づいていく。


「お前の血で商品を汚したくねえ。まずはその子狐を渡してもらおうか」



 まずい、あの子殺されそう。



 私は咄嗟に周囲を見渡して見つけた太めの木の枝を手に取り、音を立てないように注意しながら男の背後に回り込んだ。


 〈おい!!何やってんだメリア!!危ないからやめろ!!〉

 〈集中させて!!〉


 目の前の男に意識を集中する。わずかな動きも見逃さないように注意深く観察していると、男が短剣をライリーに見せつけながらしゃがみ込んだ。


 いま……!


 その瞬間を逃さず思い切り男の頭めがけて枝を振り下ろす。


 ゴッ!!


「いっ?!」


 やばい、一発じゃ倒れなかった!!


「っこの!!この……!!」


 諦めない!!一発でだめなら二発、三発、四発、五発……。一心不乱に男を殴りつける。どれだけ殴ったのか、突如響いたアルの大声に、ハッと我に返った。


「メリア!!ストップだ!!のびてる!!もうその男、気絶してる!!」


 アルの言葉に手を止め男を見ると、男は地面にぐったり倒れていた。手がじんじんと痛い。荒くなってしまった呼吸を整えていると、アルが駆け寄って来る。


「メリア!!お前はほんともう……いや、お前のおかげでこの子が助かったのは事実だけど……怒りづらいな」


 よかった、とりあえず怒られなさそう。ホッとしながら枝を捨てて男の子の前にしゃがみ込む。


「ライリー君?ジョンの友達のライリー君かな?大丈夫?」


 男の子はポカンと口を開けて私を見ている。


「ジョンに頼まれてライリー君を探しにきたんだ」

「……ジョンに?もしかしてアル兄ちゃんとメリア姉ちゃん?」

「私達のこと知ってるの?」

「うん、ジョンにいつも聞いてるから。エマを助けてくれたお兄ちゃん達?探し物が得意な?」

「ああ、そうだ」


 アルがそう答えると男の子は目をぱっと輝かせた。


「助けに来てくれて、ありがとう……!」


 そういって、こわばっていた体から力を抜いたライリー君。少し涙ぐんでいる彼の声に、よかったと安堵しながら、その腕に抱かれた子狐に目を向けた。


「本当に、無事でよかった、ライリー君!あ、ところでその子は……?」


 ライリー君の腕の中で先程からきゅんきゅんと鳴いている子狐。この子は噂の銀狐の子供だろう。


「あっそうだ!!さっき多分この子の親だと思うんだけど、このおじさんに矢で撃たれて倒れてるんだ!!早く助けに行かないと……!」

「大変!!アル、行こう!!」

「ああ!!だがその前に…」


 アルはおじさんの背負っていた荷物を漁る。何をやっているんだろうと、アルの様子を見ていると、荷物の中から縄を取り出した。


「あとで警察に引き渡そう。それまではこれで……あの木に縛りつけとこう」


 なるほど。たしかに拘束しておいた方がいいもんね。アルの指差した木までアルと2人でおじさんを引きずり、木にもたれるように座らせたおじさんを縄でぐるぐる巻きにする。よし、これで大丈夫だ。私達は急いで親狐の元へ向かった。



※※※



 多少迷いながら、なんとかライリーの案内で辿り着いた場所。そこには、腰の辺りから血を流している銀色の狐が倒れていた。


「あっ!!」


 きゅう!と短く鳴き、ライリーの腕の中から飛び出した子狐は親狐に駆け寄ると、心配そうに親狐を舐め始めた。


「とりあえず応急処置をして獣医を呼ぶしかないか」

「わかった!傷口を抑えないと…」


 そう言って持っていたハンカチを手に親狐に近づいたその時、アルが大きな声を出した。


「危ない!!」


 何が?と振り向けば、私を庇うように立ったアルに炎の玉のようなものが降り注いでいた。


「アル!!」



 火がアルの身体に当たる!!



 そう思ったとき、信じられない光景が目に飛び込んできた。アルがかざした手に当たった火の玉が、泡に包まれジュッと音を立てて消えたのだ。

 

 その様子に、私はひゅっと息をのむ。


 アルが触れて泡になって消えていった悪魔や鏡の怪異。あの姿が頭に浮かぶ。

 私が呆然と立ち尽くしている間にも、アルは次々に火の玉を無効化している。

 

 我に返り一体何が攻撃をしてきているのか、と攻撃が飛んでくる方向を注視すると、そこにいたのは親狐よりも大きな白い狐だった。

 ただの大きな狐ではないことは一目見てわかった。尻尾が3本生えていて、美しい花が咲く蔓が身体に絡まっているのだ。

 神々しさすら感じるその出立ちに及び腰になるが、そうもしていられない。


 なぜ私達を攻撃してくるのか、原因は何なのだろう?狐ということはこの子達の仲間なのかもしれない。傷ついて倒れている親狐を見て私達がやったと勘違いをしているとか?


 あっ、止血!!


 攻撃に気を取られまだ止血ができていない。慌てて親狐のそばにしゃがみ込み、ハンカチを当てて圧迫する。だがその様子を見て益々逆上したのか、攻撃が激しさを増す。


「やめて!!お願いだから、攻撃を止めて!!私達はこの子を助けたいだけなの!!」


 精一杯声を張り上げるが、私の声は大狐に届いていないのか、攻撃を止める様子がない。

 一体どうしたらいいの?

 そう思ったとき、子狐がスッと私の隣を駆け抜けアルの隣に立った。咄嗟に危ない!と止めようとしたけど、私が動くよりも早く、子狐は口を開く。

 

「クォーン!!クォーン!!」


 甲高い声で子狐が吠えると、これまで続いていた攻撃が止まった。じっとこちらを観察するように見ている大狐。すると子狐は大狐に近づいていき、必死に何かを訴えかけるように鳴き始める。私は何があってもいいように、親狐の傷口を抑えながら、ライリー君の身を背中に回した。


 しばらくすると、静かに子狐の声に耳を傾けていた大狐から殺気が消えた。私達が敵ではないと伝わったのかもしれない。

 

 アルも殺気が消えたと感じたのか、ホッとしたように手を下ろす。すると、大狐がこちらに向かってきた。私たちは少し身を固くしたけど、そのままアルの横を通り過ぎる。そして、私が手当している親狐にそっと前足をかけた。すると、優しく暖かな光が親狐を包み込んだ。


 リリウムさんから感じたものと似たような、どこか安心感を覚えるような光。その光に見惚れて、周囲への警戒心が緩んでしまった。


「っ」


 その瞬間、大狐の背後に黒いモヤのような、何か嫌な感覚がする塊が飛んでくるのが見えた。


「危ない!!」


 思わず声を上げたが、そのモヤは大狐に背後に急に現れた人物に弾き返された。

 突然現れた私達よりも少し歳上に見える女の子に驚いていると、攻撃が当たったような鈍い音と共に、よろめきながら黒いモヤに包まれた巨大な狼が姿を現した。大狐に感じる神聖さとは真逆の禍々しさを感じ鳥肌が立つ。


 更なる攻撃を警戒したが、狼はこちらをじっと睨みつけると闇に溶け込むように消えていった。


「何だったんだ……」


 アルの言葉に、私もうなずく。目まぐるしい展開に放心状態になっていると、女の子がこちらを振り返った。

 紫の瞳に肩までの長さの黒髪……神秘的な雰囲気のすごく綺麗な女の子だ。よくわからないが彼女に助けられたのは確かなのだから、とお礼を言おうとすると先に彼女が口を開いた。


「まだまだ未熟ね」

「え?」


 彼女はそれだけ言うと瞬く間に姿を消した。


「え、え?何?どこ行ったの?!消えた!!未熟ってどういうこと?!アルもしかして知ってる人?」

「いや、初めて会ったと思うけど」

「じゃあ、なんであんなこと……あっお礼言いそびれた!」


 あの子は一体何者なのだろうか?そう思いつつ、彼女に届くように声を張り上げる。


「ありがとうございましたー!!!」


 森に私の声が響く。しかし女の子の返事は、当然聞こえてこなかった。


緊迫した空気が少し緩んだころ。親狐の身体がびくりと動きゆっくりと起き上がった。私がハンカチを当てていた部分をよく見ると、ドクドクと流れていた血が止まっている。血で汚れているのでよくわからないけど、傷が塞がっているようだ。

 

「きゅう」

「みい」


 親狐と子狐が身体を寄せ合う姿にホッと胸を撫で下ろす。


 大狐のあの光が親狐の傷を癒したのだろう。そう考えると、この大狐はやはり、狐たちを守っている何か特別な存在なのかもしれない。いや、もしかしたら狐だけじゃなくて森を守っている主とかかも?


 そんな風に考えながら大狐を見ているとふいに目が合う。何かを見定めるように私をじっと見たかと思うと、今度はアルに目線を向ける。同じようにじっと見た後、ふいと私達に背を向け森の奥へ進んでいく。


 その様子を見て狐達は、私とアル、ライリー君に身体を擦り付け、大狐の後を着いていく。そして、消える前に振り返り、こちらに向かってお礼を言うように鳴いた。私はその後ろ姿に大きく手を振る。


 そのまま、去っていくのを見送ろうと思っていたが、ふいに大狐がこちらを振り返った。そして、頭に不思議な声が響く。


 〈海の仔らに感謝する〉


 突然頭に響く声。驚いて呆気に取られている間に、神秘的な狐達は静かに姿を消した。


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